11 情報、流出。
こんにちは、志垣琉翔です。
一週間置いて始まった黄鴒編、どうぞお楽しみください!
ーー兄はいつしか弟に 生まれた子供は偉くなり
子供を見守る弟の いずれは絶つ道命綱
兄の子供とその従姉妹 ほんとの立場は分からないーー
「あんたなんでそんな呑気なのよ」
紫蒼がつっこみ、歌っていた黄鴒に現実を見せた。黄鴒は少し不服そうにいう。
「いいだろ別に。休暇なんだから」
「なんの仕事でどんな手柄立てたか知らないけど、もう少しなのよ? 荷造りぐらいしなさいよ」
紫蒼はため息をついてからそう言った。紫蒼は聞き流したようだが、金 黄鴒は貴族の娘であると同時に、一転して外廷に勤務する官吏でもあった。楊 鴒秋との騒動を終えたため、今は休暇中だ。
「なに持ってきゃいいか分かんないんだよ」
どこに持っていくか、という問いの答えは、無論後宮である。黄鴒が遠方で刀を振り回している間に、黄鴒母は邸で入内の話をまとめていた。官吏なのに妃にならなければいけない。そう、どこぞの娘には非常に厄介な状況なのだ。
「化粧品と下着と髪飾り…衣は用意してもらえるのよね?」
「ああ」
黄鴒は昨日のことを思い出す。朝起きてすぐに母親のところへ向かい、抗議したことを。
「びっくりよ。従者に止められるぐらい荒ぶってたもの」
「いや…あはは…」
「最後に‘もう決まってるからどうにもできないよ! 大人しく入内しな!’で一蹴されてたの面白かったわよ」
失笑噴飯ね。と言いながら荷造りを手伝う紫蒼に、笑うなと口に出し、黄鴒も荷を作っていく。
「でもいいじゃない。後宮妃よ? 昇進すれば皇后になれるかもしれないんだし」
「そうかなー。結構まずい状況なんだけどなぁ」
「そうなの?」
「そんなんだよ。ん、これでいいだろ、荷造り」
出来た荷を見てみると、行李の中にまだ空間がある。紫蒼はそれを見て、「…化粧品は?」と聞いた。
「ない」
「はあ!?」
嘘だろと言いたげな顔をしている紫蒼に向かって、黄鴒は続ける。
「ないったらない。し、使ったことない」
「…」
紫蒼が崩れ落ちた。何かを喋っているが、黄鴒には届かない。
「嘘…素顔でそれなの? …私…私の地雷メイクは何、何なの…」
黄鴒が不思議そうに眺めていると紫蒼は勢いよく立ち上がり、黄鴒に向かって指を差した。
「いいわ! 素でそれなら私の技術で盛ってやる!」
「も…?」
またしても伝わらなかったようだ。
その夜、黄鴒の顔は紫蒼の化粧により七変化した。
早朝、黄鴒と紫蒼は馬車に乗っていた。徒歩でもそれほど時間はかからないが、妃を迎えるということはそれほど大きな出来事なのだろう。
(早く着かないかな)
黄鴒は頬杖をついて外を見る。すると、いつもの外廷が見えてきた。
「おっ!」
嬉しそうに顔を出す黄鴒を紫蒼が止めた。
「やめなさいよ。世の中では大人しくて従順なのが好かれるのよ?」
「まあまあ。鴬ら…官吏の人たちも気になるじゃないか」
そう言いながら外を見続けていると、一気に視界が色鮮やかになる。後宮に入ったらしい。
「おや、随分な人だかりだな」
後宮の妃達は、黄鴒を見て何かを話しているが、下女たちは新しく入内した妃に胸を躍らせていた。
「よく人一人でわあわあ言えるわよね」
「少しわかる」
だが、紫蒼の言うとおりではない者もいる。こちらをじっと見ている者、上を見上げている者、最前線に出てきている妃に関しては不機嫌だとしか思えない。
「うわ、あれ絶対厄介な人たちでしょ」
「まあまあ、仮にも先輩にそんなこと言うな」
二人は笑顔を崩すことなく会話する。馬車はさらに奥まで進み中央まできた。
「ここから先が朱雀妃と皇族の居住区か」
