表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6 真実

「な、なんでしょう…?」


 花仁が言っても、鴒秋は表情を変えない。気になったことだけを見つめている。花仁はそれを感じ取ったのか、何も言わず前に歩みを進めた。


「まず、よく私達の所に来てくれた。感謝する」

「いえ、こちらこそ拾っていただき、ありがとうございます」

「ああ…」


 はっきりとしない、何かを疑うような返事に花仁は身構える。


(髪は黒くした。身長だって靴で変えてる。鴒秋に分かるはずない)


鴒族は、髪こそ凰ではよくある茶髪だが、平均よりも身長が小さい。


(私は異質だがな)


蒼龍は髪を黒く染め、髪型も変え、厚底の靴で身長を五寸(十五センチ)程伸ばして花仁になっていた。蒼龍の特徴を全部潰した花仁を見ても、鴒秋の顔は曇っていく。


「私に何かありましたか?」

「…いや、すまない。気のせいだったようだ」


花仁が、はて?という顔をしていると、鴒秋は穏やかな笑みを浮かべて話し始める。


「花仁殿は私の姪に似ているんだ。今はどこかに消えてしまってね」


‘姪’という言葉に、花仁は緩んだ背筋を正す。鴒秋は黄鴒が消えたことを知っている。つまり、母の元に内通者がいるのだ。


「そうなんですね」


 花仁も同じ薄っぺらい笑みを貼り付けた。どうやら、鴒秋の計画に加担している人間は多岐にわたるらしい。




 鴒秋達の仲間になってから三週間。花仁は特に何事もなく過ごしていた。今日は、何やら賓客が来ているらしい。花仁は領主室まで向かう。


「失礼します。鴒秋殿」

「丁度いい、入ってくれ」


中に入ると、ここ最近毎日顔を合わせている楊 鴒秋と、隣国・クォカイの人間がいた。二人はにこやかに花仁を見ている。


「花仁、この方達はクォカイ王国の国王夫妻だ」


視線をやると、確かに立派な衣服を着た人間が二人座っていた。花仁は拱手をする。一瞬見えた艶やかな白髪と、それに対極するような褐色肌は、凰では大変珍しいものだった。


「やあ、こんにちハ。私はクォカイの国王、マリク・ナミルと申ス」

「私はクォカイ王妃、ラバン・ナミルでス」

「国王様、こちらは新しく仲間になった花仁(ファレン)といいます。元は宮廷の高官でした」


琥珀色の瞳が花仁を映す。花仁が顔を見せると、二人は口を揃えて言った。


『نجم!?』

「な、なじゅ…?」


未知の言語に困惑していると、鴒秋が何かの説明をした。二人は花仁をチラチラ見ながら話を聞いている。


奈竪無(なじゅむ)? …珍しい、という意味か? それとも、驚いた? あの二人は、何に反応しているんだろうか。確かに、今は凰ではあまり見ない漆黒の髪だが…)


花仁は考えるのをやめ、三人の会話を聞くことにした。


「ماذا حدث?」


鴒秋を見るに、どうしたのか、と聞いたらしい。花仁はクォカイの言語はわからないため、表情や動作で話を追う。


[شعره وعينيه يشبهان شعر وعينين الأمير الثاني.]

「髪と目が第二王子に似ている? هذا?」

(こいつが? とでも聞いたんだろうな)

[ナアム]


花仁も、隣国の言葉ということで、「はい」には反応する。だが流石に、立ったままでは疲れてきた。それを察したのか、鴒秋も目線で、座れと言う。鴒秋の隣に花仁が座った。


「إنه تشابه مع شخص آخر」

(まあ、他人の空似だろう)


