32話
僕は思いついた考えを言った。
「歯医者に行った時、受付の人に名前を呼ばれました」
自分で名前を言わなくても他の人が名前を呼ぶ時がある。
「そうね、診察の時には名前を呼ばれるものね。ということは、そこに犯人がいたということ?」
「いや………」
そんなことがあるだろうか?
待ち受け室にいた人が偶然僕の名前を聞いて、あんな手紙を出す?あるいは歯医者?それなら診察証で名前を知ることが出来る。
「なんだか腑に落ちてないみたいね」
「そうですね。僕が歯医者に行ったのは数か月前の事なので、可能性が薄いような気がします」
「それなら他の時かもしれないわね」
「えーと………」
名前を呼ばれる場所………銀行?市役所?いや、どっちにも最近行った記憶はない。
最近行ったで言うとパチンコ屋?いやいやあそこは世界一名前が必要ない場所だ。待てよ、最近どこかで自分から名前を名乗ったような気が………。
そうか!
「喫茶店です!」
「喫茶店?」
美佳が聞く。
「日向さんのハンカチを拾って、その後二人で喫茶店に行った。そこで、お互いに自己紹介をしたんだ」
ということは………。
「私は犯人ではないわ」
僕の考えを読んだかのように日向さんが言う。
「そうするとあの時喫茶店にいた人物?」
「だけどあそこはお客さん同士の席も離れているし、BGMも鳴っていた。よほど大きな声を出さない限りは、隣の声を聞き取ることは難しい」
考えてみる。
「そうですね、僕も他のお客さんの会話が聞こえてたという記憶はないです」
「ということは喫茶店のお客さんも、考えから外していいかもしれないわね」
「なんかドキドキしてきた………」
美佳が胸を押さえる。
「喫茶店でないとなると次に僕が名前を言ったのは、この家の2階です」
「え!?」
「美佳の部屋の扉が開いた後、僕は言いました。「今日から君の家庭教師になる芦屋鯰です、よろしくね」と」
自分の名前を名乗る時、それは初対面の人と出会った時。僕にとってそれは美佳と日向さんだ。
「きっとその時だ………」
僕は分かってしまった。
「なんでそんなこと分かるのよ」
「勘だよ」
「勘?」
「僕の勘は当たるんだ」
美佳が呆れたような顔をした。だけど僕は僕の勘を信じている。日向さんのお陰でようやく気付くことが出来た。
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