「そうみたいね。…緊張するわ」
‘朱雀妃’。外廷の区分と同じ位で、後宮ーー内廷も分けられている。鳳凰后は皇后、朱雀は上級妃、金級は中級妃、銀級は下級妃、銅級は女官。この日より金 黄鴒に与えられた位は銀級である。
「…でも、ちょっとだけ納得いかないわ。名家の令嬢が下級妃だなんて」
「実力主義なんだろ。鳳明殿下のことだからおかしくない」
二人が話していると、本宮、謁見の間に着いた。二人は馬車を降り、宦官の指示があるまで待つ。文句を言っていた紫蒼も、今は大人しそうだ。
カーーン
中央内に鐘の音が響いた。同時に、宦官二人が戸を開ける。
(さあ、ここからは昨日確認したとおりだ)
黄鴒は中に入っていく。新入りでありながらも堂々とした振る舞いに、紅 鳳凰と皇后は驚いているようだ。唯一鳳明だけ、遅れて反応した。黄鴒は礼をし、鳳凰の言葉を待つ。
(紅 鳳凰はどう出るか。…もう后を立てたのに、まだ娘を望むのか? 全くどんな政治だよ)
皇族と対話する際、自分から口を開いてはいけない。
(これは暗黙の了解であろう)
黄鴒は拱手礼をしなが鳳凰が話し出すのを待つ。だが、初めに話したのは鳳明だった。
「よくぞ後宮まで来てくれた、金 黄鴒。今現在の後宮の主として礼を言う。顔を上げてくれ」
「はい」
顔を上げると、やはりそこには鳳明がいる。だが、黄鴒とは初対面のはずなのに安心しきったような表情だ。
「侍女は紫蒼と言うんだな?」
「紫蒼、です」
紫蒼は即座に否定する。
「おお、そうだったか、すまない。何かあれば妾を頼れ。早くここに馴染むことを願っている」
「それにしても、殿下が今の後宮の主だとは驚いた。陛下だとばかり思っていたからなぁ」
「そうなの? 巷じゃとっくに知られてる話よ?」
「そうだったのか…」
(鴬氏の件でいっぱいだった…)
黄鴒が杯子に口をつける所で、室の戸が誰かに叩かれた。
「どちら様でしょう?」
紫蒼が聞くと、三文字だけ、「俺だ」と返ってくる。その声に、二人は姿勢を正した。
「そういえば初夜だった…」
「忘れてたわね…」
小声で話していると、鳳明が入ってくる。人払いをしたため紫蒼も室を出ようとした。が、
「二人とも残ってくれ」
皇太子の言に、紫蒼は従う。だがm二人は困惑の表情を浮かべている。鳳明はそれをみて、笑顔で一つ言を放った。声にはドスがかかっている。
「金 黄鴒。其方、宮廷朱雀官の蒼龍だな?」
(!?)
黄鴒は即座に正座した。その間三秒にも満たない。紫蒼は黄鴒の凄まじい勢いに、首をすくめている。
「え…?」
「その態度からして、嘘はついていないようだな」
「はい…」
鳳明の視線が下に向くと、黄鴒は土下座をしている。当然だ。男しかなれない官吏という職に、女が、それも名家の娘が就いているのだから。
(皇族に隠し事をしていたとなれば、私の頭は落ちるだろうな)
「…? !」
紫蒼が鳳明の顔を見た。目が座り、眉間にシワが寄っている。
「…っ」
空気が張り詰めている。言わずもがな、それは紫蒼を黙らせた。鳳明は踵を上げ、膝の間を広げてしゃがみ込む。
「どうして男装までして官吏になった。知られたら殺されるとは思わなかったのか?」
沈黙が続く。だが、黄鴒は弱い声で口を開いた。
「どうしても、官吏にならなければ、いけない理由がありまして」
衣までも震えている。うまく話せないのはそのせいだろう。しかし、怯えていても何かがあるわけではない。もう一度口を開くと、鳳明が先に話し始めた。
「その理由とやらは、大層なものなのだろうな」
頭を下げたまま、黄鴒は目を見開いた。
「…はい、もちろんです」
(‘金家の娘’の‘どうしても’という理由だぞ? 知らないのか、殿下は?)
