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18 國を変へよう

 皇后との対面から一週間がたち、太姫競決は‘芸の日’がやってきた。黄鴒は来たる審査の時間まで、布に針を通していた。


「課題は刺繍。国の鳳凰に捧げる布を制限時間内に刺せとのことだ。時間は二日間。その間は本宮で過ごすことになる」

「そうなの。侍女は行っていいのかしら?」

「入室禁止だが、室の外ならいいらしい」

「分かったわ」


身分を明かした紫蒼(ズーツァン)と共に、黄鴒は布を入れていく。行李は紺色と色とりどりの糸で溢れ返った。


「そういえば、珊瑚はどこに行ったんだ?」


 力はとても官官のものとは思えない。だからと言って、皇宮や下町にひとり放っておくわけにもいかないだろう。


「金家に行ったわ。貴女のお母様にこき使われてないといいけどね」

「あの人ならやりそうだ」

「そばにいられない代わりに、下町で()()()流行ってるもの・ことを教えてくれるって」


()()という意味は、下町はいいことだけではないからだ。盗みも毒も、殺しだってある。そして下町で起こる事象は、必ず貴族社会にも影響が及ぶ。貴族とて、民が苦しむ中豪華に着飾って表に出れば、反感を買うに違いない。


「最近は押し花が流行ってるらしいわ」

「そうなのか。あ、そろそろ本宮に行かなければ」




(にしても、やけに紫が目立つ)


本宮までの道を歩いていると、この時期にはみられない花があった。

他の国から移植したのだろうか。名前は忘れたが、綺麗な花だ。


「珍しい花ね」

「ああ。近くで見てみたい」


黄鴒が花に寄ると、目に痛みが走る。紫蒼も同じのようで、二人はすぐ後ろに下がり、不思議な花を目の前に、黄鴒は紫蒼と目を合わせた。


「ええ、そうしましょう」


本宮に着くと、黄鴒の隣には例のごとく春扇が座る。春扇の行李の中には、金銀の糸があった。


(綺麗な糸だ)


黄が糸に見惚れていると、春扇と目が合う。


(っ..)


春扇は黄鴒を睨みつけた。だが、今までのような余裕はない。いつもなら奇麗な笑みを貼り付けそうなものだが。


(体調でも悪いのだろうか?)


黄鴒はのんきに敵の心配をしていた。


カーン カーン


鐘が鳴り、皇帝・紅鳳凰が姿を見せた。全員が頭を下げる。


「皆の者。隣国から仕入れた花は楽しんでくれただろうか。綺麗な花だろう? 私は一目で惚れてしまってね。ぜひ愛でてくれ」

(ん?)


鳳凰の様子がおかしい。そこまでの変化はないのだが、息が切れていて、声が小さい。いつものようにどもってもいない。少しでも体力を消費するのを防いでいるようだ。


「さて、今日は太姫競決の‘芸の日’だな。鳳凰に捧げる刺繍を刺してもらう」


花が気に入ったのか、上機嫌だ。


「刺すにあたって、鳳凰というのは、私と瑞神殿のどちらに捧げるとしてもよい」

(鳳凰神に捧げた場合、皇帝への忠誠心がないと思われ、皇帝に捧げた場合、愚帝に忠誠を誓うのかと捉えられる、と)


皇帝自身にそのような意図はないのだろうが、この国の臣下たちはそう思ってもおかしくない。


(採点するのは誰か分からないが、臣下という線も考えておいた方がいいな)


誰に捧げても通用するようなものを刺さなければ、評価は低くなりそうだ。


「では、始めよ」


その言葉に、全員が針を持った。布に糸が二回、三回と通っていく。

黄鴒はどのような刺繍を刺すのだろうか。




 太陽が二回沈み、三回登った。正午、本宮内には、またも鐘の音が響いていた。四人の娘は壇上に並ぶ。


「呂家の者から」


気分上々の鳳凰を前に、呂 冬鷸が話し出した。


「私は、太陽に照らされる瑞神様を刺しました」

「ほう…これは」


冬鷸が掲げた刺繍には、太陽光が後光になり、五色が輝く鳳凰神があった。


「では、この刺繍は瑞神殿に捧げよう」


冬鷸が深く礼をし、銀 白雁が前に出た。


「其方はどのような刺繍を刺した」

「はい。私は皇帝陛下の努力の上にこの国は成り立つと考え、鳳凰と融合する姿の皇帝陛下を刺しました」


白雁の刺繍は、鳳凰の体から朱の煙が立ちあがり、やがて煙から鳳凰神がと表れている刺繍があった。


「では、これは私へ、ということでいいんだね?」

「はい」


鳳凰は上機嫌で自身の従者に布を預けた。


「さて、蒼家の娘よ。それは全く斬新な…」


鳳凰の言葉に、会場にいる全員が春扇の刺繍を見る。そして見た者は、必ず目を見開くのだった。春扇の刺繍には、鳳凰神と一緒に詩が刺繍されていた。文字が入るなぞ、今までの刺繍で見られた話だっただろうか?


