表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

23 血と代償

 初めて見た。他人に対してなんの謀らいもなく接する人間を。子供だって、親にねだるために手伝いをする。商人なら、客に商品を売りつけるために、話術を使い、世辞を言う。


この人なら、大丈夫かもしれない。


何度もそう思って、何度も絶望してきた。だけど、この人なら。

雪の精霊を、溶かしてくれるかもしれない。




 凰国に新たな皇太姫が即位した。皇太姫は赫 鸇明から政を一任され、官吏たちは肩をすくめている。自身の行いが公になるのだから当然だろう。

そんな中、また今日も朝日が昇った。


「黄鴒様、起きてください。卯の刻です」

「んんー…あともうちょっとだけ…いてっ!」


そして、今現在寝台から転がり落ちた者こそ、凰国の新たな皇太姫、金 黄鴒である。寝覚めの悪い黄鴒は、皇太姫になっても、朝が遅かった。


「本日は鳳明前皇太子殿下のことで呼ばれているのでしょう。早く行かなければ…」

「わかってるよう。今、準備する」


 黄鴒は鉛丹色の目をこする。もともと黄色だったのに祭りの日以来変わっていない。きっと、鳳凰神の力の証拠なのだ。


「それにしても、紫蒼に会えていない。蒼龍も、皇太姫になったからと辞めてしまった。鴬蘭に何にも言えてないなぁ…」


どうしようもない。大人の都合と言うものだ。黄鴒は鏡の前から立ち去り、椅子に座った。


「そういえば、侍女頭はどうした? 本来ならとっくに来ているはずだろう」


黄鴒の言葉に、侍女の青陽(しょうよう)は目線を逸らす。来ていないのを分かっているのだ。だが、何も言わない。


「言ってみろ。青陽のせいじゃない」

「…はい。侍女頭の、(こう) 明陽(みんよう)様なのですが…皇太姫の侍女になどなりたくない。と、朝から喚いておりまして…」

「連れてこれる状態じゃないのか」

「ええ。…ですが侍女頭の代わりなら私めも務められますのでご心配なく」

「ありがとさん。流石だな」


 青陽こと、() 青陽(しょうよう)は、金家に支えていた侍女だ。黄鴒の世話係をしていたこともあり、仲が深い。


「感慨深いですね。虫一匹で逃げ出していたお嬢様が、国の皇太姫になられるなんて」

「虫の話はもういいだろ…やめてくれよ恥ずかしい」


二人は談笑しながら本宮に向かった。




「皇太姫・金 黄鴒、ただいま参りました。本日はどのようなお話でしょうか」


 黄鴒が礼をすると、皇后ではなく鸇明が話し出した。話し出す以前に、皇后はこの場にはいないようだ。


「突然すまないな。今日は妾の立場について話したい。ついてきてくれるか?」

「はい」


鸇明が言うに、皇太子からは降りたものの皇族という扱いは変わらず、政の腕に紅 鳳凰が昏睡状態ということもあり、立場に困っているのだそうだ。


「失礼します。母上」

「よい」


室の中にいたのは、皇后・紅 紫藍と、後宮妃となったはずの紫蒼だった。紫蒼を見て、黄鴒は目を見開く。そして紫蒼も同じような反応を返した。久しぶりに友に会うのは嬉しくてたまらないのだろう。


「話は通しておきました」

「準備がいいな。それでは、始めようか。何か意見がある者は?」

「はい」


紫蒼が軽く挙手する。紫藍の指示で、紫蒼は話しだした。


「政の腕は確かなんだから、皇太姫の朱雀がいいと思うのですが、どうでしょう?」


  ‘朱雀‘ 。凰国内では二番目や補佐の意味で使われ、実際に官吏や妃の位にも朱雀という階級がある。


「鸇明殿がそれで良いのなら、私はいいですが」


一皇族と皇太姫とでは、立場が違う。今の鸇明が黄鴒に求婚しようものなら、鸇明の首はさよならだ。鸇明もそれは分かっているだろう。


(ま、心配には及ばないな)

「そうか。鸇明、お前はどうだ?」

「私も、皇太姫の朱雀がいいと思います」


全員の意見が一致した。これで、鸇明は黄鴒の補佐となるのだ。


「よし、話はまとまったな。今日は解散としよう。呼び出してすぐ解散してすまな…」

「ちょっと!」


皇后の言葉に被せ、金切り声が響く。入り口の方を向くと、赤い衣に髪を二束に結った少女がいる。眉を吊り上げ、黄鴒を睨んでいた。


「えっ、と…?」


黄鴒が皇后を見ると、既に頭を抱えていた。そして小さく

「明陽…」

と呟く。


(こいつか…!ーーーーー)


