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4 女の官吏

遅くなりました、四話です!

「恐れながら、両陛下より『医官は誰かの病を治すことは勿論、その可能性まで払拭しなければならない』と仰せつかっております。故に、殿下が看病なされますと、両陛下に背くことになりますので、お気持ちは大変嬉しいのですが遠慮させて頂きます」


 響江は早口で拒否とも取れる遠慮をした。帝の言に反すると誰でも首は飛びかねないが、皇太子の言も無下にできない。実に面倒臭い、という顔を拱手礼をしながら響江はした。


「…わかった」


皇太子はため息をつき、諦めたように長椅子に座る。そして定期訪問の書類を取り出した。響江は一緒になって仕事を始める。


(どうすんだよ、これ)


蒼龍は仕方なく書庫を通って鴬蘭がいる病室に薬を置き、裏口から医局を出た。


(ごめん、鴬蘭。置いてく)


鴬蘭はそんなことも露知らず、病室でぐったりと身体を休めていた。




翌日、蒼龍はいつもより早く出勤していた。傷を見てもらうために医局へ行くと、やけに静かだ。


「響江さーん、響江さーーん」


読んでも返事がないため、とりあえず鴬蘭がいる病室に顔を出す。様子を確認すると、顔色もよく、熱もない。薬がよく効いたようだ。


 ガッ


 急に、誰かが蒼龍の手首を強く掴んだ。


「うわっ!」


蒼龍は手を振り払い、腰を抜かした。()()は、うめき声を上げながら蒼龍に近づいてくる。両手を上げ襲われんというところで、急に力が抜けたようだ。それは動かない。


(…?)


よく見てみると、()()は一夜漬けで鴬蘭達の看病をしたのであろう響江だった。先ほどの蒼龍の声で目を覚ましたらしい。


「え!?」


再度蒼龍が声を上げると、響江はのそっと体を起こした。


「昨日ぶりですねぇ…蒼龍さん…傷…いつ見ますか?」


疲労と戦いながら響江は仕事をしようとする。徹夜の体に検診はきついだろうと、蒼龍は口を開いた。


「休んでください!」


蒼龍が言うと、響江は「はぁい…」と待合室まで壁伝いに歩いて行った。蒼龍は病室を見渡す。


「片付けるか」


 蒼龍は先日知った物置や台所に新しく作った薬や杯子(コップ)を運び、片付ける。そして、木簡と筆を手にした。響江が眠っている長椅子に木簡を置く。

【只今休憩中。何かあれば起こしてください】

木簡にはそう書かれていた。




「おはようございます、みなさん」

「おはよう、蒼龍」


 蒼龍の挨拶に答えたのは泰鴬だけだった。他は朝が早いからか、呼応する余裕はなさそうに目を擦っている。


(随分と寝覚めがいいんだな、泰鴬様は)


 蒼龍が自分の席について仕事を始めると、数分もしないうちに扉が勢いよく開いた。


「おはようございます…」


 そこにいたのは、青ざめた顔の鴬蘭だった。体調を崩したはずの鴬蘭がここにいることに、官吏達はかなり反応している。


「どうしたんだ? 急に」


泰鴬が尋ねると、鴬蘭は簡潔に言い切った。


「皇太子殿下が六部に来られるとの情報が…」


その言葉で、全員が一気に真っ青になった。通常ならば、定期訪問は月の中旬頃に行われる。しかし、今日は月が始まってから六日しか経っていない。


「今日来るのか?」

「今日じゃなかったら何でここにいるんだよ俺は…」


 蒼龍の問いに答えながら、鴬蘭はその場に座り込んだ。熱が下がったとはいえ、頭痛や眩暈はまだ続いているのだろう。蒼龍は鴬蘭の腕を自分の肩に回し、医局まで運ぶことにした。


「どこで聞いたんだ? 皇太子殿下が六部に来るって。」


 戸部を出てすぐの問いに、鴬蘭は数秒間をおいた後、答えを口に出した。


「響江が昨日の定期訪問で聞いたんだとさ。ご丁寧に教えてくれたよ」

「医局に行ったの、昨日だっけ。確かに皇太子殿下が来てたな。忘れてた」


 その言葉に、鴬蘭は思い出したように目を開いて蒼龍を指さす。


「お前、昨日医局においてっただろ! 何もなかったから響江探そうとしたら鈴の音聞こえてきたんだよ! 皇太子殿下だろあれ!」


蒼龍は目を泳がせる。


(書き置き鴬蘭にもしておけばよかった…)

「いや、ごめんごめん。俺も焦ってたんだよ」

「うん。別に怒ってない」

「ええ?」


 晴れた笑顔での意外な回答に、蒼龍は驚きを隠せない。思わず半目で鴬蘭を見る。


「何だよ、もう」


 蒼龍は笑いながら鴬蘭を医局に送り届けた。戸部に戻ると、全員が忙しく窗簾を整え、拭き掃除をしていた。


「蒼龍、奥の椅子を拭いてきてくれないか」

「わかりました」


蒼龍は雑巾を受け取ると、他と同じように掃除を始めた。高貴なお方が座るものということで、細かな装飾がされている。

 掃除を終え、しばらく準備をしていると、鈴の音が近づいてきた。戸が開き、全員が頭を垂れる。


「皆の者、面を上げよ」


 静かな声が響く。顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた皇太子がいた。鉛丹色の髪は毛先になるにつれ黒くなり、瞳は橙に煌めいている。


(あれが皇太子である証なんだろうな)


ー「いいかい?立太子の儀で皇太子は鳳を身に降ろすんだ。凰の役目を果たす妃と結婚することで、お髪は完全に鉛丹になって、瞳は金色になるんだ。そして鳳凰と名を改めて皇帝に即位する。わかったかい?」

「多分…わかった…」ー


蒼龍は小さい頃母に教わったことを思い返す。


(皇太子と関わる時には気をつけないと)


 蒼龍は国の皇太子を前に、今一度と気を引き締めた。


「早速だが、新入官吏を確認したい。状元、傍眼、探花は妾のところまで来てくれ」

「はっ」

(!?)