(いいや、いないな。蒼家の娘は面白い。皇帝として何か褒美をやりたいぐらいだ)


口角を上げる鳳凰に向かい、春扇は話し出した。


「刺繍だけではこの熱意は伝わらないと思い、詩にしたためましたの」


瑞神の

霊威に従ひ

忠誠を

鳳に誓ひし

此の身なりけり


「鳳に誓ひし」で、鳳凰神への誓いが既に行われたことを示している。それほどまでに忠誠が強いのか。

沈黙が続いた後、鳳凰が話し出した。


「蒼家の娘、春扇よ。其方の刺繍は実に面白い。よくやった」

「ありがとう存じます」


春扇が壇上から降りる。黄鴒の横に戻ってくる時、春扇の顔は歪んでいた。


「貴女に勝てるのかしら?」


その言葉は、黄鴒以外誰にも聞こえていなかったようだ。黄鴒は無視して壇上に上がる。そして、怪訝そうな臣下たちの顔を見た。


「金 黄鴒よ。まさか、()()を捧げるとは言わんだろうな?」

「まさか。私の刺繍は裏にございます」


黄鴒には刺繍が見えている。黄鴒は布をくるりと正面に向けて見せた。


「なっ…!」


会場の全員が顔を歪める。黄鴒の布には、皇帝・紅 鳳凰も、鳳凰神もいない。朝日を背景に、金糸で文字が刻まれていた。


瑞神は

国の象徴と

いましませど

我は凰となり

忠誠誓ひけり

そして最期には

國を変へよう


「…この詩の意味は?」


鳳凰が聞く。黄鴒は、まっすぐな目で答えた。


「瑞神殿は国の象徴にございます。なので、私は国を統べる鳳に忠誠を誓います」

(父親を殺したやつになんて、本当は絶対嫌だけどな)


笑顔の裏で、父の仇はこいつなのだと、実感する。


「そしてその際には、私がこの国の凰となり、最期には国を変えて見せましょう」


黄鴒の静かな演説のあとに、鳳凰が薄ら笑いで問いかける。


「この国を残して旅に出るつもりか」

「少なくとも、天へは行きません。国は守ります。ただ、いつ死ぬかは私にも分かりませんので。死期までには国を変えられますよう努めようかと」


鳳凰が黙る。当然だ。女でこれほどの決意を示した者は、今までを探しても、何人いるだろうか? 片手の数ほどもいないだろう。ここで落としては、国にとって大きな損失となりうる。

だが、鳳凰は別のことを考えていた。


(こやつに帝の座を渡してしまえば、私は楽ができるのではないか?)


鳳凰の口角は上がっていく。最終的には、にこやかに黄鴒の方を見ていた。


「金 黄鴒」

「なんでしょうか」

「其方の刺繍には実に…いや、本当に驚かされた。今後も期待している」


黄鴒の表情に余裕ができる。自身でも受けとられないと思っていたのだろう。黄鴒が壇上から降りた後、鳳凰は高らかに言った。


「散会!」




 二日ぶりに室に戻り、黄鴒は寝台に寝転がる。紫蒼は黄鴒を覗き込んだ。


「なんだよ?」

「あんた、クマできてるわよ」

「えっ」


鏡台を見ると、確かにできている。睡眠時間を削ったからだろう。化粧で隠せていただろうか? まあいい。


「今日は何もない日だろう? 寝かせてくれ。クマも多分消える」

「分かったわ。おやすみなさい」


黄鴒は睡眠に沈んだ。

四刻ほど経っただろうか。黄鴒は体を起き上がらせた。相変わらず紫蒼が部屋を掃除している。床に足をついた黄鴒に、屋根裏から珊瑚の声が降った。


「おい、大変だ。毒が流行ってる。下町じゃ何人も死んだ。空気感染ってことしかわからん。宮廷にもそのうち及ぶぞ」


黄鴒は上を見上げる。どこから来ていると言いたげだが、ひとまずは謎の毒に対処するようだ。


「…了解。紫蒼、外に出るぞ。口布をつけろ」

「俺はこれで」


帰ろうとする珊瑚を、黄鴒が止めた。


「お前もつけていけ。目立たない黒いやつ」

「…分かった」


珊瑚は受け取ると、じゃ、と言って屋根の板を閉じた。


「さ、向かうぞ。…!」


黄鴒が扉を開けると、渡り廊下の先に女官が一人倒れていた。柵を越えすぐに駆け寄ったが、冬でもないのに冷たい。


「遅かったか」


辺りを見回すと、宦官が一人、こちらに来ている。何用かと聞いてみれば、妃達は危険な為室内にいるようにとのことだ。


「承知した」


そう返したものの、黄鴒にはとっくに検討がついている。紫蒼もそのようだ。紫蒼は、黄鴒に近づき、呪文を唱え始める。


「終わったわ。行きましょう」

「ああ」


黄鴒は室の扉を開けた。

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