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13 荒ぶる気

「春を司る方角は東。今日は春季祀だ。天東州(てんとうしゅう)へ行く!」

「…のは朱雀妃だけなのよね」

「ああ。私達は宮廷内の安全を任されているからな」


 黄鴒は朝食を済ませ、膳を下げる。出勤時間がいつもより遅く伝えられているのは、主である鳳明がいないからだろう。少しばかりの気ままな時間を過ごしていると、紫蒼が黄鴒を見て問いかけた。


「ねえ、宦官・蒼が美男(イケメン)だの中性的で美しいだの騒いでる奴らがいるんだけど、あんた何したの?」

「何もしてないが!?」


そんなわけ、と紫蒼は窓の外を指差す。


「あそこで頬を赤く染めてるの、蒼に対してキャーキャー言ってる奴らよ」

「…もう少し不細工にすることってできるか?」

「任せなさい」


 宦官・蒼の噂は、その後一日で収まったのだった。




 昼過ぎ、蒼龍は誰もいない室の隅で、手を合わせ目を閉じ、何かを念じていた。


「聞こえるか、()()

ーー聞こえるわよ。どう? 皇宮の様子はーー


どうやら、念話をしているらしい。技術は十中八九紫蒼のものだろう。


「こっちは特に何もない。後宮はどうだ?」

ーー今の所こっちも大丈夫よーー

「わかった。じゃあ、また後で」

ーーええーー


 話を終え、蒼龍は足音が響く廊下に出る。執務室に戻ってくると、蒼龍よりいくらか年上の官達が話していた。


「どうしたんですか?」


声を掛けると、全員が振り返る。琥珀色、青色、水色の瞳に、漆黒、鉛、蒼色の髪。凰国には、実に多くの人種がいる。そして差別もなく、それぞれの人種には長所がある。


(だからこそ凰国は安定した社会を築いている。まあ、表面上は、の話だが)


三人の内の、黒髪の官が話しだした。


「都は曇ったけど、東の方は晴れてよかったなって」

「天気悪いと、鳳凰神様ご不満になるだろ?」


鉛の官も話に入ってきた。蒼龍がじっと聞いていると、黒髪の官が握手を求めてきた。


「俺は奈竪(ナイシュ)。お前とはあんまり関わってなかったよな。これからよろしく!」


蒼龍も奈竪に合わせ、握手をした。


「僕は蒼龍です。よろしくお願いします」




 卯花は空を飛んでいた。数刻おきに、都の様子を見るよう鳳明から言われていたのだ。だが、飛行の速度が遅い。訓練された鳩といえど、何回も往復して疲れたようだ。


(モウ皆ンナ寝テタシ、チョットグライ休ンデモイイヨネ…)


地に足をつけると、湿った土が足を沈み込ませた。地盤が緩いらしい。足元を確認sながら、卯花は歩いていく。


「疲レタナァ…都ニ行ッテモ何モナイダロウシ、行ク意味アルノカナァ…ン?」


卯花は足を止めた。先ほどから何かが聞こえる。地鳴りだろうか? 紅南州の方からだ。


ゴゴゴゴゴ…


さらに音は大きくなる。卯花は飛行を始めた。


(ナンダロ、コノ音?)


民家を見ても誰も起きていない。動物にしか聞こえないものなのかと、卯花は考える。


(トニカク見テミナキャ)


卯花は都に向かって飛んでいく。すると、


ドォーーーン


(!!)


凄まじい音と共に、卯花は何かに包まれた。


(鳳凰神様…? イヤ違ウ。ソレニシテハ弱イ…)


全身を痙攣させながら、卯花は都へ向かった。




「ちょっと、起きてよ。ねえ!」


 紫蒼は黄鴒の体を揺さぶっていた。いつもなら侍女が起床する時間だが、どうにも様子がおかしい。


「…んん…なんだよ…もう…」

「いいから起きて!」


黄鴒の手首を掴んで、紫蒼は室の扉を開く。そこには、城壁があった。


「別に何もないじゃないか」


黄鴒は辺りを見る。だが紫蒼が見せたいのはこれではないようだ。


「冬北門のところまで行くわよ」

「ええ…?」


 紫蒼が寝巻きのままの黄鴒を連れて冬北門まで行くと、いつも通りの景色が広がっていた。すると、紫蒼は花壇を黄鴒に見せる。その土は、異様に痩せていた。


「これは…?」

「乾いてるのよ。おかしいじゃない? 起きた時にはこの状態だったの」

「…とりあえず、いつもの通りに動くが…私は先輩たちに言ってどうにかできないか聞いてみる」

「わかったわ。お願いね」


 土の気が衰えると、木の気が土の気を侮り、六行の均衡が崩れる。それを黄鴒も紫蒼もわかっているのだ。




 翌日、陽が昇る前に、蒼龍は外廷門の前に立っていた。二日間の遠征から帰ってくる鳳明達を待っていると、遠目に豪華な乗り物が見える。あれが鳳明達だろう。


「おい、何者だ」


御者が言うと、鳳明が馬車から顔を出す。蒼龍とは、しっかり目があった。


「あやつは妾の側近だ。見逃してくれ」

「…承知いたしました。官吏殿、不敬をお許しください」

「気にせずとも良いです。さて、鳳明殿下、宮廷内の土が異様に痩せています。土または木の気が荒れているものかと」


鳳明は目を見開く。他の者も同様の反応だ。唯一、同伴していた妃だけは表情を変えない。


(冷静な妃だな)

