6 真実
「な、なんでしょう…?」
花仁が言っても、鴒秋は表情を変えない。気になったことだけを見つめている。花仁はそれを感じ取ったのか、何も言わず前に歩みを進めた。
「まず、よく私達の所に来てくれた。感謝する」
「いえ、こちらこそ拾っていただき、ありがとうございます」
「ああ…」
はっきりとしない、何かを疑うような返事に花仁は身構える。
(髪は黒くした。身長だって靴で変えてる。鴒秋に分かるはずない)
鴒族は、髪こそ凰ではよくある茶髪だが、平均よりも身長が小さい。
(私は異質だがな)
蒼龍は髪を黒く染め、髪型も変え、厚底の靴で身長を五寸程伸ばして花仁になっていた。蒼龍の特徴を全部潰した花仁を見ても、鴒秋の顔は曇っていく。
「私に何かありましたか?」
「…いや、すまない。気のせいだったようだ」
花仁が、はて?という顔をしていると、鴒秋は穏やかな笑みを浮かべて話し始める。
「花仁殿は私の姪に似ているんだ。今はどこかに消えてしまってね」
‘姪’という言葉に、花仁は緩んだ背筋を正す。鴒秋は黄鴒が消えたことを知っている。つまり、母の元に内通者がいるのだ。
「そうなんですね」
花仁も同じ薄っぺらい笑みを貼り付けた。どうやら、鴒秋の計画に加担している人間は多岐にわたるらしい。
鴒秋達の仲間になってから三週間。花仁は特に何事もなく過ごしていた。今日は、何やら賓客が来ているらしい。花仁は領主室まで向かう。
「失礼します。鴒秋殿」
「丁度いい、入ってくれ」
中に入ると、ここ最近毎日顔を合わせている楊 鴒秋と、隣国・クォカイの人間がいた。二人はにこやかに花仁を見ている。
「花仁、この方達はクォカイ王国の国王夫妻だ」
視線をやると、確かに立派な衣服を着た人間が二人座っていた。花仁は拱手をする。一瞬見えた艶やかな白髪と、それに対極するような褐色肌は、凰では大変珍しいものだった。
「やあ、こんにちハ。私はクォカイの国王、マリク・ナミルと申ス」
「私はクォカイ王妃、ラバン・ナミルでス」
「国王様、こちらは新しく仲間になった花仁といいます。元は宮廷の高官でした」
琥珀色の瞳が花仁を映す。花仁が顔を見せると、二人は口を揃えて言った。
『نجم!?』
「な、なじゅ…?」
未知の言語に困惑していると、鴒秋が何かの説明をした。二人は花仁をチラチラ見ながら話を聞いている。
(奈竪無? …珍しい、という意味か? それとも、驚いた? あの二人は、何に反応しているんだろうか。確かに、今は凰ではあまり見ない漆黒の髪だが…)
花仁は考えるのをやめ、三人の会話を聞くことにした。
「ماذا حدث?」
鴒秋を見るに、どうしたのか、と聞いたらしい。花仁はクォカイの言語はわからないため、表情や動作で話を追う。
[شعره وعينيه يشبهان شعر وعينين الأمير الثاني.]
