20 毒の正体 後編
「ちょっと、あんなこと言って大丈夫だったの?」
紫蒼は心配そうに、しかし怒った様子で黄鴒に言う。だが、当の本人はけろっとしていた。
「なに、心配ないさ。どうせ長くは続けない役職なんだから、どこに行ったって今更変わんないよ」
「でも…」
どうして紫蒼がこんなことを言っているのか、今から会談の様子をふり返っていこう。
二刻程前、黄鴒は凌華の領主室にいた。そこで行われていたのは、クォカイの第二皇子、ナジュム・ナミルとの会談だった。しかし、普通の会談ではなく、黄鴒は刀を向けられていた。
「第二皇子殿下、私どもは何も危害を加えないので、刀を下げてください」
黄鴒が言う。ナジュムは、不満そうに刀を下げた。そして、黄鴒に問いかける。
「お前たちの目的は何だ」
声一つとっても、威圧感がある。黄鴒は拳を震わせながらも答えていく。なんとか表情にするのを抑えているに違いないが、読み取れるだけで怯え、怒りの感情が入り混じっていた。
「私たちは国王陛下に対する毒物の流出をやめていただきたく、ここに参りました」
紫蒼が黄鴒を見る。ナジュムも黄鴒に視線をやった。当たり前だ。ナジュムが流した証拠などない。それでも黄鴒は続けていく。
「どうしてクォカイの第二皇子とあろう方が、凰国の宮廷に紛れ込んでいるのか。企んでいる事は、ラバン・ナミル王妃殿下と同じですね?」
「へぇ、面白い。なんでそう思ったの?」
ナジュムは顎に手をあてて黄鴒を見る。顔には、一切の焦りなどない。ただただ物事を面白がっていた。
(きっと、私にはわからないと思っている。でも、私にも人の心をある程度読む力はある)
「クォカイは、以前から凰国を自国の領土にしたがっていました。狙っている国の皇帝が愚帝と聞けば、いい臣下のふりをして、薬物を渡すことなど容易です」
ナジュムの表情がわずかに歪む。きっと図星だったのだ。黄鴒はまだまだ続ける。
「凰国の宮廷にいたのは、ラバン王妃殿下の指示ですね? 私には、あなたたちは考えることが同じに思います。外から国王夫妻が仕掛けて、その上で中から壊すつもりだったんですね」
黄鴒の言葉に、ナジュムは高らかに笑った。まるで、こんな人がいるのは、びっくりだ。とでも言うように。ひとしきり笑った後、ナジュムは情報漏洩を恐れず、色々なことを話した。
「そうだよ。俺が鳳凰に良い薬だと言って渡した。鳥兜も、きれいな花でしょう。全くの無害ですと言ったら、簡単に受け取ってくれた。しかも、クォカイから輸入までするって」
ナジュムは笑いを堪えている。よほど馬鹿な皇帝が面白いのだろう。第二皇子ともあれば、ある程度政は教えられてくる。自分よりも幾分も年上なのに、それができない鳳凰のことを笑うのも無理はない。
「馬鹿だよねぇ。クォカイだったら、すぐ捨てられてるよ。凰の皇族に生まれたことだけが救いだ」
「そこは共感します。ですが、皇帝陛下を潰されると国が回らなくなる。民にも迷惑がかかる。ぜひともやめていただきたい」
ナジュムは笑った目で黄鴒を見る。そして、次の瞬間には、とんでもないことを言っていた。
「じゃあ、条件がある。皇太姫になるんでしょ? どうせ政略結婚するんだ。なら、クォカイに来ない?」
ここまでが、会話の内容だった。この提案に黄鴒は同意する。そして、皇太姫にならなかった場合でも、クォカイでまた後宮妃として受け入れてくれると言うのだ。この提案は、黄鴒にも利点があった。
(ま、何かがあったとして、その時はどうにかするだろう)
黄鴒は帰りの馬車で、夕焼け空を眺めていた。その方向は、クォカイがある方向だ。いつかその空の下へ行く時を想像して、黄鴒は都へ帰っていった。
黄鴒が首に刀を向けられていた時、同じく皇太姫候補者の蒼 春扇は、天東州にいた。春扇に振られた外交相手は、凰の東に位置する隣国、龍国だ。春扇は、この日のために色々と準備をしていた。