鴒秋は笑みを浮かべ、話を終わらせた。では、と言い、新たに資料を取り出す。クォカイの言葉で話し始めようとすると、ラバンが気まずそうに手を上げた。


「あノ…クォカイの言葉で話していただき申し訳なイのですガ…私共は驚いてクォカイの言語が出テしまっただけですので、凰の言語でお話ししていただいて大丈夫でス…」

「わかりました。では、続けましょうか」


 鴒秋は話を進めていく。話の内容は、凰をクォカイのものとしたときに、反乱軍の地位をどうするか、というものだ。誰をどこの階級に入れるか、どこにも適性がないものはどうするかなど、いろいろ話し合っている。ある程度まとまった所で、一呼吸おいての話が始まった。


「それで、凰の機密情報の話ですが。」


 ラバンの目つきが変わる。普通なら誰も気づかないだろうが、花仁にはわかった。クォカイからすれば、凰はいい駒なのだろう。他国に侵略し、相手が帝国で、しかも成功したとなれば、大陸の権力を全て手に入れたと言っても過言ではない。


「計画成功の後にお伝えします」


一瞬、ラバンの顔が歪んだ。すぐに笑顔に戻ったが、目に光がない。またも花仁は気づいたが、鴒秋は気づいていないようだ。


(仮にも一国の王とその妃を相手にしてるのに、どうして翻弄するようなことができるんだ、こいつは)

「では、話もまとまりましたのデ、私共ハこれで失礼しまス」

「ええ、また次の機会に」


帰ろうとするラバンを、鴒秋は室の外まで見送った。その後は、花仁が案内する。二人は何かを話しているが、当然クォカイの言語なので、花仁は聞き取れない。


「ねぇ、ナ…あなタ? 少しいいかしら、さっきのこト」


急に話しかけられるも、花仁は臆せず対応する。


「なんでしょうか」

「あなたね、クォカイの第二皇子、ナジュム・ナミルに似ているノ」


ラバンの話に、花仁は適当に相槌を打つことにした。


「これも何かの縁だと思うの。だからネ」

「はい」


そっと、ラバンが花仁の耳元で囁く。


「あノ人達が使えなくなったら、私の側近にしてあげル」


ラバンは微笑んでいた。勧誘の笑みなのか、逆らえないと思っての笑みなのか。花仁には、どちらも含まれているとしか思えなかった。




 馬車の窓から手だけを出して帰っていったラバン達を、花仁はただ見つめていた。恐らく、クォカイ側は鴒秋達を臣下になどするつもりはない。


(凰の全てを奪った上で、自分たちのものにするつもりか)


ラバンに気に入られただけまだいいのだろう。鴒秋、泰鴬、響江はどうなることやら。


「戻りました」


 花仁が鴒秋に声をかけるが、鴒秋は反応しない。花仁が肩を叩こうとすると、小さく鴒秋が言った。


「目か…花仁殿、あなたは実は…」


そう言って、鴒秋がこちらに振り向こうとしてくる。花仁は鴒秋を見つめながら硬直した。


(なぜだ? 逃げないといけないのに、動けない。この目は、鴒族の変えられない特徴だ。このままじゃバレてしまう)

「花仁殿ぉ〜今よろしいですかぁ〜?」


 いきなりの呼び声に振り返ると、そこには響江がいた。手招きをしている。花仁は響江の元まで行き、そのまま室を出た。

室には、鴒秋が一人立ったまま、恨みの炎を燃やしていた。




「これでよし。…おっ、丁度来たか」


 その夜、花仁は都に向けた手紙を書いていた。書き終わった所で伝書鳩が窓に降り立ち、鳳明達に手紙を送ることができた。


(概要は伝えられただろう。あとは、状況に合わせた策を殿下が考えてくださる)


 週に一度の文通を終えた花仁は、睡魔に促されるまま床についた。

 都では、鳳明が阳台(ベランダ)に立っている。

 その間の夜空を、卯の花色の鳩が飛んでいた。




 翌日、花仁は鴒秋の命で、凌華西部にある武器庫に向かっていた。馬車からの景色はほとんど山だが、たまに見える川や村が一時の平穏を感じさせる。

クォカイが攻めてくればどうなるだろうか。鴒秋がいなくなっても凌華はまとまるのだろうか。


(…)