「髪と目が第二王子に似ている? هذا?」
(こいつが? とでも聞いたんだろうな)
[ナアム]
花仁も、隣国の言葉ということで、「はい」には反応する。だが流石に、立ったままでは疲れてきた。それを察したのか、鴒秋も目線で、座れと言う。鴒秋の隣に花仁が座った。
「إنه تشابه مع شخص آخر」
(まあ、他人の空似だろう)
鴒秋は笑みを浮かべ、話を終わらせた。では、と言い、新たに資料を取り出す。クォカイの言葉で話し始めようとすると、ラバンが気まずそうに手を上げた。
「あノ…クォカイの言葉で話していただき申し訳なイのですガ…私共は驚いてクォカイの言語が出テしまっただけですので、凰の言語でお話ししていただいて大丈夫でス…」
「わかりました。では、続けましょうか」
鴒秋は話を進めていく。話の内容は、凰をクォカイのものとしたときに、反乱軍の地位をどうするか、というものだ。誰をどこの階級に入れるか、どこにも適性がないものはどうするかなど、いろいろ話し合っている。ある程度まとまった所で、一呼吸おいての話が始まった。
「それで、凰の機密情報の話ですが。」
ラバンの目つきが変わる。普通なら誰も気づかないだろうが、花仁にはわかった。クォカイからすれば、凰はいい駒なのだろう。他国に侵略し、相手が帝国で、しかも成功したとなれば、大陸の権力を全て手に入れたと言っても過言ではない。
「計画成功の後にお伝えします」
一瞬、ラバンの顔が歪んだ。すぐに笑顔に戻ったが、目に光がない。またも花仁は気づいたが、鴒秋は気づいていないようだ。
(仮にも一国の王とその妃を相手にしてるのに、どうして翻弄するようなことができるんだ、こいつは)
「では、話もまとまりましたのデ、私共ハこれで失礼しまス」
「ええ、また次の機会に」
帰ろうとするラバンを、鴒秋は室の外まで見送った。その後は、花仁が案内する。二人は何かを話しているが、当然クォカイの言語なので、花仁は聞き取れない。
「ねぇ、ナ…あなタ? 少しいいかしら、さっきのこト」
急に話しかけられるも、花仁は臆せず対応する。
「なんでしょうか」
「あなたね、クォカイの第二皇子、ナジュム・ナミルに似ているノ」
ラバンの話に、花仁は適当に相槌を打つことにした。
「これも何かの縁だと思うの。だからネ」
「はい」
そっと、ラバンが花仁の耳元で囁く。
「あノ人達が使えなくなったら、私の側近にしてあげル」
ラバンは微笑んでいた。勧誘の笑みなのか、逆らえないと思っての笑みなのか。花仁には、どちらも含まれているとしか思えなかった。
馬車の窓から手だけを出して帰っていったラバン達を、花仁はただ見つめていた。恐らく、クォカイ側は鴒秋達を臣下になどするつもりはない。
(凰の全てを奪った上で、自分たちのものにするつもりか)
ラバンに気に入られただけまだいいのだろう。鴒秋、泰鴬、響江はどうなることやら。
「戻りました」
花仁が鴒秋に声をかけるが、鴒秋は反応しない。花仁が肩を叩こうとすると、小さく鴒秋が言った。
「目か…花仁殿、あなたは実は…」
そう言って、鴒秋がこちらに振り向こうとしてくる。花仁は鴒秋を見つめながら硬直した。
(なぜだ? 逃げないといけないのに、動けない。この目は、鴒族の変えられない特徴だ。このままじゃバレてしまう)
「花仁殿ぉ〜今よろしいですかぁ〜?」
いきなりの呼び声に振り返ると、そこには響江がいた。手招きをしている。花仁は響江の元まで行き、そのまま室を出た。
室には、鴒秋が一人立ったまま、恨みの炎を燃やしていた。
「これでよし。…おっ、丁度来たか」
その夜、花仁は都に向けた手紙を書いていた。書き終わった所で伝書鳩が窓に降り立ち、鳳明達に手紙を送ることができた。
(概要は伝えられただろう。あとは、状況に合わせた策を殿下が考えてくださる)
週に一度の文通を終えた花仁は、睡魔に促されるまま床についた。