 蒼龍は右斜め前の机を確認する。そこにいたのは響江だった。いつの間にか戻ってきたらしい。本人はいたって変わりないという顔をしている。


(そういえば、金級官って言ってたな)


 蒼龍は一旦考えるのをやめた。


「其方らが上位三者か。妾は皇太子の鳳明(ほうめい)と申す。探花は知っているのだが、後二人が()()()()。名を教えてくれ」

(皇太子が言ったら強制じゃないか! あーもう、声も顔も晒すことになるなんて!)


済ました顔の下に焦りを隠しながら、蒼龍は自己紹介を始める。


「状元・翰林院修撰、蒼龍と申します」

「よろしく頼む」


鳳明は辺りを見回し始めた。どうやら、傍眼・翰林院編修(鴬蘭)を探しているらしい。


「只今、傍眼は医局におります」


蒼龍は念の為、と鳳明に伝える。


「…そうか。会いたかったのだが。仕方ない」


鳳明は蒼龍の顔を見つめ始めた。蒼龍が気になるらしい。蒼龍は冷や汗をかいている。


「…全くもって関係ないのだが、蒼龍、其方、妾の側近にならないか? 妾は其方のような美形が欲しい」

(はぁ?)


 蒼龍はさらに冷や汗をかく。女の身で皇太子の側近に誘われ、さらには美形と言われ、蒼龍は固まった。青ざめた顔に照れが混ざり、響江が焦りだすほどの顔色になっている。しばらく考えた後、蒼龍はやっと口を開いた。


「こ、このような新入りに皇太子殿下の側近など、つ、務まりません」


鳳明は笑顔で言う。


「妾は状況は気にしておらぬ。求めるのは能力と顔だ!」

(顔かよ! もうちょっと性格とか見て判断しろ!)


目上の人間に無礼な口をきく蒼龍だった。


「受けてくれぬか?」


鳳明に気圧され、蒼龍は口元を袖で隠しながら、下唇を噛んだ。一国の皇太子に二回も願われれば、断ることも難しい。


「…私でよければ」

「感謝する。明日から本宮に来てくれ。待っているぞ」

「承知いたしました」


 鳳明が去ると、蒼龍は全身の力が抜け、倒れ込む。響江は後ろから支えに入る。だが、すぐに冷たい表情になった。二人とも入り口を向いていて、誰も気づいていない。

「…蒼龍さん、女性のように華奢ですね」


ビクッと蒼龍の肩が動く。響江はいつもの笑顔に戻ったが、瞳に光がない。響江は蒼龍を戸まで追いやると、鼻が付きそうな距離で話し始めた。


ー科挙の…地方試験の時でしたか。一人、隣の席の受験生がやけに小さくて、細かったんですよ。その人、上位で受かったんですけど。僅差で負けた人がそれをよく思わなかったみたいで。裏で殴る蹴るの暴行を加えたんですよね。そしたら、その人女性だったんです。性を偽って受験してたみたいで。試験監督に連れて行かれましたよ。会の方達は事情も知らず、位が上がっても受からない! と喚いてましたよ。ー


 蒼龍は青ざめている。そこに、響江はさらに言葉を連ねる。その顔は、敵の弱点を見つけたかのように、口元が緩んでいた。


「どうしたんです? ああそうか、蒼龍さんも同じなんですね。これはこれは、泰鴬様に申告しなければ」

「っ違う!」


蒼龍は響江の腕を引っ張った。響江は「何でです?」と詰め寄る。その二人を見て、泰鴬が口を開いた。


「二人共、仕事に戻りなさい。蒼龍は本宮に移動するから、荷物をまとめておくように」

「…はい」


 響江はすぐに仕事に戻った。蒼龍も仕事に戻るが、小刻みに震えていた。先ほど響江に触れた腕をさすりながら、ゆっくりと荷物整理を始めていく。


(響江…あんな顔するのか…それに、あの話を知ってるってことは、響江ってすごい暴力的なんじゃ…絶対バレないようにしよう)




 荷物整理を終え、蒼龍は帰路についていた。楊屋敷には誰もいなかった為、適当に着替えて金鴒邸に向かう。門の前に着くと、違和感が黄鴒を包んだ。


(いつもいるはずの門番がいない。東屋で茶を飲んでいる母上も、庭師も。誰もいない)


 襲われたか?と、黄鴒は本邸に入る。すると、いつも母が仕事をしている室の方から怒号が響いた。


「鴒秋め、あの野郎!」


それは母の声だ。どうやら、従者含め全員が集まっているらしい。黄鴒は一先ず部屋着になって髪を一束に結う。回廊から室に向かう途中で、母が出てきた。


「黄鴒! 大変なんだ。早くこっちにきておくれ!」


珍しく焦っている母を見て、黄鴒は急足で室に入った。周りを見てみると、先ほど集まったばかりなのか、ザワザワと声が聞こえる。すると、母が声をかけた。


「お前たちに話がある私の弟、黄鴒の叔父にあたる人間、楊 鴒秋が、凰国の機密情報を持って領地に逃亡した」

『!?』


 全員が一瞬で目を見開いた。

ご高覧ありがとうございました!

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