黄鴒はすぐに明陽の方を向く。すると、明陽は黄鴒を睨みながら叫ぶ。


「太姫競決の時にも見たけど、あんたが皇太姫? お兄様の方が帝の器に決まってる! 努力してきたお兄ちゃんの時間を返して!」

(…子犬に吠えられてる感じがする…)


なんせ、四寸(十二センチ)程身長に差があるのだから。精一杯叫んで睨まれても、黄鴒は何も怖くない。


「…明陽。少しいいか」

「なぁに? お母さま」

「あのな、鸇明は努力した。今もしている。だがな、鳳凰の代から、私たち紅家は’金の気’持ちになってしまったんだ。そこで、純粋な血筋かつ、実力をもった黄鴒殿が皇太姫になったんだ」


皇后は必死に説明している。だが明陽は気に食わないようで、

「なんでよ!」

「おかしいわ」

を繰り返すばかりだった。黄鴒が呆然としていると、明陽はひとしきり大きい声で叫んだ。


「皇太姫だからなに!? どうして平民の血が混ざった奴なんかの世話しなきゃいけないのよ!」


ーー平民混じりーー


「っは…今更言われるかよ…」


黄鴒が言った言葉に、明陽が反応する。なによ。という言葉に対し、黄鴒は黙ったままだ。


「なんなのよ!」


明陽が再度叫ぶと、黄鴒も明陽を睨みつけて言った。


「平民混じりだからなんだ? お前の気に食わないからなんだ? 関係ないだろう。お前と私じゃ、私の方が上なんだよ。お前、一度他人に従うことを覚えるといい。そうすればお前のこと言う奴もいなくなるよ」

「はっ?」

「少なくともお前みたいなやつには人の血どうこう言う資格ねぇよ!」

(同じ理由で散々いじめられてきたからか。血筋だけて判断する奴に怒りが湧くのは)


明陽は腰を抜かしている。脚が震え、黄鴒の気迫に圧倒されたようだ。明陽に構わず、黄鴒は続ける。


「太姫宮に来い。しっかり教えてやる。荒れた手を踏みつけられて、泥水に穴に落とされても尚、自分のことを後回しにしなきゃいけない気持ちをな」


それができないならもういい。と言い、黄鴒は本宮を後にした。




 俺は生まれてからずっと迫害されている。頭に傷ができても、腹を殴られて吐いても、誰も助けてくれない。仕方ない。雅 雹牙(がく ひょうが)が生まれた日、雹が民に牙を向いて、災害をもたらしたのだから。呂北州の雪の中だから、外に放り出されたら終わりだ。だから、耐えて耐えて命だけは守らないといけない。

死んだら全てが無になる。



ーーー(死んだら全てが無になる)


 そう考えていても、やっぱり死にたいという望みはある。金 黄鴒(きん こうれい)は帝にはならず、響江の元へ行く。それを行うには、死ぬしかない。だが、今まで私がいじめに耐えて、学んできた意味はなんだったのかと問うてしまう。

ああ、学がなければ、こんなことを気にせずに済んだのだろうか。



ーーー(ああ、学があれば災害を防ぎ、迫害されることはなかったのだろうか)


昔から何にも才がなかった。筆を持てば汚い文字を連ね、動いてみればのろのろと走る。何か一つでも才があったなら、俺は人の役に立てたのだろうが…


(俺の自慢できる所と言ったら、血筋ぐらいだな)



(血筋が欠点なのだ。私は)


金家に生まれたのに、母親が平民のせいで可哀想。

もっといい人はいたんじゃないかしら?

そんな言葉を何度も聞いてきた。終いには、男らしい性格も母のせいにされた。貴族が集う学校で、一人だけ乱れた髪。生気のない目。


(血筋を評価されて生きてきた。…辛かった)



(血筋だけを自慢に生きてきた。…惨めだ)


「だれか、血筋の束縛から金 黄鴒を助けてくれないものか」

「だれか、血筋にすがる雅 雹牙をいっそ平民にして殺してくれないか」


((…不思議だ。どこかで誰かが同じことを考えている気がする))

ご高覧ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