22 水のろうそく
かなり文字数が少ないですが、黄鴒編最終話です。
また、一週間お休みをいただきます。
凰国は酉の刻。陽は海に浸り、頭を覗かせていた。薄暗い宮廷の中で、黄鴒はゆっくりと歩いていく。本宮から外廷へと顔を出すと、普段は見ることのない凰国の民がいた。
(あれか)
大きな薪が並んでいる。きっと、天東州の‘木の気’を持った者たちで作った、‘気’が通用するものなのだろう。
「皆の衆、今宵は鳳燎祭への参加、感謝する。私の力で民を、州を、国を照らそう」
歓声が上がる。黄鴒が席に着くと、鐘が鳴った。鳳明が前に出ると、一枚の文を取り出した。
「我らが凰国を創りし鳳凰神よ。今この時まで、貴殿の力を拝借していた。だが、妾はこの娘、金 黄鴒を新たな皇太姫として認め、借りていた力を手放すことを宣言する」
鳳明が月に向かって手をかざす。
「鳳凰神よ! 妾の魂から‘火の気’を持っていけ!」
冠の飾りが揺れ、風はたちまち突風となった。
いきなり、頭痛が黄鴒を襲う。だが病的なものではない。原因は、鳳凰神によるものだった。空ではなく、耳でもなく、頭の中に直接語りかけてくる。
「わかった」
それだけ響くと風は収まり、目を開けた先に見えた鳳明の姿は、黒髪に戻っていた。
「おお…!」
「あれが瑞神様の?」
民が騒ぐ中、鳳明はそれを遮るように叫んだ。
「民よ! 妾は力を失った。そして名も、紅 鳳明ではなく、赫 鸇明とする。もうこれから皇太子に戻ることもなかろう。そして其方らは、これから皇太姫となる金 黄鴒を受け入れなければいけない。政にも出てくるだろう。どこか反乱も起きるだろう。だが、これだけはわかって欲しい。この娘は、きちんとした血を受け継いだ後継者であり、我々をどんな手を持っても守ってくれる。忠誠を誓え!」
オォォォォ!!
大きな声の中、鸇明と変わって黄鴒が前に出る。そして、黄鴒は大声で話し出した。
「新たな皇太姫となる、金 黄鴒だ。今から私は、この薪に火をつける。もし火がつかず、あと三日のうちにつけることができなかったら、私を殺してもらって構わない」
黄鴒の覚悟に、民は打って変わって静かになる。では、いくぞ。と言われるまでは、誰しもが黄鴒に見入って固唾を飲んでいたに違いない。黄鴒が動き出して、やっと歓声が聞こえたのだから。
「名は金 黄鴒! 天を駆けている吉祥の神よ、私に力を与えたまえ!」
黄鴒の手元から炎が上がる。一番に薪につき、二番に民が持っているろうそくについた。そして宮廷を中心にどんどん広がっていく。ろうそくから提灯から釜まで、一体どれほどの範囲に火がついたことだろうか。
(あ…ついたのか…!)
目を開けたときには、視界が朱色で染まっていた。藍色の空に、朱色の地。なんと綺麗なことだろう。その炎の源は自分なのに、思わず感嘆の息を漏らしてしまった。
(いかん。ちゃんとしないと)
黄鴒が我に帰り、最後の言葉を言おうとしたところで、後方から声が上がった。
「私のろうそく、火がついていませんわ! 皇太姫なら、これぐらいつけられて当然ですのに、どうしてついていないのかしら!」
声の主は、呂 冬鷸だった。当然のことを言っているが、見下しているような、まるで、私が仕掛けましたとでも言っているような表情だ。近くにいる。銀 白雁も頷いている。
(だが、白雁のほうのろうそくは、不自然なまでに溶けている。嵌められたか…?)
黄鴒が考えている間、冬鷸は間髪入れずに大声を出した。
「早くと捕らえなさいよ! 皇太姫虚偽罪よ!」
冬鷸の言葉に、民も反応して、捕まえろ、罪人だ、などと叫んでいる。武官が、すぐさま黄鴒を取り押さえたが、本人は至って冷静だった。
「何かはあるのかしら?」
冬鷸が言うと、黄鴒は
「牢屋には入れてもらって構わない。だが、私の言ったことをやってみて欲しい」
とだけ言い残し、そのまま連れて行かれた。
外とはまた違った薄暗さを持った牢獄で、黄鴒は顎に手を当てていた。目線は動かない。そして、目の前の牢獄に入っている春扇の言葉にも動じなかった。
(白雁のろうそくだけ、不自然に溶けていた。多分、金属で溶けないようにしたのだろうが、融点が低かったのだろう。冬鷸は…)
黄鴒が考えている事は、やはりろうそくの事だった。おかしいと思うのも無理はない。二人と黄鴒との距離は変わらないのだ。なのに、白雁にだけ届いて、冬鷸に届かないことなんてあるのだろうか? 黄鴒は思考を巡らせていく。
(冬鷸は‘水の気’持ち…春扇との仲間……ん? 水?)
黄鴒は牢獄のすぐそばにいた武官に言う。
「おい! わかった! わかったから、今から言うものを用意して、民の前で実験してくれ!」
小半刻後、黄鴒の前には水とろうそくの芯、冬鷸が持っていたろうそくがあった。
「待ってろよ、冬鷸。待ってろよ春扇。お前たちの策に、人生を狂わされるわけにはいかないんだ」
翌日、再度集まった民の前で、囚人用の服を着た黄鴒は叫んだ。
「今から、昨日の仕掛けについて説明する。結論から言うと、あれは私の力不足だったわけではない。私は、呂 冬鷸ないしは蒼 春扇に嵌められたのだ」
そう言うと、黄鴒は硝子の杯に水を注ぐ。そしてその中にろうそくの芯を入れた。
「簡単に説明すると、ろうそくの芯に水が染み込んでいた。だから、火がつかなかったわけだ。呂 冬鷸は‘水の気’を使うことができる。この仕掛けができても、おかしくないだろう?」
ろうそくの芯を取り出し、ある程度水気をとったところで、黄鴒は直に火をつけてみせた。
「つかない!」
一人が叫ぶ。その反応に、黄鴒は満足げに言う。
「今この証明をもって、私は皇太姫になったことを宣言する!」
「皇太姫様だ!」
「皇太姫様だ!」
大きな歓声に包まれ、黄鴒は外廷を後にした。
ご高覧ありがとうございました!