14 皇太姫 金 黄鴒
黄鴒は動かない。じっと鳳凰神を見ていると、鳳凰神は鳳明と黄鴒を交互に見た。
「何かありましたでしょうか?」
鳳明が問うと、鳳凰神は黄鴒に顔を近づける。
「なぜ、汝が妃の真似事などをしている」
「 っ?」
声が出ない。気づけば全身が震えていた。初めて瑞神の声を耳にしたからだ。
(官吏のことを言うなら、お前は女なのに官吏をしているだろう。で済む。どうして疑問の対象が官吏ではなく私なんだ?)
黄鴒が思考を巡らせていると、今度は紫蒼が鳳凰神に問うた。
「主に何かございましたか」
鳳凰神は目を細める。きっと紫蒼のことも知ったのだ。だが、鳳凰神は黄鴒の方が気になるらしい。紫蒼の問いに答えるようだ。
「金 黄鴒は皇太姫にあるべき人間だ。なぜ下級妃になどなっている」
宮内の空気が一瞬止まった。話し声は止み、視線は黄鴒一人に集まる。
(あ、)
黄鴒の脳裏に学舎での出来事が蘇った。右手が震えだす。震えると言うより、ほぼ痙攣に近い。紫蒼はすぐに黄鴒の右手を握った。
「大丈夫よ。私がいるから」
薄ぼんやりした空気が黄鴒の頭を包み、黄鴒には紫蒼達の声が聞こえなくなっていた。
「あれ」
気がつくと、本宮内の別室に呼ばれていた。謁見の間のすぐ隣にある部屋だ。どうやら話があるらしい。鳳凰神が真正面に座っていた。
「我は物語のように人間の姿に変化などはできない。鳳凰の姿で失礼する」
「あ、はい…」
机をみると、家系図らしきものが置いてある。誰のものかと見てみると、自身の名前があった。
「これは金家の…」
「そうだ。だが、説明に入る前に言っておくことがある」
「皇太姫になるかは汝次第だ。我は無理強いはしたくない」
「わかりました…」
鳳凰神は黄鴒と鳳明、鳳凰について説明する。
「凰の人間は皆生まれながらにして‘気‘を持っている。性質は一般的な五行の内、木火土金水で、互いに‘火の気‘を持った皇族が交わると‘空の気’を持った人間が生まれる」
「あ、だから凰六族に空家があるんですね」
鳳明が言う。空家の令嬢は知っていても、家門の由来は知らなかったらしい。
「ああ。そして、太子・帝は共に‘金の気’だ。皇族内で‘火の気’を持っているのはこの娘しかいない。太子と帝は‘火の気’を持ってはいるが、それは我の力だ」
「国をまとめる人間の器ではないと」
鳳明の言葉に鳳凰神は頷く。
「あの」
黄鴒は手を挙げた。
「なんだ?」
「皇族は‘火の気’を持つ者を皇帝とする決まりがありますよね? 聞いたところ、陛下から‘金の気’が継がれているように思います。ですが、先帝はもちろん‘火の気’持ちでした。‘火の気’を持った本当の帝は私の父だったということですか?」
「先ほどまで心ここに在らずの様子だったのに、よく回る頭だな」
「お褒めいただきありがたき幸せ」
黄鴒が頭を下げると、鳳凰神はまた話し出した。
「帝がまだ皇太子・鳳炎だった頃、弟に金 鴒明がいたのは知っているな」
「はい」
「皇太后は‘金の気’持ちだ。おそらく入れ替えたんだろう。金剋火で権力が弱まらないように」
「あの歌も隠された手紙だったのかもしれませんね。…そっかぁ、そうですかぁ…」
黄鴒が下を向くと、鳳明は顔をあげた。
「私は、皇太子の座を降りた方がいいのでしょうか? 金 黄鴒の方が向いているんでしょう」
鳳凰神は黄鴒の方を向く。黄鴒も顔をあげると、どうする? と目で言っていた。黄鴒はすぐには返事ができなかったものの、はっきりと言う。
「私は、帝の器ではありません」
鳳凰神はそうか、というと、目の前に一枚の紙を持ってきた。
「こ、婚姻届…」
鳳明が見つめていると、黄鴒は鳳凰神を見る。
「平民から‘火の気’を入れるよりは、お前達が結ばれた方が早いだろう、と?」