「どういたしますか?」

「対神会を行う。伝達せよ」

「御意」




 一刻ほどして、黄鴒は妃の衣を纏い、後宮中央、火妃宮後方の会場にいた。


「ねえ、ここってなんだったかしら」

「皆の集合場所なんじゃないか?」

「ああ、そういう」


周りには、煌びやかな妃達がいる。だが、黄鴒に向ける視線は冷たい。齢十九の妃がいるのは、やはり納得できないのだろう。


(気にしないでおこう)


しばらくして、幕の中から鳳明が出てきた。妃達からは黄色い声が上がる。例の通り、黄鴒は鳳明には無反応であった。


「よくぞ集まってくれた。早速で申し訳ないが、本宮に移動してほしい」

「御意」


 黄鴒達が本宮に入ると、紅色に統一された空間が広がっていた。入内の時に入った謁見の間であった。二階席には、紅 鳳凰が座っている。だが、様子がおかしい。


「なんか顔青白くない? 陛下」

「な。大丈夫なんだろうか」


二人は拱手のまま、顔も見ずに疑問を投げ合った。鳳明は言う。


「土地を痩せさせることは、学がある女…妃や侍女でないとできない。この中から、鳳凰神の御手伝いを受け、犯人を探す」


 皇帝が立つ。数歩前に出たところで、衣から深紅の炎が上がった。


「!?」


火元はわからない。が、帝に火がついている光景は、妃達の目に入った。よくみてみると、鳳凰の髪が段々と黒くなっていく。完全に黒くなると、鳳凰は倒れ、鳳明がすぐさま椅子に座らせた。


(…)


妃は一人残らず唖然としていた。書物でしかみたことがない、優美だが、威厳を感じさせる瑞獣の「鳳凰神」が、帝の…人間の体から現れたのだから。鳳凰神は言った。


「礼もなしか」

(!!)


その場にいた全員が、一斉に礼をする。鳳凰神の声に、言に、動きの一つに至るまで、なんという重圧が伝わってくるのだろう。誰一人として、小声でも話そうとする者はいなかった。


「太子よ」

「は」

「妃を一人ずつ連れてこい」

(皇太子すらも従えられるのか…一国の瑞神は…)


妃四十人余りの中から、列の順に鳳凰神の前に連れ出され、名を口にさせていく。黄鴒は後方だった為問題なかったが、訳もわからず突き出された娘達の目には、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。


(そりゃあそうだよな。怖いよな。重苦しい雰囲気のでっかいよくわかんない鳥の前に立たされてんだもん)

「名は」

「銀級の…」


二階では鳳凰神が妃達を見つめては次、見つめては次と、尋問のようなことを繰り返している。


(…ん?)


よく見てみると、青に近い色の衣を纏っている者…木の気をもつ者達だけ、少し尋問の時間が長い。紫蒼も同じことに気がついたようで、じっと観察している。


(…?)


紫蒼が手を出して、手のひらに文字を書いてきた。「木剋土」と読める。黄鴒は少しだけ反応した。


(土の気を奪えるのは木の気だけだもんな)

「次」

「は」


段々と順番が近づいてくる。とはいえまだ十五近くあるのだが。黄鴒が深呼吸をすると、紫蒼が脇腹をつついてきた。


「なんだ?」


黄鴒は小声で答える。


「緊張しないでって言おうとしたのよ。あんた別にやましいことなんて何もしてないでしょ?」

「この件に関しては、だな」

「そう」


小声での会話だったが、それでも充分に黄鴒は余裕を取り戻すことができた。


「こちらは朱雀妃の…」

「…です」

「次」


残りは十二程。突然、安心しきった黄鴒の横で、紫蒼が挙動不審になった。


「どうした?」

「いや…今思い出したんだけど、鳳凰神って隠し事とかも見透かすって話が…」

「…え?」


黄鴒の足は前に行くために動いている。だが、それは紫蒼の言葉によって単なる作業でしか無くなった。

 ここで、黄鴒がやってきたことを振り返ってみよう。まず、性を偽り科挙を受験。そして後宮妃にはなったが、まだ官吏として働いていた。


「…まずくないか?」

「まずいわよ…」


鳳凰神は皇帝・紅 鳳凰に憑依していたとはいえ、蒼龍と金 黄鴒の件を知っているとは思えない。


(力だって借りてるだけだし…)


皇帝が政をしている間、鳳凰神はというと、実は天を自由気ままに飛んでいるのだという。皇帝と皇太子にしかその光景は見えないらしいが。


(いつもどっか行ってる瑞神様が国の政なんて知ってるわけないだろうしな…弁解しても無駄だよな…)

「次」

「は」


冷酷にも時間は過ぎていく。焦っても意味はない。


(やってやる!)

「大丈夫かしら…」


前の妃が去った。鳳凰神はこちらを見ている。


「次」

「は」


黄鴒は鳳凰神の前に立った。

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