40話 ~質問~
閑静な住宅街を歩く人の姿はまばらだが、どこか緩んだ表情をしているように見えるのは日曜日だからだろうか。
空は分厚い曇に覆われているが、かといって雨が降りそうということではない。暑くもなく寒くもない気候だ。
弾むように歩く少年がひとり。
半透明のサングラスをかけた顔はなかなかに整っていている。背筋を伸ばし緋色のパーカーを着て歩く姿はなぜか人の目を引き付けるようで、通り過ぎる人がたまに振り返る。
手に下げたビニール袋の中には豆大福が入っている。これは日本三大豆大福と言われる人気店のもので手土産にはもってこいだ。
少年が足を止めたのは、行く先の道の真ん中に立つ人がいたから。
身長は175㎝程度で肩幅は広い。何をするでもなくただ立ち、前を見ている男は作業着に使うようなペラペラの黒のナイロンの上下を着ている。
それだけなら塗装工かなにかに見えなくも無いが、目出し帽を被り野球用具メーカーのロゴが入った細長いバッグを肩に掛けている。怪しい人間の見本のような人物だった。
「芦田鯰だな?」
「なに?」
少年はサングラスを指先押し下げながら問いかけた。
「質問に質問で返すな」
「だから何?」
「おい!」
一喝した声は鋭く、普段から声を出し慣れていることを示している。
「ずいぶん偉そうだなぁ」
欠伸まじりの声で言った。目出し帽の男の声になど少しも動じていないようだ。
「さっさと答えろ、お前は芦田鯰だな?」
「そんな態度のやつに素直に答えると思う?」
人を馬鹿にしたようなチャラい口調に、男が苛立つ。
「質問に質問で返すなと言ってるんだ!」
「あのさ、僕は極真空手やってるんだ。痛い目に遭わないうちにとっとと消えた方が良いんじゃない?」
「答えろ!」
「芦田鯰?そんな名前のやつは知らないね」
溜息をついた後で言った。
「あん?違う………?」
「僕の名前は芦屋鯰だ、あしや、あしやなまず。つい最近も聞き間違えられたんだよね、あれは何の時だったかな………」
「さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえんだよ!」
「なんだよ、人様の名前を言い間違った分際でその態度は。お父さんお母さんから礼儀とか教わらなかったの?幼稚園からやり直した方が良いよ」
「この野郎!誰に向かって言ってやがる」
「誰向かって?そんな目出し帽なんか被ってるやつが誰かなんか、そんなの分かるわけないだろ?馬鹿か?」
舌打ちをひとつして男が動いた。
抱えていた長細い鞄のチャックを開け、取り出したのは真新しい黒の金属バットだった。
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