19 毒の正体 前編
十八話の前書きには書き忘れましたが、今週からいつもより多く投稿できそうです。
お楽しみください!
「陛下、門をお開けください! 陛下!」
室を出た黄鴒は、皇宮門前にいた。状況報告のためにくぐろうとした門は開かない。皇宮側から閂が入っているのだろう。黄鴒は何回も門を叩いていた。
「ねえ、何回やっても開かないんじゃ、室内にいましょうよ。術が切れるわ」
「…分かった。ただ、次は刀を持っていく」
「は? 刀?」
紫蒼は黄鴒を見る。刀を持って何をするのかという表情だ。そんな紫蒼を気にすることなく、黄鴒はどんどんと走っていく。
(ちょっ、速っ…)
文武の才に恵まれていない紫蒼は、黄鴒に置いていかれまいと走る。室に着く頃には、術と共に息を切らしていた。
荒れた呼吸音が室に響く。紫蒼が顔を上げると、黄鴒は前に立つ。
「大丈夫か?」
「…ええ…大丈夫よ」
(そんなわけないでしょ、あんたどうにかしてるわよ)
紫蒼はまた二人分の術をかけ、黄鴒と共に室を飛び出した。皇宮門は相変わらず開かない。
「刀なんて持ってきても、門は切れないじゃない!」
紫蒼がそう叫んで黄鴒を見ると、黄鴒は刀を鞘にしまったまま振りかぶっていた。そのまま、黄鴒は門を叩いた。何回も、何回も。
「ちょっと、何してんの!?」
紫蒼が言うと、黄鴒は焦りを交えて答えた。
「門が壊れるより、民が全員いなくなって国として成り立たない方が大変だ! 陛下も殿下も分かってるくれるだろう」
しだいに、門に亀裂が入ってきた。窓や物陰から様子を伺う者が増える中、黄鴒達は門に開いた穴を通り、本宮に走った。
「陛下!」
黄鴒が見の間に駆けつけると、鳳凰の姿はなく、臣下だけが黄鴒を見ていた。辺りを見回し、目についた鳳明に拱手礼をする。
「命令を無視したこと、大変申し訳ございません。ですが、陛下に伝えたいことがございます。お許しを」
鳳明は黄鴒を見つめ、ついて来い、と一言だけ発した。
「皆の者、戻ってよい。毒には充分気をつけるように」
鳳明は一言だけ言うと、早足で皇帝宮に向かった。黄鴒は状況がわからず話しかけようとする。が、鳳明の異様な表情に踏み切れないようだ。黄鴒が迷っているうちに、しびれを切らした紫蒼が、鳳明に話しかけた。
「国の朱雀にご挨拶申し上げます。今現在、皇帝陛下は何をしておいでですか?」
鳳明は何も言わない。紫蒼は眉をひそめ、さらに言葉を続けた。
「私たちだけ連れてきたと言うことは何かあるのでしょう。言ってください」
鳳明は、小さくつぶやく。
「...何もない」
その言葉に、紫蒼は口調を強くして言った。
「何もなかったらこんなことになっていないでしょう。さっさと言いなさい」
「...大麻だ」
紫蒼に気圧され、鳳明は糸のような声でぽつぽつと話し出した。
「誰かが悪い効果を伏せて、気分が楽になる、と父上に紹介した....国が滅ぶと分か
って...!」
凰を狙っている国といえば、あの国しかない。だが、鳳凰にはそれがわかるとは思えない。
(誰かが、裏で全てを操っている?)