(絶対に成功させてやる。あいつになんか譲らないわ…)
春扇は、国境にある建物に入って行った。中に入ると、凰とは違い、青を基調とした高潔な空間が広がっている。春扇は蒼色の髪といい、衣といい、まるで龍国の姫のようだ。誘導されるがまま、春扇は席に座った。
「本日は凰側の頼みを聞き入れてくださり、ありがとうございます」
龍の重役たちは、にこやかな笑顔で春扇を迎えていた。それもそのはず、蒼家は、昔から龍国と個人的に関わっていたのだ。関わるのが蒼家となれば、自分たちにも利益があるに違いない。龍国側はそう踏んでいるのだろう。
「さて、本日の依頼ですが。お耳にも入っている通り、今現在、凰では毒が蔓延しています。そこで、昔から親交のあった龍国に、医療の支援をお願いしたいのです」
「ほう。春扇殿がそう言うのならば、前向きに考えましょう」
龍国の者は、皆にこやかだ。木性の春扇と気が合うのか、話は終始穏やかに進んでいった。
「そういえば、これは太姫競決の一部でしたな。こちらから貴国側に報告しなければならないのですか」
「ええ、そうなのです。なので、ぜひとも良い報告をお願いいたします」
願い出る春扇の手元には、たくさんの金子があった。龍国の金に変えれば、いくらになるだろう。それを見て、龍国の重役たちは、目を細める。
「お願いいたします」
春扇がそう言って都へ帰った後、龍国の重役たちは、箱に金子を詰めていく。その中で、一人がつぶやいた。
「春扇殿…」
五日後、本宮にて。黄鴒達候補者は、壇上に上がっていた。全員が拱手礼をし、結果が言い渡されるのを待っている。少ししたところで、鳳明が二階席に上がった。
「これより、先日行われた外交の、国々からの評価と、これまでの結果を言い渡す。尚、皇帝陛下は毒に服しておられる。評価も妾がした。文句はないな?」
「是」
一番に答えたのは黄鴒だった。だが、黄鴒の返事を受けた鳳明の表情は曇っている。と言うよりは、嵐に近いほど険しい表情だ。臣下達が冷や汗をかく中、鳳明は順々に話始めた。
「呂 冬鷸」
「は」
「其方は清水の確保、毒にも強い作物の育て方など、実に国に貢献してくれた。礼を言う」
鳳明が白雁の方を向く。
「銀 白雁」
「はい」
「其方は東諸国までの遠征ご苦労だった。色々な考え、新たな視点が見られ、国にとって大きな力となった。礼を言う」
黄鴒がちらりと春扇の方を見ると、その表情は歪んでいた。まるで、自身が一番とでも言うようだ。
「蒼 春扇」
「はい」
「お前は、医療関係で多大な支援をしてくれるという条約を得た。それは実に素晴らしいことだ。そのことに関して礼を言う」
「ありがとうございます」
猫撫で声に春扇も気にしたようだが、黄鴒は鳳明の言い回しに違和感を覚えたようだ。鳳明が話した時、わずかに簪の当たる音が鳴った。
「金 黄鴒」
「は」
「其方は、多少の制約はあれど、見事に毒の根源を絶ってくれた。あとは国中の花を抜いて処分すればいいだけだ。感謝する」
黄鴒が礼をすると、鳳明は順位発表に移る。そう言った途端、謁見の間全体に緊張が走った。
「では、発表していく。まず、三位」
鳳明は紙を見た後、高らかに言った。
「呂 冬鷸」
冬鷸が立ち、鳳明の元へ行くと、銅の髪飾りがつけられた。
「よく頑張った」
笑顔の冬鷸が降りると、鳳明は言う。
「二位、銀 白雁」
白雁も、これまた驚いた表情だ。四位になると思っていたのか、うっすらと涙ぐんでいた。銀の簪を刺した白雁を見送り、鳳明は残る二人の前に立った。
「ここに、金の簪がある」
一位の者にこれをつけよう、と言うと、鳳明は一人の娘に近づいた。
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