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8 意思と判断

「姉さん、いってらっしゃい。帰ってくる…よね?」

「もちろんよ。じゃ、行ってくるわ。またね」


 姉を乗せた馬車は都へ走って行った。寂しくはない。昨日、久しぶりに家族全員で過ごせたから。でも、ちょっとだけ嫌な感じがする。




「姉さん…? 姉さん!」


 丁度一年たった頃だろうか。姉が…姉の首が帰ってきた。話を聞けば、帝の政に口を出したらしい。伝えにきた男は親切で、優秀な異民族を追い出そうとしていたところを止めただけだと教えてくれた。姉だけでなく一緒になって止めた重臣も殺されたらしい。


(姉さんは殺されたんだ…ミカドに逆らったから…でも、仕方ないのかな)


 ユウシュウやイミンゾクの意味はその時はわからなかった。だから、姉の死は仕方ない、と言い聞かせて自分の中で済ませた。


「そうだったんだ。姉さん、それで殺されたんだ」


 優秀も異民族もわかるようになった頃、親から姉の死についてまた説明された。おかしい、姉さんが可哀想だ。という感情はない。だが正しい判断ができない者が帝の座についているのは嫌だ。


(自分は変わってるけど、同じ経験をした人は他にも増えるはず。せめて、少しでも食い止めよう)




 最初はそのぐらいの軽い気持ちだった。だが実際に医官補佐となって、他の人にそのことを話すと、感情がない人という話が広まった。重臣には疎まれたし、泰鴬や鴬蘭以外の戸部の人は自分とあまり話さなかった。


ー響江さんー


 だけど、この人は周りと変わらない態度で接してくれた。まだ知らない自分の気持ちまで受け止めてくれた。


(ああ、好きだな)


 本当は大勢からの疎みの視線が嫌だったのだ。近づくだけで怯えられもしたし、感情がないことを理由に、水をかけられたり、書物を荒らされたりもした。でも、傷つくという感情は全て無視した。自分が変なことは分かっている。


(本当は優しくされたかったんだな、自分も)

「僕は戦う気はなくなりました。…頑張ってください。僕たちみたいな奴を、一人でも多くやっつけちゃってくださいね」

 

黄鴒の肩から手を離し、窓を開く。冷たい空気が流れ込むが、頭を冷やすのには丁度良かった。壁櫃から外套を取り出し、黄鴒に渡す。


「あの辺り、登り降りできるので脱出に使ってください」

「あ、あの」


黄鴒は何か別のことを聞きたいようだ。想い人に聞かれて答えぬ訳がない。


「どうしました?」

「…どうして協力してくれるんですか? あなたは敵なのに」


どうやら理解が追いついていないようだ。響江はもう一回言ってやった。


「黄鴒さんが好きだからです」




(私の作戦通りなら、殿下たちは銀西州山間街道にいるはず)

 

 黄鴒は蒼龍に戻り馬を走らせていた。凌華に来る前に鳳明たちに伝えておいた場所へと向かう。

 

(! あれは…)


上空を見ると、伝書鳩がいる。蒼龍を見つけると、近くで飛び始めた。鳳明から道案内を任されたらしい。


「ソウリュウ、ホウメイ達、ジュンビデキテル。卯花(マオファ)ニツイテキテ」

「話せたのか!? でもありがとう、助かるよ」


伝書鳩は‘卯花’というらしい。指示に従っていると、複数の帐篷(テント)が見えてきた。そこには、鉛丹色の髪が揺らめいている。


(殿下だ)

「蒼龍!」

「殿下! 現状はどうなっていますかー!?」


無事を確認するよりも先に、二人は指揮を取るようだ。




 黄鴒が行った。外套を身に纏い、夜の闇に消えていった。一つだけの願いは、いつの日か叶うだろうか。


(…)


ー「黄鴒さん。お願いがあります」


 黄鴒の顔は見ない。この人なら、自分が現実から目を逸らしても怒らないだろう。


「僕は捕まります。地下牢に入って、太陽に照らされることはないと思います」


 こうでもしなければ、この人との繋がりは消えてしまう。


「いつか、宮廷官吏と罪人ではなくて、‘黄鴒’と‘響江’として出会えたら、ずっと傍にいさせてもらえませんか?」

「……はい、とも、いいえ、とも今は言えません」

(ああ、終わってしまう)


また、視界がぼやけてきた。


「でも、響江さんはどんな人よりも私の中で記憶に残ると思います。殿下よりも、鴬蘭よりも」ー


 あの静寂を破った答えは、また会ったときに答えられるようにしたからだろうか。


(このまま逃げるか、牢に入る。どちらにせよ、年単位で会うことはできない…か。なら、少しでも近くにいよう)


突然、鴒秋の怒号がなった。響江は鴒秋の元へと走った。一つ上の階には、鴒秋と泰鴬がいる。鴒秋は、ひどく焦っている様子だ。


「おい、響江! まずいぞ、河川が塞がれた。街道にも禁軍がいる!」

「それはぁ…大変ですねぇ」


鴒秋はわぁわぁ騒いでいる。周りを見回していた泰鴬が、何かに気づいたようだ。そっと鴒秋に耳打ちをした。


「! …黄鴒はどこだ?」


響江は静かに、「事実」を告げた。


「逃げました。室に入ったら窓が開いていて、黄鴒さんの荷物一式gなくなっていました。失態です。申し訳ございません」

「では、金央州からクォカイに向かっては?」


考える暇を与えず、泰鴬が案を出した。金央州まで行けば、禁軍はいないだろう。鴒秋は賛成のようだ。冷や汗をかいているが、口元は笑っている。


「必要最低限の荷物だけ持て。情報は私が持っていく」

「…御意」


響江が室に向かうと、窓から音がする。窓を開けてみると、鳩が一羽室に入ってきた。卯の花色の鳩だ。響江は一か八かで鳩に話しかける。


「伝言、頼めますか?」




「金央州!?」

「ソウ、鴒秋タチハコンオウシュウへ!」


 金央州に禁軍はいない。兵の移動には時間がかかる。金央州に援軍を頼もうにも、皇帝からの許可が必要だ。


(どうする、どうすればいい)