黄鴒が考えた矢先、鳳明が話した。
「今お前たちが考えた通りだ。まず父上の薬物依存を治し、犯人が誰かを聞く必要がある。できなかったら、宮廷の人間を改めるしかない」
「きっと、毒物事件の犯人も同じですよね」
「ああ」
皇帝宮に入り、鳳凰の私室を覗くと、鳳凰は寝台に押さえつけられていた。鳳凰は一つの袋まで行こうと、必死に抵抗している。従者のひとりが鳳明に言う。
「鳳明殿下。陛下は危険な状態です。このままでは死んでしまいます。昏睡状態にしておくかどうか、ご判断を!」
「…眠らせる。大麻は処分だ」
「はっ」
指示を出すと、鳳明は黄鴒たちの方を向く。
「太姫競決は続ける。だが、観点が変わる。...いや、観点ではなく、ただの国家貢献でしかないが…頑張ってくれ」
鳳明は窓を覗くと、黄鴒達を帰らせた。
黄鴒は自室にいた。毒が蔓延している中、外に出るわけにもいかない。書物を手に取ると、黄鴒は言った。
「皇太姫になってから死ぬ予定だったのに、これじゃ番狂せだ」
翌日、黄鴒達後宮妃のもとに、新たな観点が届いた。紫蒼が封を開け、二人で見る。
「新しい観点は…外交!?」
この際、容姿も学もどうでもよくなったのだろう。実質、‘礼の日’が行われるわけだ。
「外交って、どこの国とかしら?」
「さあ、分からないな。ん? おいちょっとまて」
黄鴒は文を取り、紫蒼を見る。そして、紫蒼に向かって文を読み上げた。
「…尚、国家の危機のため、空家の娘も、後宮妃ないしは太姫競決の候補者として協力するように…」
「は? 嘘でしょ」
とぼける紫蒼に、黄鴒は文を見せた。手紙を読む紫蒼の顔が険しくなっていく。紫蒼は言った。
「どうして? 凰の皇族が私の人生を狂わせたのに、どうして今更助けなんて求められるのよ…!」
いや、唱えると言った方がいいかもしれない。紫蒼は屑入れに入れた文を見ながら、延々と憤怒の念を連ねていた。そんな紫蒼に、黄鴒は簪を合わせる。
「なによ?」
紫蒼が黄鴒を睨む。が、黄鴒はにこやかだ。
「いやあ、紫蒼が後宮妃になるんだろ? 衣は豪華にしなきゃな!」
黄鴒は早速、紙に衣の図を書いていく。が、筆先は震えていた。
(紫蒼怖え…!)
紫蒼に怯えた為、黄鴒は無理に明るく振る舞うしかなかったのだ。
そうして、紫蒼の衣は尚服局にて一日あまりで作られた。
黄鴒は馬車に乗っていた。向かいには紫蒼も座っている。紫蒼は頬杖をついて退屈そうだ。窓からの光で紫蒼の簪が照らされている。
「綺麗な簪だな」
「あら、ありがとう。これ、バイオレットサファイアでできてるの」
紫蒼は簪に触れ、嬉しそうに言う。
「紫蒼の名前の由来か?」
黄鴒が聞くと、紫蒼はそうなの!と明るい声を出して言った。
「不老不死って神秘的でしょ? それに、私は術が使えるわ。身分も考えると、この石は私にぴったりなの!」
「確かになぁ」
黄鴒は、紫蒼との雑談を楽しみつつ、かつての戦地、凌華へと向かっていた。黄鴒は窓から民を眺める。
「そういえば、凌華の領主、敏腕らしいわね」
「だから街が栄えているのか」
(鴒秋の頃とは大違いだな)
街には彩りが加わり、民も元気そうにしている。鴒秋がいなくなっても、民が元気そうで安心した。
「最近は外に出ていないらしいけど」
「毒のせいだろうな」
「そうね…」
州をまたいでいるとは言え、鳥兜の毒が来ないとは言い切れない。どんな人間であれど、やはり自分の命は惜しいものだ。
(絶対に、解決せねば)
黄鴒がそう決心したところで、凌華の役所に着いた。黄鴒は再訪の喜びを噛み締める。室内に入り領主室に着くと扉が開く。扉を開けたのは、黒髪に琥珀色の目の官だった。
(奈竪先輩!?)
黄鴒の驚きを気にせず、奈竪は二人を室に招き入れた。
「はじめまして。私は凌華の次代領主、虎 奈竪です。ナミル国王夫妻が来られるまで少々お待ちください。あ、それ以外は下がっていいです」
人払いをし、室に三人だけになったのを確認すると、奈竪は扉に閂を入れた。すると、椅子に乱暴に座る。
「!?」
2人の反応に奈竪はめんどくさそうに答えた。
「あー。ごめんごめん、言ってなかったよね。俺、クォカイの第二皇子」
その言葉に、黄鴒は立ち上がる。
「ナジュム・ナミル!」
黄鴒の反応ものともせず、ナミルは、黄鴒達の首に刀を向けた。
「二人だからって、男に敵うと思わないでよね。さ、会談を始めよう」
奈竪の手元には、刀だけでなく、銃も用意されていた。
(歯向かえば殺す気だな)
ご高覧ありがとうございました!