26 明陽というヒト
ーーキン コウレイ殿
はじめまして。リンナリヤ国王女、クラシーヴァヤ・リンナリヤと申します。先日はお手紙どうもありがとうございました。土地の貸与に関しましては、前向きに検討したく存じます。是非、一ヶ月後にリンナリヤにおいでください。
クラシーヴァヤ・リンナリヤ
ミンヨウはコウレイ殿の侍女になられたのですか? 可愛らしい筆跡でございましたね。ーー
「これは…」
「やったわね。交渉成功だわ」
黄鴒は文を読んでいた。明陽の友とはいえ、礼儀を欠いてはいけない。そう思って丁寧に書いたのがよかった様で、リンナリヤからは是という返事をもらうことができた。
(よかった。これで土地はなんとかなる。あとは栽培方法だけだ。にしても、これは…)
文の最後にある、可愛らしい筆跡でしたねという一文。これが黄鴒には皮肉にしか見えないのだ。様々な人の思惑に関わりすぎたせいか、はたまた気にしすぎか。クラシーヴァヤ・リンナリヤの印象は、黄鴒の中でだんだんと悪くなっていく。
「…」
土地を貸すのだから皮肉の一つは言ってもいいという考えなのだろうか? 黄鴒は疑心暗鬼のまま、明陽に聞くことにした。
「明陽、これは皮肉か?」
文を見た明陽は、「ああ、いつもの」というと、手紙をふわっと取り上げて言う。
「表現が皮肉っぽいだけよ。クラシーヴァヤはまだ何もないけど、王妃様が立派な皮肉の使い手でね。真似したんでしょう」
「そうなのか。ならよかった」
文をしまうと、明陽は行李を出した。どうやら、リンナリヤ国に行く準備を始めるらしい。出発までは二週間もあるというのに。
「今から用意するのか。もう少し後でいいんじゃないか?」
「べ、別にいいじゃない。準備なんて、早くしてなんぼよ。ああそうだ、これも持っていかないと…」
この間までの態度が嘘かの様に、最近、明陽は政に関心が出てきたようだ。二週間前に準備をするほどソワソワしていても、難しい目をしていても、口元は嬉しそうに笑っている。青陽は少し目を見開いていた。
「なあ明陽、なんで最近私達…ひいては政に協力してくれるんだ? 前はわがまま放題だったじゃないか」
明陽の肩がビクッとすくむ。自分が変わった自覚はあるらしく、間を置いたがなにも話さない。だが、振り向いた明陽は笑顔だった。
「別になにもないわよっ!」
弾んだ口調が少しだけ部屋に響く。音が無くなる頃には、明陽は部屋から消えていた。そのまま部屋を出ると、青陽は黄鴒に問うた。
「これからどこに?」
「書庫に行く。雪草の栽培方法を知らなきゃいけないからな」
「承知いたしました」
少し経ち、黄鴒たちは皇宮の書庫で本を読み漁っていた。青陽と共に、黄鴒は難しい顔をしている。凰は南の国であるために、雪草に関する情報が載っていないのだ。表現も昔のまま、訳された本もない。
「こんなんどうやって探し当てるんだよ…ああもう、全然見つかんねぇ!」
机の上に広がる本を眺めながら、黄鴒はいろいろなことに考えを巡らせていく。
古文が読める者、植物に詳しい者、北国出身の者…残念ながら、どれも思いつかない。今だけは、南国に生まれた自分とその南国に北国で取れる植物が欲しいとふっかけてきたナジュムを恨む。
「管理人殿、この辺の植物の本一帯を皇太姫宮に持って帰ってもいいだろうか。きちんと礼はする」
「ええ、大丈夫ですよ。雪草探し頑張ってください」
「ありがとう。では、明陽に行李を持ってこさせよう。宦官、紅 明陽まで言伝を頼む」
「ねぇ、なによ? 行李なんて持って来させて。何か運ぶの?」
「その通り。机の上の本達を見てみろ、何が起きてるかわかるぞ」
綺麗に積まれている本を見て、明陽は少し嫌そうな顔をした。
「うわぁ、なに読んでんの?」
明陽はその顔のまま、机に行李を置き、黄鴒が持っている本を覗き込んだ。
「植物の本だ。雪草を栽培しなきゃいけないんだ。でも書いてあることがわかんないんだよ。ほら、見てみろよこれ」
「…? 此の花は北に咲く。食すれば腹を満たし、薬にすれば傷を癒す万能な植物である…」
「え?」
明陽が発したことを脳内で文字に変換する前に、黄鴒はそう口に出していた。古文が訳された事はわかるが、訳した人物が明陽ということに驚いたのだ。あれほど突っ走っていた明陽が、冷静に書物を読み込んでいる。
(こいつ、古文読めるのか?)