蒼龍は考える。ここにいるのは五万。謀反軍が足止めに襲ってくることも考えなければ。


「半数をここに残し、もう半数は二州間の街道まで移動します」

「了解した。隠蔽はしておく」


蒼龍と鳳明が準備をしていると、遠くから足音が聞こえてきた。目線をやると、多くの兵が武器を構えていた。


「!!」


大きな音が鳴る。夜のため見えにくいが、赤黒い色のそれは、蒼龍の左肩から飛び散った。


(いた…い)

「蒼龍!」

(他にも負傷する人はいる。私だけこの場から逃げるのか?)


蒼龍が判断を迷っていると、鳳明が声を上げた。


「中尉軍は妾について来い!」


森を突っ切って街道に向かおうとする鳳明達を、五千の兵が襲う。数も多ければ、それなりの手練だということがわかった。鳳明は蒼龍を抱え、動けない。


「お行きください!」


中尉軍の五千は応対で離れてしまった。後の軍はついて来れているが、慣れない森で少し遅くなっている。


(止血を…!)


蒼龍は何もしていない分、衣を裂いて止血をしようとした。仮止血を終えたところで、街道についた。鳳明が蒼龍を馬から降ろし、改めて止血した。過呼吸気味の蒼龍を鳳明が宥めている。


「すまない。其方は文官だ。戦いの経験があるわけではないのに、戦場に野晒しにしてしまった。本当にすまない」


鳳明は皇太子として、それ以上に指揮官として責を感じているらしい。蒼龍は気を取り直して話を続ける。


「いえ、大丈夫です。それに、殿下のせいではありません」


蒼龍は背中の土を払い、左腕をだらんとおろした。少しばかりではあろうが、神経まで届いているかもしれない。


「ただ…左肩、というより腕丸ごとが…」

「ああ、使えなくなったか」

「はい、多少力は入るのですが」


鳳明の顔を見ずに蒼龍は言った。


ビュッ


風を切る音が聞こえた。向かい合う二人の横の土壁に、一本の矢が突き刺さり、震えている。丁度頭の高さだ。右から飛んできた。 


「!」


二人が右を向くと、弓兵が一人いる。正直、はっきり見えるのがそれだけで、周りには何千もの兵がいるのだろう。


(まずい)


蒼龍は固まった。血の代わりに冷や汗がどっと吹き出す。今、ここにいて、戦うことができないのは蒼龍一人。もし、狙われでもしたら。


(確実に死ぬ)


ヒュッ


また、風を切る音だ。今度はどこからだ?


(後ろだ)


瞬時に二人がやを避ける。ついてきた兵たちが戦い始めたが、何もできないのではお荷物だ。蒼龍は辺りを見回す。敵兵が倒れている。心臓を切り付けられたようだ。ならばもう戦えない。


(申し訳ないが、あれを借りよう)


蒼龍は敵兵のところへ走る。もちろん銃弾も矢も飛んでくる。矢は避けられたが、銃弾は一発被弾してしまった。左半身が痛む中、どうにか辿り着いた。


(よし、これでいい)


蒼龍は腰に下げられている大刀を抜いた。ずしっとした重みが枷になるが、戦えるだけマシだろう。蒼龍は後ろから右から、次々やってくる敵兵を倒していく。

少し落ち着いただろうか。蒼龍は辺りを見回して援助に行こうとする。


(!)


視界の右端から銀色の何かが飛んでくるのが見えた。


(まずい)


走ったままでは避けられない。蒼龍は目を閉じた。すると、耳のすぐ横で金属音が鳴る。反動で地に腰をついたが、蒼龍が目を開けると、鳳鳴が敵兵の太刀筋を止めていた。


「ありがとうございます!」

「ああ」


蒼龍は立ち上がり、凰兵の援助に向かった。




「これで終わりか?」


 最後の敵兵が倒れてから、街道には松明を炎の音と、蒼龍たちの荒れた息遣いだけがなっていた。蒼龍の左半身は無理に刃を振るったせいか、震えている。


「後は鴒秋たちだけだな。…おい、蒼龍。肩と足は後になるが、他はできる所だけ処置してしまおう」

「はい」


蒼龍が鳳明のところへ行こうとすると、またしても何かが近づいてくる。馬の足音が三つだ。


(?)


二人が銀西州の方を向く。馬の足音が止まると、六間(十メートル)先に三の影があった。銀西州からやってきた、三人の正体。それは間違いなく


(鴒秋たちだ)


鴒秋は蒼龍を見るなり声を上げた。


「お前っ、協力すると言っただろう! どうして凰側にいる!」


鳳明が蒼龍を見る。だが蒼龍は動じない。


「楊 黄鴒とは言ったが、蒼龍が楊 黄鴒になるとは言っていない。俺は俺のままだ」


そうだ。だから、心はいつも蒼龍にあった。鴒秋が蒼龍に小刀を投げるが、鳳明がとる。


「どうして、謀反を起こした?」


鳳明が聞くと、泰鴬が一番に確固たる意思を持って叫んだ。


「あの愚帝を殺すためだ!」

ご高覧ありがとうございました!

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