2 官吏の隠し事
遅い時間になってしまいすみません!
二話お楽しみください!
(我ながら大それたことをしているなあ。)
黄鴒は昨日のことを呑気に考えながら、貴族の娘として朝を迎えた。一人だけ起きていた母親に「行ってくるよ」と声をかけ、金鴒邸を出る。何回か角を曲がり、まず叔父である鴒秋の屋敷に向かう。
(相変わらず質素な屋敷だ。)
黒い瓦屋根、そこいらにもにある漆喰の壁と松の柱。庭には池が一つだけあり、横に屋敷への石畳が並んでいる。都の中でも華やかな西部に、一つだけ無彩色の屋敷は言わずとも目立つだろう。
(叔父さん自身が重臣だというのに、これでは身の丈にあっていない。)
そんなことを考えながら、黄鴒は屋敷に入った。
「叔父さーん。これから部屋一個借りるねー!」
「構わんよ。好きに使いな!」
「ありがとー!」
黄鴒は回廊を歩いた先にある棟の、鏡台と壁櫃、窗簾がある一室を選んだ。黄鴒は四半刻で髪型を変え、着替えを終わらせた。屋敷を出るところで、鴒秋が蒼龍に話しかける。
「何級官になったんだ?銅級か」
黄鴒の件を知っているのは、一族内で同じく官吏である鴒秋だけだ。
「金級官になった。書記の仕事だってさ。じゃ、行ってくるよ」
「ああ、行ってらっしゃい」
蒼龍が屋敷を出ていくと、鴒秋は独り言を漏らす。
「金か…使えるな」
蒼龍は外廷に入ると、泰鴬に言われた通り戸部がある土央殿に向かった。見た目は特に西秋殿とは変わらない。
「おーい!」
先に蒼龍を見つけた鴬蘭は、大きく手を振り、蒼龍に駆け寄った。が、その顔は困惑している。
「蒼龍、俺達書記だったよな…?なんで金級の玉飾りを渡されたんだ?」
どうやら鴬蘭は、仕える人物を知らないようだ。そこで、蒼龍は教えてやった。
「嘘つけ〜!たかが傍眼が主上に仕えるわけないだろ?ていうか、俺は高貴な方の御前で書記なんてできないぞ」
「嘘なんかついてねえよ…」
鴬蘭は初め、笑い飛ばして全く信じなかったが、笑いはすぐに消えた。戸部の歓迎会での泰鴬の言葉に、鴬蘭の顔は青ざめていく。
「聞いてねえよ父ちゃん!そうなら言ってくれって!なんで一文官が主上の書記なんだよ!」
そう言って鴬蘭は泰鴬の襟元を掴んで揺さぶっていた。泰鴬はそれを止めようとしているが、できていない様子だ。
「ちょ、やめ、やめて…酔う、酔うから…。それに、お前は鴬氏の次期当主だろう。家柄と実力を合わせ見ても申し分ないはずだぞ?うっ、おええ…」
「そうだけどさあ…」
父親の体調など気にかける様子もなく、鴬蘭はただ頭を抱えている。その一部始終を見ていた蒼龍は、新しく発覚した二つの事実に驚いていた。
「お、鴬氏って、代々武官の大尉を継いでいて、一人一人がとてつもなく強いっていう…」
驚きにわなわなと震えながら公になっている話を述べる蒼龍を、鴬蘭と泰鴬は揉め事をやめ、静かに見つめていた。すると鴬蘭が「やっぱり、みんな勘違いしているなあ」と言う。
「えっ?」
蒼龍が反応すると、鴬蘭は説明を始めた。
「鴬氏は大尉を継いでなんていない。大尉が退く時、一つ下の位でちょっとした戦いがある。そこで毎回勝ったのが鴬氏で、結果大尉になることが続いたんだ。それを知らない奴が勘違いしたんだろうね」
「じゃあ、父ちゃんってのは…」
「うん。俺たちは鴬氏の現当主とその子息だよ。あれ、言ってなかったっけ?分かってると思ってたんだけど…」
「おや?言っとけとこいつに伝えたはずなんだが…お前、言ってないな?」
「いや俺も忘れてたんだって!」
(こんなでも研修中なんだよなぁ)
再度揉め事を始めた二人を、蒼龍は傍観していた。
「まあまあ、二人とも落ち着いてくださいよぉ」
後ろから宥める声が聞こえ振り返ってみると、先日、泰鴬に説明をした官吏がいる。
「「響江!!」」
(響江と言うのか、この官吏。…なんか、軽そうな人だな)
蒼龍がそんなことを考えている隙に、響江は蒼龍のそばに寄ってくる。
「似てますよねぇ、あの二人。いつもこうなんですよぉ」
身長は蒼龍と同じくらいだろうか。青灰がかった髪の青年だ。響江は何やらニヤニヤしており、品定めをするような目をしている。蒼龍は心の中で身構えながら、声をいつもより低くして会話を始めた。
「こうしてみるとそうですね。僕自身も、考えればわかったかもしれません。でも、それ以前に氏族の名を思い出せないからできないですね。」
顎に手を当てて考えこみ、袖から女らしい腕が見えることに気づいていない蒼龍を見て、響江はふっと笑って話を続けた。
「まあ、鴬氏は文官の中ではあまり有名ではないですからねぇ。無理もありませんよぉ」
(有名では…ない?二人も金級官がいるのに?)
