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 馬に跨る俺の腕や身体に、大粒の雨が当たってくる。


 まだここから本降りになるのか、それとも止むのかは定かではないけれど、俺は雨が嫌いだ。何故なら()()()()()を、思い出してしまうから。


 


 今から4年前、あの日も確か5月のこんな天気だった。朝の調教を終えた時間帯からすでに、いつ降り出してもおかしくはない不安定な空模様。それは第1レースが終了した時点で鳴り響く遠雷の後、あっという間に土砂降りへと変わる。


 レースの前から断続的に鳴り響く雷の音に、一部の過敏な馬は落ち着きを無くしていた。ましてやレース経験の少ない未勝利馬ばかりのレース。芝は馬が足を取られそうな程にぬかるみ、捲れ上がった芝の下からは泥が顔を覗かせている。



 誰もがこんなコースコンディションでのレースを望んでいるわけはなかったが、そこは競馬。出走する全馬がゲートに納まるとカシャン、とゲートの前側が開き、レースはスタートする。


【おっとココで1頭出遅れ! 1番ジャグラーと北川友介は後方からの競馬となりました!】


 直前まで響く雷に動じていた俺の馬はスタートが遅れ、後ろからの競馬になる。こんな泥競馬では後半で追い上げる競馬には期待できない。レース前半のうちにポジションを少しでも上げなければ。


 そう思って加速を促すように手綱を構えたのと、雷で目の前がフラッシュしたのは同時だった。1秒の何分の1にも満たない瞬間の後、戻った視界の先にあったのは、斜め前を走っていたハズの馬と騎手の後ろ姿。



 その後の事は全く覚えていない。激痛の中で意識が薄れたと思ったら、次の瞬間には見知らぬ白い天井と俺の顔を覗き込んでいる見知らぬ人々。意識の覚醒と共に戻ってきたのは、想像を絶するレベルの背中と腕の激痛。


 

 俺の顔を覗き込んでいたうちの一人――――手術を担当した医師の話では、俺はレース中に落馬して芝に頭から叩きつけられたらしい。首から背中にかけて背骨が折れている場所は8か所に及び、生きていただけでも奇跡だ、と。


「馬は!? ……それにこの後のレースはどうなるんですか!?」

「馬の事は私には分からないですが北川さん。あなたのその状況では、()()()()()()()する事は……難しいかもしれません」

「そんな!?……っ痛!」


 実際、その医師の言葉に驚いてベッドから飛び起きようとするが、俺の意思に反して身体の方は指一本動かす事も出来ない。在るのはただ、力を入れた首と背中に走る激痛だけ。


「ご理解いただけましたか? この状態だとベッドから身体を起こせるだけでも2週間はかかると見ておいてください。日常の動作が取れるようになるだけでもそうですね……長ければ半年近くはかかるかもしれません」


 医師はそう告げて看護師に幾つかの指示を出すと、一礼してその場を去っていった。残されたのは、首ひとつ動かす事の出来ない俺の身体と、ただただ後悔だけ。



 どうしてこんなタイミングで、こんな事になってしまったのか。俺の騎手人生は、ようやくこれからだ。って時に。


 

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