領民達のことを考えるうちに、花仁の顔は歪んでいった。




 花仁が役所を発って半刻(一時間)、仕事を終わらせた鴒秋は、執務室がある五階から、花仁の室がある四階に降りていた。鴒秋の後ろには、泰鴬と響江がいる。


「お前達は花仁の瞳についてどう思う」


室の前で鴒秋が聞く。顔も合わせず、二人は意見を述べた。


「黄の目は鴒族の特徴ですぅ。目の模様から、本家でしょうねぇ」

「同意見です」


よく喋る響江に続き、口数が少なくなった泰鴬が話す。鴒秋は「そうか」とだけ言い、戸を開いた。


「特にこれといった物はないですねぇ」


確かに片付けられていて無駄がない。だが、それは探索の手間が省けるだけだった。


ガタッ


鴒秋が机の引き出しを開ける。だが、何もない。泰鴬と響江もいろいろな場所を探し始めた。


「これは…」


泰鴬が机に乗り、天井に手を当てていると、一角の板が外れた。花仁ならば頭がぶつかるほどの高さだ。そのまま奥に腕を伸ばすと、何やら小さな行李が手に触れる。


「行李があります。開けてみましょう」


泰鴬が行李を下に降ろすと、持ったところが上箱だった為か、下箱が床に落ちた。


「!」


三人が見下ろす。そこには三通の手紙があった。内容はわからないが、全てに[鳳明]と書かれている。


「十中八九、都からでしょうねぇ…。まさか文通されていたとは、驚きですよ」


響江は悠長に話しているが、仕草には焦りが見える。口調が間延びしなくなるのがいい例だ。


「動くのは内容を確認してからだ。…大事になりそうならば、これからは偽装した文を送らせる」

『御意』


 三人は一封ずつ読んでいく。花仁…いや、蒼龍が帰ってくるまで三刻(六時間)。量からして週一回のやり取りだろう。全てを読むのに、そう時間はかからない。




「戻りました」


三刻後の申の刻(午後四時)、花仁は本殿の入り口に立っていた。形だけの挨拶をし、室に向かう。戸を閉めると、胸元から便箋を取り出し、一つだけ切り離す。


ガタッ


天井板を外すが、そこにあった行李がない。花仁は机から降りて、あちこちを探し始めた。

少しすると、足音が近づいてくる。


(誰だ?)


振り向くと同時に、戸が開く。少しばかり髪を乱し、焦った様子の花仁を視界にとらえたのは響江だった。


「響江さんでしたか。ここにいるということは、誰かがお呼びですか?」

「はいぃ。領主室までおいでくださぁい。皆さんお揃いですよぉ」


響江に着いていき室に入ると、件の面々がいる。いつもは無表情の鴒秋と泰鴬がにこやかだ。あの二人はよく似ていると、花仁は思う。響江は鴒秋の右側に直った。


「報告がある。策が決まった。それに書いてあるぞ」


それ、とは机に置いてある紙の事だろう。花仁は静かに紙を手に取る。


「!」


便箋という方が正しいであろう紙に書いてあったのは、都と凌華を結んだ手紙だった。三通の、びっしりと書かれた手紙は、鴒秋達に握られぐしゃぐしゃになっていた。


「第一に、お前を捕らえる」


花仁が動けないでいると、響江が花仁を抑えつけた。


「い、たっ…」

「花仁殿…いや、蒼龍さん。貴方だったとは驚きですよ」

『!?』


鴒秋と泰鴬が顔を確認する。表情からして、蒼龍だということがわかったらしい。鴒秋は、驚きつつも言った。


「変更だ。こいつには指揮官になってもらう」

「はぁ!? 嫌に決まってるだろ!」


蒼龍が抵抗すると、さらに響江が押さえつける。


「っ…」


鴒秋は嫌がることを見越したように言った。


「お前が女だという情報(こと)を都に流してもいいのか?」

ご高覧いただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