「ああ」
黄鴒は婚姻届を見る。このまま頷けば、鳳明との婚姻が決まる。だが、黄鴒は響江のことを見捨てていない。
「あ、の」
「ん、どうした」
鳳凰神が聞くと、黄鴒は言った。
「やっぱり、皇太姫、一度挑戦してみようかと思うんですが」
「そうか。なら、即位式をしよう」
あっさりとそういう鳳凰神に、黄鴒はついていけないのだった。
「春扇様、本日は誰との茶会なのですか?」
甘美な声。優美な所作。
「まさか、あの年増と?」
そこに光る、少しばかりの侮蔑。誰一人として欠いていない私への媚び。
(どいつもこいつも品がないわね。人の悪口をわざわざ口に出すなんて)
蒼色の髪を一束に結った妃は言った。
「年増などと言ってはいけませんわよ。私どもは銀級妃であれど、快く受け入れると心に決めているでしょう」
どんな立場とは言わず、銀級妃であれどと言ったのは、私も心の内では侮蔑しているから。
「春扇様ったら、お優しい」
(馬鹿だなあ)
両隣に座っている女達は、全て私の僕に過ぎないというのに。
蒼色の髪の妃、蒼 春扇は、穏やかに笑みを浮かべたまま、茶器を口元に運ぶ。隠れた口角は笑っていない。
「下位の者と話すなんて、嫌ではないのですか?」
「ええ、全く」
(嫌に決まってんじゃない。あなた達とも話したくないわ。まして最下級妃なんて)
蒼 春扇は、下位の物との関わりなど持ちたくないという人間だった。朱雀妃
に値する彼女だが、時折こうして茶会を開き、下位の妃を招いている。
皮肉を言い仲間内で笑うために。
(平民あがりが大半で理解されてないのよね。ま、それがさらに面白いんだけど)
「今日のは後宮には疎そうですね。どんな顔が見れるんでしょう」
春扇はまたしても言う。
「こらこら、私どもが教えてあげるのですよ?」
(代弁どーも)
春扇が内心頬杖をつき始めた時、室の戸が開いた。
「あら、到着したようですね」
春扇の瞳に映っているのは、噂の金 黄鴒だ。だが怯えず堂々としている。春扇の口元が一瞬引き攣った。
少し前、いつもよりも豪華な衣を着せられ、きちんと化粧を施され、黄鴒は木妃宮の前に立っていた。これから蒼 春扇との茶会が始まる。だが、黄鴒の表情は曇っていた。
「どうしたの?」
「いや、なんで出席したんだろうって」
「ええ…」
だが、出席と決めた以上引き返すことはできない。黄鴒は茶会を嫌がっているようだが…。まあ、大丈夫だろう。
「あら、初めまして」
室の中には、微笑みを纏った妃がいる。あれが蒼 春扇だろう。意外にも、思っていた反応と違った。
(相手が下位の人間ならもう少し侮りが含まれてると思ったのに、なんというか、隙がない…? もしかして)
紫蒼がちらりと黄鴒の横顔をみると、ニコニコとしている黄鴒がいた。
(切り替え早過ぎでしょ)
紫蒼は黄鴒が席に座ったのを見て、いつ始まるのかと待つ。すると、黄鴒が話しだした。
「本日は茶会に誘っていただき、ありがとうございます。銀級の金 黄鴒です」
「いえいえとんでもない。私は朱雀の蒼 春扇です。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
なんとも平和に茶会は続いていく。すると、沈黙が会場内を包んだ。黄鴒は、逃がすものかと次の話題を振る。
「…先日は、土が痩せてしまって大変でしたな」
「…ええ。皆様がご無事で何よりですわ」
その返答に、紫蒼の眉がピクっと動いた。
(今、手元が一瞬だけ反応した…もしかして… ?)
春扇が貼り付けた笑みの裏には何があるのだろうか。
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