4話 ~手~
ムーディーな音楽が流れるお洒落な喫茶店で、少しうつむきながら語り始める。
娘である中学三年生の美佳さんが、学校で何か嫌な事があったらしく、ここ三日ほど不登校で部屋に閉じこもったままらしい。
日向さんが理由を聞いても教えてくれず、そのせいで最近は言い争いばかりしているのだという。
「それで話し相手ですか?」
「娘の心を軽くしてあげたい。だけど私にはどうしてもそれが出来ない」
悲しそうで悔しそうな表情。
「本当は勉強を教えてもらいながら、そのついでに話し相手をしてをしてもらえれば一石二鳥だと思ったのだけど、それが無理なら話し相手だけでもいいの。本当に大事なのはそっちだから」
「よく分からないですけど、そういうのはプロの心理カウンセラーとかにお願いするのが良いんじゃないですか?」
「それは無理よ」
「どうしてですか?」
少しの沈黙の中にジャズのBGMが流れていく。
「鯰君がもしいま中学生で不登校だったとして、そんなときに親御さんから心理カウンセラーの所に行け、と言われたら素直に行く?」
言われてハッとした。
「行かないと思います。というかその前にまず腹を立てると思います」
「それはどうして?」
「なんというか、お前の心は病気だと言われているような気持になりそうです」
アメリカでは心理カウンセラーに相談をすることが一般的らしいけど、今の日本にはまだその考えは浸透していない。
「私も同じように想像した。娘の性格を含めて考えればなおさらね」
「そうですか………」
娘さんの性格に関しては日向さんが一番良く分かっているわけだから、そうなのだろう。
「だったら逆に無関係な赤の他人の方が良いんじゃないかと思ったの。専門的知識は無いけれど、その分気軽さはある。いまの美佳は不登校になってまだ三日。プロのカウンセラーに見せるほど深刻な状況とは思わないから」
「なるほど………」
日向さんの賢さが分かる。
こういう場合に親は、自分の力で問題を解決しようとするものだと思う。けれど日向さんは客観的に判断して、他人に任せた方が上手くいくと結論を出した。
「鯰君も忙しいのは分かってるから週に一時間だけで良いの。お給料は二万円でどうかしら?」
「一時間で二万円ですか?!」
「悪くないでしょ?」
悪くないどころかかなり破格の条件だ。けれど思う。怪しい。世の中にこんな美味い話あるはずがーーーつつもたせ?!
急いで辺りを見回した。
「どうしたの?」
日向さんが驚いているけど、それどころじゃない。
詐欺だ。
美人局とは、美人を餌にモテない男を捕まえて仕掛ける詐欺だったはず。美人、喫茶店、おいしい話、条件はすべて揃っている。この後屈強な男たちがやってきてーーー。
「帰ります」
「え!?」
「帰ります」
心が一気に醒めた。今までのは全部作り話だ。やっぱり東京って言うのは碌でも無い。何の罪もない若者を詐欺に掛けようだなんて鬼の棲み処だ。
僕は日向さんと視線を合わせること無く席をーーー。
「行かないで、お願い………」
僕の手は柔らかさに包まれた。
それは日向さんの手。
男とは明らかに違う柔らかさ。美しい顔が間近にある。鼻腔をくすぐるのは甘くてスパイシーな香り。日向さんの香りだ。
「鯰君しか頼れる人がいないの」
またしても催眠術がきた。目に見えない「むわんっ」とする何かによって全身が覆われ、僕は自由を失った。
今までで一番強い力だった。
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