蒼龍は頭の中で何かに引っかかり、下を向いて考え事をし始めた。それに気づいた響江は、「多分それはぁ…」と説明してやろうとする。
「響江ー!」
「えっ、あっ、はーい!」
が、急な用事ができたらしく、行ってしまった。
「どうかしたか?」
鴬蘭が聞く。
「うん。だけどちょっと…」
泰鴬はその返しに気づいたようで、優しく蒼龍に伝えた。
「別に言っても問題ないよ」
その言葉に蒼龍はでは…と言いながら、頭の中の引っかかりを述べた。
「母と本屋に行った時、一つの伝記を読んだんです。歴代鴬氏伝と言うもので、それの一部が今の鴬氏の状況と酷似していて…」
歴代鴬氏伝の名を聞くと、泰鴬の顔が僅かにしかめ面になる。
「その…鴬氏の奇人とは、泰鴬様ではないでしょうか?」
その言葉に、泰鴬の眉がピクッと動いた。幸い、誰も気づかなかったようだ。蒼龍は語り始める。
「これは伝記の抜粋ですが」
蒼龍はすらすらと伝記の内容を連ねていく。
ーー今の帝になってから、文官を見下す風潮が鴬氏内で生まれた。武官の道を目指した者と文官の道を目指したものが対立し、結果、武官側が勝ったことが原因だ。内乱の末に負けた文官側の人間は、いつしか奇人と呼ばれるようになった。
だが、奇人は非常に頭が良く、妻子を持ち、翰林院官にまで登り詰める。並行して、一族内では武官よりも書記官という職の方が地位も名誉も収入も安定していることに気付いた。武官側は、奇人に家督を譲る。その後、一族には奇人の影響で文官を目指す者が増えたーーー
蒼龍は泰鴬に目を合わせた。
「内乱の後、一族を治めるようになった奇人とは、琉 泰鴬様、貴方ではないですか?」
泰鴬はニヤリと笑うような目をして、一人の青年を見つめている。問いに答えたのは十秒ほど後のことだった。
「年の割に随分と頭が回るなあ。半分正解で半分不正解。ま、君にはわからんさ」
そう言いながら、泰鴬は新しく回ってきた仕事に向かった。休憩時間は終わりである。
(なんだ、あの言い方。気になるな)
蒼龍は推理が当たらなかったことに悔しそうに自分の机に戻る。机を見ると、木簡が置かれていた。
【研修の後、医局裏に来い】
研修後、蒼龍は言われた通り医局裏に向かう。土央殿の裏に医局があるが、医局裏だから城壁側だろう。医局裏に着くと、何やらニヤニヤしている銅級官が出てきた。
「どうしたんです、何か用ですか?」
蒼龍が声を掛けると、銅級官は何やら得意げに言い出した。
「お前、鴬蘭と仲がいいからって調子に乗るなよ。鴬蘭から泰鴬殿に金級にしてもらうよう言ったんだろう?」
銅級官は表情の割に怒っているように見える。蒼龍としては、ただ合否発表で声を掛けられ、そこから関わっていった延長線で知っただけなのに、周りからは媚びているように見えるらしい。
蒼龍は少し睨みを効かせた顔で、静かに言葉を連ねていく。
「してませんよ。第一、そんなことをしても既に地位があるんだから意味が無いじゃないですか」
その言葉が逆鱗に触れたのか、銅級官の顔は赤く険しくなっていく。今にも堪忍袋の緒が切れそうな様子だが、蒼龍の後方を見て、また得意げな顔に戻った。
そして、「とにかく、これ以上鴬蘭や泰鴬殿に媚を売るならな…」と話を続けていく。長くなってしまうと感じた蒼龍は、簡潔に話を終わらせようとした。
「つまり、何が言いたいのです?」
その言葉で、蒼龍はまた銅級官を怒らせたようだ。
「底辺が出しゃばんなっつってんだよ!」
銅級官は大きな声で怒鳴りつけた。
(私は鴒族だし、鴬氏よりも社会的地位が高いんだけどな…)
凰の貴族は、下から氏、家、族の階級と分けられている。
(ま、蒼龍には関係ないか)
ジャリジャリと音を立て、誰かが蒼龍の背後に近づいて来る。気づいた蒼龍が振り返ると、間髪入れずに頭から水を被った。銅級官の間でどっと笑いが起こる。蒼龍は困惑し、硬直した。
「どうした?俺らが与えてやった罰がそんなに効いたか!ほら、俺は優しいから、風邪を引かないようにそのずぶ濡れの服脱がしてやるよ。晒しあげにでもしてやろうかなあ!」
(それはまずいな、女だとバレる。)
蒼龍は咄嗟に後ろに下がる。それが銅級官たちには面白かったようで、「そんなに嫌か?どんな貧相な体なんだろうな!」と言いながら蒼龍の官服に手を伸ばしていく。
(貧相ではないけど見せられない体なんだよ!)
蒼龍とて、黄鴒に戻ればれっきとした女だ。今は更志で潰しているが、ある程度胸は大きい。蒼龍が下がった先は行き止まりになり、動けない。抵抗しながらも、二、三発顔を殴られてしまった。
あと少し、というところで、医局の裏口が開く。そこには、なぜか響江がいた。
(え?)
なんでここにいる。蒼龍の顔はまたしても困惑で埋まった。
ご高覧ありがとうございました!




