36話
「犯人を捕まえる………?」
母親の言葉が信じられないというようにオウム返しした美佳。
「だってこんなことされて悔しくない?」
「それはそうだけど、でも………」
何か言おうとして言葉が出ずに口をパクパクさせている。
「このぬいぐるみを捨てても、ただ犯人が盗聴が出来なくなるというだけ。それじゃあ駄目じゃない、悪いことをした人にはちゃんと罰を受けてもらわないと」
はっきりと力強く語る日向さんの表情は警察官そのもの。僕の背筋まで伸びてしまうくらいの迫力がある。
「………」
「犯人を野放しにするわけにはいかない。ここは勇気を出して立ち上がるべきよ」
「うん………」
「そうでしょ?」
「そうね、犯人を捕まえるべきだわ!」
拳を握り締めた美佳の力が宿っていて、最初に出会った時を思い出した。
「けど僕たちはまだ犯人が誰なのかわかってないよ?」
「なに鯰、まさかビビってるんじゃないでしょうね?」
笑いながら怒ってるみたいな表情で僕を見る。
「ビビるためには犯人の情報が必要だよ」
「何格好つけてんのよ」
「え、僕格好つけてた?」
「なによ!自分だけ余裕の顔しちゃってさ」
「なんか怒ってる?」
「別に!」
おかしい。本来怒るべき相手は犯人のはずだ。けどまあ震えている美佳よりはこっちの方が全然良い。
「もっとちゃんと考えた方が良いと思う。僕の推理は未完成だし」
「犯人は松田に決まってるでしょ!盗聴の入ったぬいぐるみなんか持ってきて。あの野郎、絶対に許さないんだから」
「美佳の担任の松田先生ね。確かに怪しいけど、他の人の可能性もあるんじゃないかな?」
僕は問いかける。
「なんでよ!」
「例えば「このぬいぐるみはクラスの皆からのプレゼントなので美佳に渡してあげてください」って頼まれて、本当にただ持って来ただけ、っていう可能性もあるんじゃない?」
「そ、それは確かに」
「ぬいぐるみの中に盗聴器が入っていたとして、誰が仕掛けたものなのか、っていう答えにはならないわね」
僕達のやり取りを黙って見ていた日向さんが言った。
「指紋は?」
「指紋を照合するにはまず、松田先生の指紋が必要なのよ?」
「うーん………」
「それと盗聴器の指紋もね。その両方が無ければ指紋の照合は出来ないわ」
「そっか………」
もし僕が犯人だったら手袋をして仕掛けるだろうな。盗聴が犯罪だという事は分かっていることだし。
「こういう時には現行犯逮捕が一番いいのよね………」
日向さんがぼそっと言った。
「現行犯逮捕?」
「犯罪をしている所を目撃すれば、一般人でもその場で逮捕できるのよ。これを私人逮捕というのだけど、あとは警察の取り調べで盗聴のことも聞きだせばいい」
「なるほど………つまり罠を仕掛けるわけですね?」
「罠?!」
美佳が目を丸くした。
「現行犯逮捕するために、目の前で犯罪をするように仕向けるんだよ。これは立派な罠でしょ?」
「罠だ罠だ!」
美佳の瞳が輝いている。罠という言葉は僕達みたいなシャーロックホームズが好きな人間にとっては刺さる言葉だ。
作品の中でホームズはよく犯人に対して罠を仕掛けた。緋色の研究、ボヘミアの醜聞、ノーウッドの建築業者など。シャーロキアンなら誰しもがホームズのように頭脳戦で犯人と渡り合いたいと思ったはずだ。
「罠、いいじゃない」
日向さんも頷いた。
「どうせだったら作戦名とかも付けちゃおうか?なんか良いのはある?」
それを聞いた途端に美佳の表情はぱっと輝いた。
「そんなの決まってるじゃない!「緋色の研究作戦」よ」
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