「驚いた。明陽さん、古文が読めたんですね」
青陽も同じことを思ったらしく、明陽にそう話していた。当の本人は、何かおかしいことをしただろうかという顔でこちらを見ている。まるで、古文が読めるのが当然かのように。
「あなたたち何言ってるの、古文って読めて当たり前でしょ? 私はお母様からそうなったけど、違うの?」
黄鴒と青陽は首を縦に振る。凰国の古文は難しく、あまり使われていないため、科挙でも出ていないほどだ。国内で最高峰に難しいと言われる学問の一つ、古文を、あの明陽がすらすらと読んでいる。
「すまん。今、お前のこと見直した」
「はぁ? 今まで下に見られてたってわけ」
「まぁ、若干?」
「ふざけんじゃないわよ。ちょっと」
憤慨する明陽を宥めながら、黄鴒達は皇太姫宮に戻っていった。
お父様、私はえらい子になりました。侍女になると聞いて、最初は嫌だったけど、お母様とお兄様のような人になるには、努力も必要だと思ったので少しだけ挑戦してみることにしました。
そしたら案外楽しかったです。主はたまにいじってくるけどいい人だし、同僚も関わりやすい。昔の私なら氷菓子が欲しいとか、新しい環境に慣れないとかわがままを言っていたと思います。でも今考え直して、お菓子にも環境にも頑張って慣れているところです。
お母様は私のことを本当は素直な子だといいます。私も最近そう思い始めました。あれだけ嫌と言っていたのに、お母様とお兄様を見れば、自然と私はまずいと思い始めるのです。きっと、変わろうとしたけど変われなかった自分にイライラして癇癪を起こしていたんだと思います。でも、少しの我慢と決意でほんの少しだけ変わることができました。
お父様、私のことを褒めて。また小さい時みたいにみんなでご飯が食べたい。お兄様も名前が変わって、お母様の立場も変わって、明陽の周りでは最近変化がいっぱいです。お父様だって変わりました。だって遠い国に行ってしまったから。お母様はまたいつか帰ってくると言うけど、明陽はもう十六歳です。あんな嘘には騙されません。
金 黄鴒にどうして政に積極的になったのかと聞かれました。私はお父様とお母様とお兄様に憧れて、と言うのが恥ずかしくて、別に何もないと言いましたが、綺麗な嘘です。本当はすごく憧れています。お父様が皇帝として頑張ろうとしていたことを明陽はしっかり見ていました。
またいつか撫でてね。 明陽
「…」
また書いてしまった。早くやめないといけないのに。故人に対しての手紙を書き連ねるなんて、気味が悪いに決まってる。私自身もそう思っている。が、やめることができない。紅 明陽とは、そういう生き物なのだ。毎晩毎晩月を見て、お父様が行った国を想像している。早くやめないといけないのに。早くやめないと…
(やめられたら、楽だったんだろうな)
周りには元気に振る舞っているけど、いつか寂しいと言う気持ちが溢れるかもしれない。でも、その時はその時だ。今の私の役目は、クラシーヴァヤにリンナリヤの土地を貸してもらえる様に頑張ること。
(お父様への寂しさは関係ない)
でも、たまに寂しくなる。
ご高覧ありがとうございました!




