1 蒼龍と黄鴒
志垣翔琉と申します。自分はこの物語が初めての投稿になります。
小説を書くにあたって未熟な点もあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
宮廷に勤めることになった蒼龍。でも誰にも言えない秘密があって…
宮廷官吏と行き遅れ後宮妃、楽しんでいただければ幸いです!
「やったぜえええええ!」
新年が明けて五刻、隣から聞こえた叫びに、同じく受験生の蒼龍は耳を押さえた。
(まあ、受かったんだろうな。それが叫ぶほど嬉しいのはわかる。が、耳が壊れそうだ…)
何に受かったかというと、科挙の最終試験、殿試である。科挙とは、宮廷官吏の登用試験であり、余程の知能がなければ一生かけても合格できないという難関試験だ。殿試は例年通りに行われれば全員合格するのだが、昨年それを利用して悪政を行おうとした者がいた為、試験内容に面接を加え、しばらくは合格者を絞るのだそうだ。
蒼龍はそんなことを考えながら、自信なさげに番号を探していく。すると、一つが目に留まった。
十三番 状元・翰林院修撰
「……!?」
自分の番号をみつけた蒼龍だが、それ以上に、下に書かれている敬称に目を丸くした。状元とは、殿試の主席合格者の敬称だ。それは別にいい。その下の文字に唖然としていると、一人が話しかけてきた。
「すごいなあ、お前。状元のうえに翰林院修撰だなんて!」
声をかけてきた青年は、大陸の南方に位置し、色々な民族を受け入れている凰国でも珍しい鉛色の髪と青い目をしている。おまけに、あまり見ない大柄だ。この国で背が高い方だとされる蒼龍でさえ、少しばかり見上げないと顔が見えない。
(別の大陸から来た民族との混血か?)
この大陸の東側には、異民族が建てた国がある。蒼龍が考えている間に、青年は蒼龍の背中を軽く叩いている。
「俺自信あったんだけどなー、負けちゃったよ」
「君は傍眼・翰林院編修だろ…」
そう言うと、青年はへへっと笑った。
「まあな。あ、俺は琉 鴬蘭。よろしくな!」
「俺は蒼龍。よろしく」
「にしても、どうして敬称が二つもついてるんだろうな」
友ができたことにはにかみながら、蒼龍は自分の立場について考えた。正に、鴬蘭の言うとおりなのだ。通常、状元、傍眼、探花の上位三者は敬称が変わることや追加されることはない。
(どうして敬称が追加された?…試験監督に聞いてみるか)
「ちょっと質問があるから聞いてくる」
「おう、また明日な!」
鴬蘭と別れ、蒼龍は早速足を運んだ。
蒼龍が赴いたのは、試験会場である秋西殿だった。金色の屋根に赤い壁、濃い木材の柱を用いた建築は、緊張を感じさせる。
そこには、まだ仕事中の官がいた。
「すみません、状元・翰林院修撰、蒼龍です。試験監督を呼んでいただけますか?」
「…?ああ、噂の子かい?そこ座って待ってな」
言われた通り暫く待つと、試験監督が出てきた。
「状元・翰林院修撰、蒼龍です。質問があり参りました」
「私は試験監督…翰林院官の泰鴬だ。ご丁寧にどうもありがとう。どうしたのかな?」
「私の敬称のことです。なぜ、翰林院修撰の敬称がついているのでしょう?通常、合否発表で記載されるものは状元、傍眼、探花だけではないのでしょうか」
蒼龍が聞くと、泰鴬は間の抜けた顔になり、他の官吏たちは小さく、「説明してないんですかぁ…」と、呆れ笑っていた。
「説明してなかったかい?」
「されてません」
泰鴬の問いに蒼龍が答えると、先程の官が吹き出す。その官吏は、絶えきれない様子でこちらに近づき、笑いながら泰鴬に伝えた。
「翰林院殿ぉ、誰にも説明していませんよぉ」
「ああ、そうだったね。すまないすまない」
謝ると、泰鴬は話を続けた。聞いていくと、翰林院修撰と翰林院編修は敬称ではなく、帝の書記の名だと言う。
「本当は翰林院だけの予定だったんだが、陛下が『明かしていない役職名をいきなり提示してもわからないんじゃないか?』とおっしゃったから、敬称と官職名がついているんだよ」
「そう言うことですか。わかりました」
(…ん?)
蒼龍の眉間にシワがよった。
「あの、陛下の書記ということは、銅級の仕事と並行するんですか?それとも位はないんですか?」
(書記になったらどうなるんだ?)