その答えに、鳳明は冷たい声で続ける。
「話してみろ」
黄鴒は話し始める。本当に分からないのか、という顔で。
「金 鴒明は私の父です。皇帝陛下に処刑されました。国を変えるために官吏になろうとして、何が悪いのでしょう?」
睨みはしないが、敵意がある。黄鴒の声もまた、同じように冷たくなっていた。
(まずいじゃない。一国の皇太子相手にこいつは何してるの? どれだけの志なの? どうしてそんなに態度が変わるのよ。何があったの!?)
紫蒼は顔が引き攣っている。ちらりと鳳明の方み視線をやると、鳳明の口元は綻んでいた。
(なんで!? 敵意だらけなのよ!?)
紫蒼は心の中でつっこんだ。突然、鳳明はすっと立ち上がる。
「顔をあげよ」
黄鴒が恐る恐る顔を見せると、鳳明は黄鴒を抱きしめた。動きが一瞬止まったが、鳳明はそのまま話していく。
「そうか…。お前も国を変えたいのか。…俺たちは仲間だな」
「…そうですか。ありがとうございます」
黄鴒は当たり障りのない返事をする。金 鴒明の話を知らされていなかったのかもしれないが、皇太子なら知っているべきことを知らず、苛立っているのだ。
(!?)
鳳明が黄鴒を抱き抱えた。黄鴒と紫蒼の間に衝撃が走る。寝台に降ろされた黄鴒の上に、鳳明が覆い被さった。
「今夜は初夜だったな」
「!」
鳳明は黄鴒の腰に手を回す。帯を取る気だろう。
「どんな声を聞かせてくれるのかな?」
鳳明が耳元で囁いた瞬間、黄鴒の目から光が消えた。黄鴒の頭の中に、今は会えない響江の姿が浮かぶ。
(どうしよう、本当に嫌だ)
黄鴒が視線を右にやると、紫蒼が音を立てて転んだ。
(!)
「…どうした、紫蒼。大丈夫か?」
「は、はい、ご心配ありがとうございます」
そのまま鳳明は服を着た。黄鴒は少しばかり安堵の表情を浮かべる。だが、鳳明は二人に聞こえる声量で言った。
「では、また次回、続きをしようか」
紫蒼は笑っているが、目に光がない。黄鴒はというと、見られていない事をいいことに、感情通りの顔をしていた。…あれは言い表せない。
「ああ、そうそう」
鳳明が何かを思い出したように、また話し出した。
「俺が触れた奴の中で、俺に触れなかったのは二人だけだ。覚えておくといい」
鳳明が室唐でて行った。黄鴒は、まあそうだろうなという目で戸を見つめている。紫蒼は、黄鴒の横に座った。
「…分かるわ。仲間としてしか見ていなかった男から好意を向けられるのって嫌というか、気持ち悪いわよね」
「分かってくれるか。…もう一つ理由はあるんだけどな」
紫蒼が素早く反応し、好奇心に満ちた様子で黄鴒に問う。
「好きな人でもいるの?」
「好きってわけではないが、ずっと頭から離れない人がいる」
紫蒼が目を大きく開ける。驚いているようだ。
(それを好きっていうんじゃないの? 全くもう…)
「…今は罪人だがな」
「あら、別にいいじゃない。身分なんて関係ないわよ」
黄鴒の動きが止まり、段々と口角が上がっていく。
「そうか」
紫蒼の返答に、黄鴒は自分の想いに自信を持ったようだ。あの日から、黄鴒の心の中には、相も変わらず響江がいる。
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