都では、鳳明が阳台に立っている。
その間の夜空を、卯の花色の鳩が飛んでいた。
翌日、花仁は鴒秋の命で、凌華西部にある武器庫に向かっていた。馬車からの景色はほとんど山だが、たまに見える川や村が一時の平穏を感じさせる。
クォカイが攻めてくればどうなるだろうか。鴒秋がいなくなっても凌華はまとまるのだろうか。
(…)
領民達のことを考えるうちに、花仁の顔は歪んでいった。
花仁が役所を発って半刻、仕事を終わらせた鴒秋は、執務室がある五階から、花仁の室がある四階に降りていた。鴒秋の後ろには、泰鴬と響江がいる。
「お前達は花仁の瞳についてどう思う」
室の前で鴒秋が聞く。顔も合わせず、二人は意見を述べた。
「黄の目は鴒族の特徴ですぅ。目の模様から、本家でしょうねぇ」
「同意見です」
よく喋る響江に続き、口数が少なくなった泰鴬が話す。鴒秋は「そうか」とだけ言い、戸を開いた。
「特にこれといった物はないですねぇ」
確かに片付けられていて無駄がない。だが、それは探索の手間が省けるだけだった。
ガタッ
鴒秋が机の引き出しを開ける。だが、何もない。泰鴬と響江もいろいろな場所を探し始めた。
「これは…」
泰鴬が机に乗り、天井に手を当てていると、一角の板が外れた。花仁ならば頭がぶつかるほどの高さだ。そのまま奥に腕を伸ばすと、何やら小さな行李が手に触れる。
「行李があります。開けてみましょう」
泰鴬が行李を下に降ろすと、持ったところが上箱だった為か、下箱が床に落ちた。
「!」
三人が見下ろす。そこには三通の手紙があった。内容はわからないが、全てに[鳳明]と書かれている。
「十中八九、都からでしょうねぇ…。まさか文通されていたとは、驚きですよ」
響江は悠長に話しているが、仕草には焦りが見える。口調が間延びしなくなるのがいい例だ。
「動くのは内容を確認してからだ。…大事になりそうならば、これからは偽装した文を送らせる」
『御意』
三人は一封ずつ読んでいく。花仁…いや、蒼龍が帰ってくるまで三刻。量からして週一回のやり取りだろう。全てを読むのに、そう時間はかからない。
「戻りました」
三刻後の申の刻、花仁は本殿の入り口に立っていた。形だけの挨拶をし、室に向かう。戸を閉めると、胸元から便箋を取り出し、一つだけ切り離す。
ガタッ
天井板を外すが、そこにあった行李がない。花仁は机から降りて、あちこちを探し始めた。
少しすると、足音が近づいてくる。
(誰だ?)
振り向くと同時に、戸が開く。少しばかり髪を乱し、焦った様子の花仁を視界にとらえたのは響江だった。
「響江さんでしたか。ここにいるということは、誰かがお呼びですか?」
「はいぃ。領主室までおいでくださぁい。皆さんお揃いですよぉ」
響江に着いていき室に入ると、件の面々がいる。いつもは無表情の鴒秋と泰鴬がにこやかだ。あの二人はよく似ていると、花仁は思う。響江は鴒秋の右側に直った。
「報告がある。策が決まった。それに書いてあるぞ」
それ、とは机に置いてある紙の事だろう。花仁は静かに紙を手に取る。
「!」
便箋という方が正しいであろう紙に書いてあったのは、都と凌華を結んだ手紙だった。三通の、びっしりと書かれた手紙は、鴒秋達に握られぐしゃぐしゃになっていた。
「第一に、お前を捕らえる」
花仁が動けないでいると、響江が花仁を抑えつけた。
「い、たっ…」
「花仁殿…いや、蒼龍さん。貴方だったとは驚きですよ」
『!?』
鴒秋と泰鴬が顔を確認する。表情からして、蒼龍だということがわかったらしい。鴒秋は、驚きつつも言った。
「変更だ。こいつには指揮官になってもらう」
「はぁ!? 嫌に決まってるだろ!」
蒼龍が抵抗すると、さらに響江が押さえつける。
「っ…」
鴒秋は嫌がることを見越したように言った。
「お前が女だという情報を都に流してもいいのか?」
ご高覧いただきありがとうございました!