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27 こころ

「…で、これは‘温室で三ヶ月、寒い部屋で四ヶ月。その間、水をやるのなら土だけに。茎や葉には一切触れてはいけない’って意味ね」

「わかった」


 明陽が古文を読めると分かってから、黄鴒は大量の書物を探し、明陽は読み解いた。宦官達に雪草の栽培方法を知らせるため、表などの資料も作りはじめた。

そうして、リンナリヤ国への遠征の準備は着々と進んでいく。


そして、また翌日。


「通るのは雷国と龍国間の国際河川でいいか?」

「そうね」


リンナリヤへ行くための道のりに、国際河川を使う。この判断には、場の全員が同意した。元は瑞神達が各国へ行くための通路だったが、今では貿易用の河として使われている。


(…)


明陽が他の二人を見た。険しい表情をし、地図を眺めている。明陽は地図を見返した。


(特に不自由はない様に見えるけど、どうしたのかしら?)

「しかし、河賊(かぞく)がなぁ…」

(! そうだった)


河族とは、国際河川で海賊・山賊と同様の動きをしている奴らのことを指す。これまでに、何回貿易船が襲われたと記事になったかは思い出せない。その回数を想像するだけで、自分達の移動の危険性が充分に高いことがわかる。


「でも、わざわざ軍隊みたいな船で行くのもね。…軍部に掛け合ってみる?」

「そうしよう」


慎重に行くに越したことはない。河族は最も危険な賊なのだから。




「…というわけでして。軍部の皆さんの手を借りたいのですが、お願いできますかな」


 軍部に来た黄鴒達を、武官達は目を凍らせて受け入れた。皇太姫とはいえ行き遅れの女と、わがままな皇女が来たのだから仕方がない。黄鴒の動作一つ一つに、軍部全体が苛立っている様に見えた。


(なぜだろう。苛立ちの原因は私じゃない気がするが…そんなに怒らせてしまっているだろうか)


黄鴒は青陽を見る。にこりと笑った青陽をみて、黄鴒は視線を元に戻した。


(笑いかけるぐらいだから、私が原因ではないのは明らかだ)


黙りこくる武官を前に、黄鴒は話を変える。内容は、なぜ苛立っているのか、だ。もちろん黄鴒も大人なので、率直に聞く様な真似はしない。


「申し訳ないが話は変わって。最近、三省六部含めいろいろな所に今の職務に不満はないか聞いてまわっているんだ。何かあったりするだろうか」


黄鴒の問いに、中尉が口を開いた。


「鴬氏の件があってから、()()()ずさんな戦略でも勝てると言うことをわかった奴らが無理な指示をしてくることが多いです。実際に動いているのは我々だ。正直立腹しています。どうにかしてくれないでしょうか」


中尉の言葉に、黄鴒は周りにいる武官を見る。すると、皆、首を縦に振った。


「そうか。…責任は私にもあるな。すまない」

「? どういうことでしょうか。あの文官と皇太姫殿下は関係ないのでは?」

「実を言うと、あの文官は私と知り合いなのだ。実際に本人から何か案はないかと聞かれた。足止めしてくるから、二つに分かれたほうがいい。そう言ったのは私だ」


黄鴒がそう言うと、武官達の表情は険しくなった。あの文官などと言って罵った戦略の考案者が、目の前にいる皇太姫なのだから。自分の感情を優先するべきか、立場を優先するべきか迷っているのだろう。


「私、金 黄鴒のせいだ。すまなかった」


頭を下げる黄鴒を見ても、武官達は黙っている。数秒の沈黙が続いた後、今度は大尉が話し出した。


「鴬氏の件の戦略は皇太姫殿下だったのですね。あの時も大尉を勤めていた私からしますと、非常に不可解な戦法でございました。正直、我々が普段から考えていることを考えて戦略を練って欲しかった。協力することには私は同意しますが、これからはきちんと話し合って決めましょう」

「わかった。賛成してくれてありがとう」


ねっとりとした話し方に黄鴒の眉はピクッと反応する。頭を下げているので見られなかったようだ。だが、顔を上げた先で見えたのは、何かを企むようにニヤついている大尉の顔だった。


「鴬氏の件は…残念でしたねぇ。まさか、あの方々が逆賊になるなんて。あぁ申し遅れました。わたくし、鴬氏分家の当主、琉 泰慧(りゅう たいけい)です」


ーーーこいつは駄目だ


黄鴒の中で、雷が落ちた。今までの経験から、琉 泰慧は自身の出世のことにしか興味がない人間だと分かったのだ。


「兄があんなことをするとは思いませんでしたよ。動機は冤罪で鴬氏の格を落とされたから…?」


泰慧がふふっと笑った。半月型の目で黄鴒を見る。


「誰がやったんでしょうねぇ…?」


ーーーこいつだ…!


張り付けた笑みの裏で、黄鴒の顔は歪んでいく。


(こいつが泰鴬の母の冤罪も、全部やったんだ)


兄を蹴落とすために。

黄鴒一人だけが真実に気づく。そして、黄鴒が気づいたことに泰慧も気づいた様だ。いや、わざと気づかせ、反応を見ているのかもしれない。


(気をつけよう。私は首が飛ぶかも)




 五日後、黄鴒達は港にいた。宮の本殿ほどの大きさをした船に乗り、武官を連れて船は発つ。船首に立っているのは、晴れた眼の明陽と憂いを帯びた黄鴒だ。


(クラシーヴァヤに会える!)

(泰慧…何もしてこないといいが)


互いの思いは交差することなく船は進む。船酔いに呑まれつつも、やはり船は進む。


「おかしいじゃない! 私のお菓子がなくなったわ!」

自分(ひふん)で食べはんはないは?」

「金 黄鴒、あんた食べたでしょ!」

「イヤーベツニー?」


些細な痴話喧嘩も起こりつつ、やがて黄鴒達は長旅を終え、リンナリヤの地に足をつけていた。


「ほう…」

(風は冷たいのに、なにか温かいものが体を抜けていく。不思議な感覚だ)


理由は分からない。でも、不思議と安心する様な場所だ。


「キン コウレイ殿ですか?」

「…?」


声に振り返ると、そこには碧い眼の少女がいる。温かい雰囲気を感じるのはブロンドの髪のおかげだろうか。黄鴒の黒柿とは随分な違いだ。


「リンナリヤ国皇女、クラシーヴァヤ・リンナリヤです。この度はご来国どうも。是非前向きに話し合いましょう」

「ああ。ぜひよろしく頼む。改めて、凰国皇太姫・金 黄鴒と申す」


挨拶を終え、歩き出すクラシーヴァヤ。微笑みを絶やさずゆっくりと歩いていく。大体、このように気さくに接してくる王族は何か裏があるものだ。背を向けると顔だけ魂が抜けた様になる。


(試してやるか)


黄鴒は裾から手鏡を取り出し、自分の姿を写した。太陽が目を刺すが、黄鴒が見ているのは黄鴒自身なので問題はない。


(さ、どう出るかな)


黄鴒はクラシーヴァヤの数歩先に手鏡を落としてやった。

ご高覧ありがとうございました!

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