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3 医官補佐・響江

「貴方たちぃ、見えていないんですかぁ?その人は金級ですぅ。金級は状元か傍眼か探花しかなれないんで、そもそも銅級が関わっていい相手じゃないですよぉ」

「えっ!?」


 響江の言葉に驚き、銅級官たちは一斉に蒼龍の玉飾りを確認する。蒼龍がこれ見よがしに見せてやると、銅級官達は驚愕してその場から走って逃げた。


「蒼龍さん、大丈夫ですかぁ?救急箱と着替え持ってきますんで入ってくださいぃ」

「すみません。ありがとうございます」


 蒼龍が医局に入ると、正面に病室、右には書庫、左には廊下があり、響江が着替えを取りに行くのが見えた。


(医官なのか?だとしたら、どうして戸部にいた?諜報員(スパイ)かなんかか?)

「どうしたんですぅ?」


蒼龍はハッとして振りかえる。どうやら少しの間考え込んでいたらしい。そこには着替えを持った響江がいた。


「ああ、すみません。響江さんがいるとは思わず驚いただけです。それで、実は医官なんじゃないかと…」


それに対して、響江はふふっと笑って答える。


「一応、そうですよぉ」

「えっ? そうなんですか?」


蒼龍から黄鴒の声が出た。響江は少し目を開いたが、何事もないかのように話を続ける。


「私は平民ですが、医者の家の出なんですぅ。それ故少し特殊な立場でして、金級官と医官補佐を兼任せよと陛下から直接命を賜っているのですよぉ」

「そうだったんですか」

(だからあんな視線を…皇帝から勅命を受けた人間には気をつけなければ)


蒼龍に品定めするような目を向けていたのは、健康か否かを判断するためだろう。響江は立ったまま触診をしていく。冷えた蒼龍の頬に、温かい響江の指が這った。


「この季節に真水は…いや、すぐ着替えたから大丈夫ですねぇ。痣は一、二週間しないと直らないと思いますぅ。念の為三日おきにここに来てくださいぃ。あいつら結構な体格してたし力も強いと思うんでぇ、下手したら頬骨にひびが入ってるかもしれません」

「えっ」


 蒼龍は思わず変な声が出てしまったことに恥ずかしそうに口を押さえる。


「三日おき?という顔をされていますがぁ…必ず、来てくださいねぇ」


いつものようにニコニコとした顔だが、その裏には言葉にできない圧があった。恐らく、治療を怠けた奴らは大変なことになったのだろう。


「分かりました…」


蒼龍は震えあがっている。


(骨にひびが入る程の力で殴られるとは、運がなかった)


 医局を出て右に曲がると西秋殿、左に吏部や戸部、兵部がある土央殿がある。頭の中で地図を組み立てながら道なりに歩いて帰り、蒼龍は官吏としての一日を終えた。




(医局に行くのは今日か)


 蒼龍は業務を終え、約束通り医局に向かおうとしていた。すると、弱々しく蒼龍を呼ぶ声が聞こえる。それは後方から聞こえており、振り向くと声の主は鴬蘭だった。


「そうりゅーう、こっち来てくれー」

「どうした? あ、これは…鴬蘭、お前風邪引いてるよ」


鴬蘭の額に触れながら、蒼龍はそう言った。


「ええ…」


熱い額、赤みのある頬、力のない声。素人が見ても体調を崩しているのは一目瞭然だ。蒼龍は鴬蘭の腕を肩に回しながら、支えて歩き出す。


「丁度俺も医局に用事があるから、一緒に行くぞ」

「それの件かー?」


鴬蘭は蒼龍の額を見ながらそう言った。現に蒼龍は頬に薬を塗り布を当てている。事情を知らない者たちからしても、明らかに何かあったと分かる程の傷だ。


「うん。でも、そんなに心配しなくてもいいんだけどな」

「いやー、すっげー痛そうだぞー…?」


医局の戸を叩くと響江が出てきた。だが、響江は少しばかり息を切らしている。


「蒼龍さん、来てくれたんですねぇ。どーぞ入ってくださいぃ。あれ、鴬蘭さん?」

「こいつ風邪なんです。休ませてやってください」

「分かりましたぁ。部屋を用意するので少々お待ちくださいねぇ」


 鴬蘭を長椅子に寝ころばせて待ちながら、蒼龍は辺りを見回した。医局は玄関から見て左右両端に廊下があり、部屋は通路がない中心に背中合わせで二つずつ設けられている。医局という名の通り、簡素で無駄な調度品がなく、あるとしたら衣や桶が重ねられている棚ぐらいだ。


(数日で三箇所回って気づいたが、外廷の建物を改めて見ても、絨毯(じゅうたん)や、窗簾(カーテン)たまにある垂れ幕などは全て緑に近しい色で統一されていて、落ち着いた空間になっている。目に優しい場所だな)

