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29話 ~名前~

 


 天井から降り注ぐLEDの硬い光を切り裂く抜き身。その威圧感を感じながら僕は言った。


「この手紙の最後、芦田鯰と書いてありますが僕の名前は芦屋鯰。完全に間違っているんです」


 これがこの手紙の中で一番の違和感。


「もし僕が犯人だとしたら自分の名前を間違うはずがありません。つまりこれは何者かが罪を擦り付けるために用意した、卑劣な罠なのです」


 日向さんと美佳の表情を見る。


「鯰の名字って芦屋なんだ………」


「ん?」


「私ずっと下の名前で呼んでたでしょ?そういえばそんな感じだったっけと思って」


「………」


「なによ?」


 美佳は僕のことを呼び捨てしている。何かきっかけだったのか、いつからだったか思い出せない。いや、今はそんなことどうでもいい。


 その言葉でピンときた。


「犯人が分かりました」


 僕は椅子から立ち上がる。


「先ほど検察が言った通り、犯人は美佳が剣道をしていた事と、豆大福を食べたこと、この両方を知っている人物、そうですね?」


「そうよ、だからアンタが犯人なんでしょ?」


「僕なんかよりもさらに決定的な人物の存在に今気が付きました」


「そんな人いるわけないじゃない」


「いるんですよ。その両方の情報を持っていて、さらには僕の名前を知らない。それに該当する人物がね」


「誰なの!?」


 美佳がまっすぐに僕を見てくる。


「犯人はーーー鹿島 美佳、お前だ!」


「ふぇえええ!?」


 僕はビシッと指さした。


「まさか犯人がこんなに近くにいるとはね。まあ推理小説じゃありがちだけどね、探偵自身が犯人だったなんてことは」


「何を訳分かんないこと言ってんのよ!そんなことあるわけないじゃない!」


 椅子から立ち上がって美佳が叫ぶ。


「君はたったいま自分で白状したんだよ。僕の名字を知らなかったってね、犯人の自白こそが決定的な証拠だ。勝利を確信して墓穴を掘ったな!」


「ちょっと待ちなさいよ、一体何のために私がそんなことをするっていうのよ?!」


「それは………」


 それはまだ考えていなかった。犯行の動機。たしかにそれは重要だ、考えろ、考えろ、考えろ………。


「それは?」


「それは………みんなの注目を集めるため」


「はぁ?!」


「世の中にはいるんだよ、嘘をついてでもみんなから構われたい、話題の中心になりたい…そう考える人間がね。その歪んだ思いがこの哀れな少女を今回の犯行に走らせたんだ」


「誰が哀れな少女よ!」


「実に悲しい事件だった………」


 美佳がテーブルをドンッと叩いて叫ぶ。


「自分でこんな手紙なんか書くか!」


「だったら説明してみなよ」


「は?」


「僕が犯人だとしたら、どうして自分の名前を書き間違える必要があるのか。そんなことをして何の得があるのか、納得いくように説明してもらおうじゃないか!」


「そ、そ、それは………」


「ほらほら何をモタモタしてるんだ!散々僕を犯人扱いしてきたんだから、それくらい簡単だろ?ほらほら!」


「う、う、う………」


 美佳の額に脂汗が滲んでいく。





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