30話 ~間違い~
「静粛に、静粛に………」
日向さんが裁判長らしく言った。
「だって!」
「確かに自分に注目を集めるために嘘をつく人がいるというのは私も聞いたことがあるけれど、美佳がそういう性格で無いことは私が一番良く分かっています」
落ち着いて慈愛に満ちたその声は母親の声だった。
「おかあさん………」
美佳は目をうるうるさせている。
「鯰君も本当は分かっているんでしょう?」
日向さんの優しくも強い目が僕に圧をかける。
「ま、まあそうですね………」
「ふぇ!?」
美佳が跳び上がって驚く。
「この手紙のリアルな気持ち悪さは自作自演では難しいかな、という気はしていました」
「だったらなんで私を犯人にしたのよ!」
「ごめん、ついつい役にのめり込んじゃって」
「はあ!?」
「それだけじゃないんじゃない?」
日向さんが少し笑いながら聞いて来る。
言葉も表情も穏やかだけどどこか圧を感じる。さすがは警察官だ。普段からこんな感じで取り調べとかしてるんだろうか。
「ええと………美佳がずっと僕のことを犯人だと決めつけてたのも嫌だったので、つい「ここが仕返しのチャンスだ」なんて思っちゃって………」
「馬っ鹿じゃないの!」
美佳がほっぺたを膨らませた。
ちょっと感動、まさか怒った時本当にほっぺたを膨らませる人っているんだ。漫画の世界だけかと思っていた。
「けどこれで僕が犯人でないことは分かってもらえた?」
「………」
目をそらされた。
「あの、さっきも言ったけど、僕が自分の名前をわざと書き間違える必要が無いでしょ?」
「それはそうかもしんないけど!」
何故か怒鳴られた。
「美佳は自分の推理が外れたことを認めたくないのよね?」
「そうなの?」
「知らない!」
「いやいや、それは認めてもらわないと………」
僕が見れたのは犯人扱いしたことを誠心誠意謝罪する美佳の姿では無くて、膨れっ面の横顔だけだった。
「それにしても犯人はどこで名前を聞き間違えたのかしらね?」
日向さんが言う。
「え?」
「そうじゃない?「芦田」と「芦屋」は耳で聞いた時には似ているものね」
それは考えてもみなかった視点だった。
「言われてみれば似てる!」
美佳が驚いたように言って椅子から立ち上がった。僕も日向さんの言葉には驚いたけど、気になることがある。それは………。
「犯人はどうして僕の名前を知っているんでしょう?」
「え?」
「犯人が美佳に好意を持っていて、邪魔者である僕を遠ざけようとてこの手紙を用意した。これは間違い無いと思います」
「そうね」
日向さんが頷いた。
「犯人がなぜ僕の存在を知っているのかがまず疑問ですが、僕がこの家に入る所を見て知ったのだと仮定します。だとしても名前を知ることは出来ないはず」
死神と取引きでもしない限り、姿を見ただけで名前を知ることはできない。
「ランドセルに名前とか書いてたんじゃないの?」
美佳が口の端をひん曲げながら言った。
「確かに背は低いですが、僕は小学生ではありません」
「冗談よ」
「それは悪い冗談です、二度と言わないでください」
「なによ………」
不満そうにモゴモゴ言っている美佳を見ながら考える。犯人が僕の名前を知る方法があるとすれば………。
「日向さん」
「なに?」
「この家に家庭教師が来ることをご近所さんには喋っているんですよね?」
「喋っているわ。変に誤解されたら嫌だから」
もし急にこの家に若い男が出入りするようになったら、ご近所の噂になってしまうだろう。なので先に説明しておくのは正解だ。
「その時に僕の名前も言ったんですか?」
「それは言ってない。ただ家庭教師の男の子が家に来るって、それだけ」
予想が外れた。
もし近所の人が僕の名前を聞いていたのなら、その人は豆大福の情報も持っているわけだから、犯人の可能性がかなり高いと思ったのに。
それじゃあ犯人はどうやって僕の名前を………。
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