「いや?飛び級して金級になるよ」
「えっ?」
蒼龍の中に衝撃が走った。凰王朝の官吏の位は、下から銅級、銀級、金級、朱雀…そして、皇帝の側近かつ禁色を所持することを許可された鳳凰官だ。
「そうだねえ。金級は陛下の側近のような位で、その一つに書記が入っている。私たちは戸部にあたるんだ」
「…わかりました。ありがとうございます」
(飲み込めない…)
蒼龍は謎に包まれた顔をしていた。蒼龍が秋西殿を出て左に曲がり、外廷の正門を出ると、すぐそこには貴族の屋敷や皇帝の別邸がある紅南州がある。紅南州は凰国を分割する五州の中で一番栄えている州であり、蒼龍の暮らす邸もここにあった。
(それにしてもいきなり金級官になるなんて、現実味がない。新入官吏は銅級官だとばかり思ってたからなぁ。全くすごい大役を任されたもんだ)
そんなことを考えながら蒼龍は都の中心部近くにある金鴒邸の門をくぐる。自室に向かおうとする所で、右側から声がかかった。
「 黄鴒!帰ったのかい。全くお前ってやつは研究に熱中しすぎだ、このバカ!いつまでも鴒秋に世話になってんじゃないよ!」
「ははは…ごめんごめん。でも、男装してバレないようにしてるからさ…それに、研究員になったんだよ!」
キラキラと瞳を輝かせる黄鴒に、母は呆れていた。
「ま、襲われてないだけいいのか…」
母は去った。蒼龍は官吏として新たな一歩に心を躍らせ、黄鴒は研究員という職業につけることに喜んでいた。“金 黄鴒”。またの名を、“蒼龍”。黄鴒は性を偽って官吏になっていた。
「ん?なんだあの鳩。足に布でも引っかかってるのか?」
その日の申の刻、黄鴒は宮廷に行くための荷造りをしていた。回廊を歩いていると、上空に白い鳩が見える。都部の中心辺りから大きく移動せず滑空しているのは、誰かを探しているからだろうか。
(もう夕方なのに…群れからはぐれたのか?隼に食われないといいが)
黄鴒が鳩を見続けていると、鳩が動き出した。こちらに向かって一直線に、だ。黄鴒は身構える。
(なんだ?鳩に狙われている?いやまさかそんな訳)
黄鴒が戸惑っているうちに、鳩は回廊の手すりに降りた。よく見ると、布かと思われていたものは紙で、鳩は綺麗な卯の花色だった。そこから推察するに、この鳩は伝書鳩だろう。鳩は大人しく人懐こい。黄鴒は手紙を読む。
(読み終わったら鳩に手紙をくくって放せ。鳩はくくられるまで傍を離れない…か。差出人は誰だ?)
内容を飛ばして文末を見ると、皇帝と書かれている。黄鴒は蒼龍として皇帝から手紙を受け取ったようだ。
「皇…帝…?これって…陛下!?」
黄鴒は即座に机に向かった。
阳台から伝書鳩が飛んでいった。足にくくった手紙は、きちんと受取人に届くだろうか。見ていると、金鴒邸の方に飛んでいく。
(受取人の蒼龍は平民出身のはずなのだが。身分を偽ったか?)
[偽っていようがいいじゃないか。この国に尽くしてくれるかどうかが採用理由だ]
父もそう言っていた。だが、伝統を重んじて国の現状を見ようとしない臣下達はいまだに新しい政策を受け入れてくれない。優しい父のことだ。臣下達の意見を多く取り入れているだろう。
「このままでは、この国は腐る。現に、優秀であっても身分を隠している者がいる。政策のせいで……」
拳に力が入ってしまう。眼下には曇り空と、守るべき国民達が何万、何十万と見える。だからこそ、父の書記という官職に就いた「蒼龍」という人物を知らなければならない。
「面接に受かったのだから大丈夫だろうが、問題を起こすようであれば即刻処罰してやる。」
冷たい風が体をかすめる。そろそろ屋内に入ろうか、まだ見ていようか。金鴒邸に目をやると、遠くから鳩が飛んでくる。先ほど送ったばかりなのに。
「もう返事を書いたのか。蒼龍とやらは随分礼儀正しいな。」
【これからよろしくお願い申し上げます。皇帝陛下】
行動だけでなく言葉も丁寧だ。皇帝と名乗ったことを父には申し訳なく思うが、偽名でも敬われるのは少し嬉しい。文面には媚びる様子もなく、ただただ敬意が伝わってくる。
「意識せずとも口角が上がってしまうな、これは。」
くだらない案を出す臣下達に薄っぺらい笑みをみせるよりも、顔を知らずとも尊敬してくれる者に心からの笑みを向けたい。
「鳳明殿下ー、立案書にお目通しを!」
「分かった、今行く」
侍従からの声かけに、凰国皇帝・紅 鳳凰が太子、紅 鳳明は一人の人間としての気持ちを抑え、皇太子として政務に向かった。
数ある作品の中から本作をご高覧いただきありがとうございます。
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