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8話 ~作戦~

 


 窓から降り注ぐ光を吸収し、これ以上無いほど美しい金髪を持つ彼女は、怒るサーバルキャットのように眉間に皺を寄せている。


「何見てんのよ!」


「ごめんごめん」


 悪口作戦。つまり散々悪口で挑発して僕を怒らせ、帰らせるつもりだろう。


「何笑ってんのよ!」


「ごめんごめん」


 背は高くても中学生は中学生だな。向こうの出方は理解した。そうと分かれば策略に乗るものか。


 それならこっちは謝罪作戦だ。


 悪いことをしたとは思っていないけど謝った。謝ってさえしまえばそれ以上何も言えないはずだ。


「ごめんね」


「ぐ………」


 彼女には最初から家庭教師を部屋に入れるつもりは無い。そこでどうしたか?


 普通なら部屋に閉じこもって相手が帰ることを待つと思うのだけど、彼女は攻撃的に排除することを選んだわけだ。やはり強気な性格だ。


「日向さんと約束しちゃった以上は、そう簡単には帰れないんだよね」


「こんだけ言ったのに、なんでそんなに余裕の顔してんのよ………」


 苦々しい顔で舌打ちをした。彼女の想定ではとっくに勝利しているはずだったのだろう。けれどまだ諦めているようには見えなかった。


「名前もう一回言ってみて」


「芦屋鯰」


「変な名前!」


「そう?」


「間違いなくそうでしょ!」


「たしかに芦屋って苗字は珍しいかもね」


 彼女は一瞬ぽかんとした顔になった。


「そっちじゃない!下の名前に決まってんでしょ!」


「ああなんだ、そっちか。それなら最初からそう言ってくれればいいのに」


「そんなの言わなくたって分かるでしょ!」


 こいつは馬鹿じゃないのか、みたいな表情が面白い。ちょっとしたボケのつもりだったんだけど、彼女は真面目に受け取ったようだ。


 名前に関して僕は今までの人生で100万回くらい弄られてきたので、この程度じゃノーダメージ。


「両親が同じ日に、鯰が気持ちよさそうに寝ている夢を見たからこの名前を付けたんだって」


「同じ日に鯰の夢?」


「そうそう、面白いでしょ?」


「面白くない」


 彼女は認めたら負け、みたいに膨れっ面をしている。別に関係ないんだから素直に認めたらいいのにと思う。


「絶対面白いと思うけどな」


「面白くない!」


「思春期丸出しだなぁ………」


「は?!」


 力強い目が一気に吊り上がった。


「なんか思春期の時って無駄に意固地になっちゃうんだよね、わかるわかる」


「知ったかぶりするな!」


「知ったかぶりじゃなくて知ってるんだよね。僕の方がふたつ年上だから」


 僕はスパゲッティのように前髪を指でくるくる回した。


「うるさいうるさいうるさい!」


 どれだけ叫んでも、まだ中学生だから迫力不足は否めない。何ならもっと鋭い攻撃をして来いよと思う。名前イジリなんかベタすぎる。


 ボクサーは見えない攻撃が一番効果を発揮すると聞いたことがある。それと同じようなものだろうか。悪口攻撃が来ると分かっているんだからダメージは無い。


「言いたいことを言い終わったのなら、部屋の中に入れてもらっていい?」


「誰が入れるか!」


 もうそろそろ諦めてくれてもいいのになあ………。


「なに溜息ついてんのよ!」


「溜息なんかついてた?」


「だからそう言ってんだろ!」


「ごめんごめん」


 かなり口が悪くなってきたな。僕は謝罪作戦で迎え撃ち彼女は舌打ちをした。それにしてもこの感じ、どこかで見たような気がする………。


 ああそうか思い出した。


 前にユーチューブで見たやつだ。新しくお家にやって来た子猫が、大きなゴールデンレトリバーを威嚇している動画だ。本人は頑張ってるつもりなんだけど、全然怖くないんだよな。


「なに笑ってんのよ!」


「笑ってないよ」


「笑ってんだろ!」


 子猫が吼えて僕の顔に唾が飛んだ。





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