「用意できましたぁ。申し訳ないのですが私は非力なので蒼龍さんが運んでいただけませんかぁ?」

「分かりました」


鴬蘭は待合室のすぐ隣の病室に運ばれた。


「そういえば、どうして息が切れているんですか?」


蒼龍が聞く。


「…先程、色々ありましてぇ。まあ、聞かないでくださいぃ」


響江は遠い目をしながら言った。何かあったな、と普通なら察する。蒼龍も例外ではない。


「はい」


 蒼龍が返事をすると、扉が開く音が聞こえた。響江が、「はいはぁーい。どうしましたぁ?」と慣れた口調で玄関まで向かう。すると、「ああ、先程の」と、綺麗な仮面が取れた様子がした。


何だ何だと、蒼龍も顔を出す。そこにいたのは、先日の銅級官だった。銅級官はおぶられていて、蒼龍を見るなり顔を引き攣らせる。


「お前は…!」


上官に対して指を差し、礼儀もクソもない態度だった為、蒼龍は今ひとつ脅しをかけてやることにした。


「先日は、どうも世話になりました。あなた達のおかげで、僕は頬に痣ができたんですよ。今日は殴り合いですか?なんともまあ、外廷に見合わない行動をなさるのですね。これはこれは、泰鴬様に進言しなければ。」


脅しを聞き、銅級官は青ざめていく。全身の力が抜けたようで、引きずられて鴬蘭の隣の病室に入って行った。蒼龍が鴬蘭のところに戻ると、寝台に横たわらせていた鴬蘭は「うーん、んん…」と唸っている。それを見た響江は、姿勢を横向きに変えてやった。同時に、触診を始めていく。


「どうして横向きにするんですか?」

「呼吸がしやすくなるからですぅ。知っておくと役に立ちますよぉ。あと、鴬蘭さん割と重症ですねぇ。私名簿やらやることがあるのでぇ、薬調合してくださいぃ。この部屋を左に行った書庫の二番目の本棚に一つだけ青い本があるのでぇ。あ、台所はこの部屋の裏ですぅ。」

「分かりました。…多分」

「蒼龍さん?」


響江は、大丈夫だろうな、と言いたげに蒼龍へ聞き返した。その一言は、「調薬はともかく、本は見つけてこい」と言いたいようにも見える。


「あはは〜…」


蒼龍は苦笑いを浮かべ、気まずそうに部屋を出た。蒼龍が言われた通り書庫に入ると、壁などの大部分は変わらないものの、広く少し重たい雰囲気の空間が顔を見せた。書庫は左右どちらからも入れるようになっているようだ。


あまり使われていないせいか、蒼龍の足元で埃が舞う。裾を口元に当てながら本棚を探すと、わかりやすく看板に「弍」と書かれた棚があった。蒼龍は本を手に取り確認していく。


(うん、これだ。しかしどこから二番目かと思ってたが、確かにこれは説明しなくてもわかりやすいな)

「じゃ、作るか」


蒼龍は本を片手に書庫を出た。




「あとはこれを粉にして…よし、できた。響江さんのところに持って行こう。」


 半刻程して、蒼龍は風邪薬を完成させた。本来は医官以外の調薬は御法度だが、人手が足りないのが医局の現状だ。現に、今ここは響江だけで回している。


(医官は増やさないのだろうか。信用できる者に任せたいというのは、官吏でも医官でも同じなのは分かる。だが、明らかに少なすぎだ。医官は外廷に一人、内廷に一人の計二人。医官補佐だって、それぞれ一人ずつしかいない。全く少しは増やせるだろうに)


片付けを終えて薬を持ち、病室に戻ろうとすると、医局の正面玄関が開く音と鈴の音が聞こえた。


(外廷で鈴をつけるのは高貴なお方しかいない)


蒼龍は、驚きでその場に立ち止まった。その間、高貴なお方は「誰か、おらぬのか」と若々しい声で呼んでいる。それに反応した足音が蒼龍の耳に入った。響江が対応しにきたようだ。


「!わざわざ足をお運び頂きありがとうございます、皇太子殿下。本日は何用でございましょうか」 


響江も薬の件を危惧しているようで、言葉を連ねる声は微かに震えていた。


「面を上げよ、響江。突然定期訪問の日付が変わってしまってな。今、時間はある

か?」

「恐れながら、只今こちらには体調を崩している者がおりまして、殿下と話ができる状況ではなく…」


すると皇太子は少し考えた後、突拍子もないことを言い出した。


「そうか、なら妾が看てやろう」


付きの護衛は皇太子が体調を崩すことが、蒼龍は女だということが、響江は調薬の件がバ公にでる事に焦りを感じ、一斉に心の中で叫んだ。


(やめてくれ!)

ご高覧ありがとうございました!

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