新たなる相棒との出会い。
2年前の夏、クロノスファーム空港牧場。
北海道の中でも南側、馬産の盛んな早来で生まれた仔馬たちは2歳になると関東・関西に分かれて競走馬のトレーニングセンターへと送られる。この空港牧場は莫大な資金力を持つクロノスファームがそれよりも前、1歳の夏に独自の育成トレーニングを開始するために作られた牧場だ。
「ようこそ、北川騎手。奥様も遠いところをよくおいで下さいました」
空港経由でようやく牧場へ辿り着いた俺達は早速、広々とした放牧地の見える場所へと案内される。そこで俺を待っていたのは、数年ぶりに顔を合わせる黒田馬主だった。
「おお、来てくれたか。早速だが見てもらいたいのはアレだ」
黒田馬主が指差す方向を見ると、大人の競走馬よりもひと回りぐらい小さな馬たちが思い思いに、だが一つの群れのようになって放牧地を駆けまわり、こちら側へと向かってきている所だった。その先頭、他の馬たちよりも頭一つ分大きな馬が他とは違うスピードで駆けてくるのが分かる。そしてその走り方には、何処と無く見覚えがあった。
「あれは……クロノ!?」
「ハハハ、やっぱりそう思うだろう? 残念ながら他人というか、他馬の空似なんだが……やはり期待してしまうよな」
そう、俺が最後まで手綱を持っている事が叶わなかった彼女、クロノトリガーに走り方や雰囲気がよく似ているのだ。
ただ不思議な事はそれだけではない。
「だとしても……どうして2歳でデビュー戦を迎えている時期の馬が1歳馬に交じってこんな所に?」
そう、その馬の体つきから見るに、もうそろそろ新馬として競走馬デビューを果たしていてもおかしくないハズ。それがまだ育成牧場に残っているという事は……何か問題があるのかと思ったのだけど。
「やはり『プロの騎手』である君もそう思うんだな。実はあの馬、まだ他の馬たちと同じ1歳馬なんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
驚く俺にいたずらを仕掛ける子供のような眼差しで黒田馬主は言う。
「そう。だから順調にいけば来年の6月にはデビューして、再来年のダービーも狙える逸材だと信じている。そしてその背中には友介、きみが乗っていてもらいたい」
「黒田馬主……」
「ああそうだ、未来の話よりも今の話だったね。騎乗停止の期間だけど、良かったらここで育成調教の手伝いをしてくれないだろうか? もちろん報酬は払うし、滞在期間の宿泊やらの手配はこちらで持とう」
そんなありがたい申し出に応じて1か月間、俺は新たな期待馬の近くで過ごし、栗東(関西)に帰ってからも彼とコンビを組める日をモチベーションにしてこれまで以上に競馬へ打ち込んだ。
そして1年後、東京競馬場・新馬戦。
クロノスターシスと名付けられたその馬はまさにその名の指し示す通り、他の馬たちの走りも含めた全ての時間が停まって見えるようなレース運びで、新馬戦を快勝。
「この馬はダービーを勝てるだけの馬です! この馬に乗るためだったら俺は、何処で出走するとしても乗りに行きますよ!」
「いや、気が早いだろう友介。でも……それぐらいの期待を持ってしまうのも仕方ないな。これからも頼むぞ!」
興奮する俺を宥めながらも、右手を差し出してくる才藤調教師とがっちりと握手を交わす。俺と才藤調教師、そして黒田馬主という『チームクロノ』でまた夢に挑めるという事が、俺にはたまらなく嬉しかったんだ。
次話、最終回です。
その前に宣伝を! この物語は実話ベースの物語ですが、架空の騎手と競走馬が活躍するオリジナルストーリー『Re:bright ~もう一度、輝くために。崖っぷち騎手とある馬の物語~』 という作品も書いております。
https://ncode.syosetu.com/n2951iz/
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