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49話

 

「知りません」


 刑事の鋭い目をいなすように鯰が微笑んだ。


「目の前で松田が勝手に倒れました。僕はあいつに指一本触れていません」


「そうか………あいつはあの時相当頭に血がのぼってたからな、それが原因でぶっ倒れたのかもな」


 その少し掠れた声は暑い日も寒い日もただひたすらに犯人を求め駆けずり回っていた人間の声。


「なるほど、そういうこともありますよね」


 この刑事の言葉は本心ではないと鯰は理解していた。テクニックだ。こちらの反応を伺うために、あえて思ってもいない事を言っている。


 観察されている。


「だとしたら僕はかなりラッキーだという事になりますね。金属バットで頭をぶん殴られなくて済みましたから」


「もし仮にそうなったとしても君は躱す自信があったんだろう?自分から犯人との一対一を名乗り出たくらいだからな」


「ただの無鉄砲ですよ。それに警察官の皆さんを信じていましたから。何かあればすぐに助けに入ってくれるっていう」


 目と目でやり合うように両者とも視線を外さない。


「そうか………ところで少年、君は刑事になるつもりは無いか?」


「え?」


「あらかじめ計画していた事とはいえ、武器を持った男に対してあの度胸、そして身のこなしは只者じゃない」


「ありがとうございます」


「普通は刑事に話しかけられると、何もしていなくても挙動不審になったりするんだがな。君には不自然なほど動揺が無い、まるで石膏像に話しかけているみたいだ」


「そ、そうですかね………」


「それを見て俺の勘が言っているんだ、君は刑事に向いているとね」


「勘ですか?」


「そう馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺の勘は当たるんだ」


「馬鹿になんかしてませんよ、僕もかなり自分の勘を頼りにしていますから。けど僕には皆さんのような正義感や責任感は無いので、警察は向いていないと思います」


「そんなもの無くたって警察は出来るぞ。そういう奴を今までたくさん見てきたが、そいつらが仕事が出来ないとは限らないんだ」


「そういうものですか?」


「ああそうだ」


「それなら考えてみます」


「もし大森署に配属されたら俺がビシビシ鍛えてやる」


「ありがとうございます」


 ビックリしたような表情で美佳が聞く。


「ねえ鯰、あなた警察官になるの?」


「いや、さすがに僕には無理じゃない?」


「さっきそう言ってたじゃない!」


「あれはまあ何というか………」


 笑いながら返す。


「いいじゃない、警察官になりなさいよ!」


「え!?」


 どうやら美佳は本気のようだ。


「鯰がなるなら私もなる。だって部屋の窓から見てた警察の人たちの動き、統率されていて力強くてすごく格好良かったもの!」


「それは分かるけど………」


 警報を鳴らしたらすぐに警察官が突入してくる。その約束だったが、ほとんどタイムラグ無しで彼らはやって来てくれた。こっちがちょっと驚いたくらいだった。


「それなら決まり!私たち警察官になるわよ!」


「ちょっと待ってよ」


「どうせなるならキャリアよね。お母さんがこれだけ警察官の方を集めることが出来たのはキャリアだからだし」


 こぶしを突き上げる美佳。


「それならお母さんと同じ東大の法学部がお勧めよ。キャリアの中にも学閥っていう派閥があって、東大だと出世に有利だから」


「決めた!私明日から学校に通う!剣道も頑張る!それで東大の法学部に入ってキャリアになる」


「頑張ってね………」


「頑張ってね、じゃなくて鯰も警察キャリアになるのよ!」


「ふぁ?」


「こんな格好いい所を見たんだから男の子だったら警察官に憧れて当然じゃない。どうせ将来やりたいこととかないんでしょ?」


「いやいや、やりたいことならあるよ」


「なによ?」


「えーと………パチプロ、とか」


「それじゃあ警察官で決まりね!」


「なんでさ!」


「ちょっと美佳、無理強いするのはさすがに可哀そうよ」


「日向さん、ありがとうございます」


 鯰はほっと息を吐いた。


「何で止めるのよお母さん」


「無理矢理やらせてもきっと続かないわ。こういうのは本人がやるって決めないと駄目なの」


「ちぇっ………」


「ところで鯰君………」


「なんでしょうか?」


「これ、さっき道路の端の所に転がってるのを見つけたのだけど、これが何だか分かる?」


 指でつまんでいるのは小さな銀色の玉。緋色の紅が引かれた日向の口元は笑っている。


「なにこれ?」


 美佳が首をひねる。


「知りません」


「最後、鯰君に襲い掛かろうとした犯人に向かって、これを指で弾いて額にぶつけたわよね?」


「え?!まさか松田が倒れたのってそれのせい?」


 美佳が驚く。


「………み、見えていたんですか?」


 日向は微笑む。


「わたし、目はいい方なの」


「こんなに小さなものを………?」


 愕然して立ち尽くす鯰。


「何を持ってるんですか?」


「加賀刑事、あなたならこれが何かすぐに分かるんじゃない?」


 近づいて来た加賀刑事が指の間を覗き込む。


 その銀色の玉には国家公安委員会の規則によって規格が定められている。具体的にいえば直径11ミリ、5.4グラム以上5.7グラム以下であり、材質は鋼製である。


「あーこりゃあパチンコ玉ですねぇ」




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