27話 ~開廷~
ひとつ咳をしてから日向さんが重々しい声で言った。
「それではこれから「キモ手紙送り付け罪」の裁判を開廷します。検察、弁護士の方よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
美佳は頭を下げた。
「あの、これはどういう状況ですか?」
ふたりとも僕の質問には何も答えず、沈黙が広がった。そして日向さんがダイニングテーブルを日本刀で二度叩いたら、なんだか裁判っぽい音が鳴った。
「開廷!」
「裁判長、早速ですがこの男が犯人である決定的な証拠を提示したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「許可します」
親子の小芝居は続いていく。
「ポイントとなるのは手紙のここに書いている「豆大福」の文字です。また一緒に食べたいと書いてありますね?」
「はい、確認いたしました、たしかにそのように記されています」
裁判長が手紙を指でなぞりながら言った。今初めて気が付いたけど、日向さんはいつの間にか眼鏡をかけていて、裁判長っぽくなっていた。
「この豆大福は以前そこにいる鯰氏が手土産として持って来たものを表しています」
「私もそう思います」
裁判長が頷く。
「私が最近豆大福を食べたことを知っているのは、あの時一緒にいたこの男と、裁判長だけです。これは、犯人しか知りえない情報。つまり……!」
美佳は僕に対して人差し指を刺すように突き立てた。
「お前が犯人だ!」
「ふむ………確かにこれは言い逃れが出来ないかもしれません」
裁判長が頷いている。まずい、このままでは無実の罪を着せられてしまう。
「裁判長、よろしいでしょうか?」
僕は手をあげた。
「弁護人どうぞ」
「ふん!私の完璧な推理に何の文句があるっていうの?」
腕組みしたまま顎を上に突き出す自信満々の美佳。しかしながら僕にはそれを打ち砕くだけの推理があった。
「この手紙に書かれた豆大福が、僕がお土産に持って来たものを表しているというのは同感です」
「ついに認めたわね!」
「しかし、これが本当に犯人しか知りえない情報なのかどうか疑問の余地があります」
「見苦しいわよ」
「まあまあ落ち着いて話を聞いてください」
「何その余裕の顔、腹立つわね」
僕のことをぐっと睨む。
「あの日僕は豆大福が8個入ったパックを2つ購入しました。片方は美佳に、そしてもう片方は日向さんに渡しました。つまりこの家には合わせて16個の豆大福があったということです」
僕は美佳と日向さんの顔をゆっくりと見渡す。
「これはふたりで食べるのにはあまりにも多すぎる量です。ですので誰か、例えばご近所さんなどにお裾分けした可能性があります」
「ふん!それは全くの見当違いよ、私は誰にもお裾分けなんかしていないわ」
美佳が自信満々に胸を張る。
「だってあれだけ沢山あったんだよ?」
「私一人で全部食べたわ!」
「それはさすがに食べ過ぎでは?」
「はあ?!」
「大福というのはひとつだけでも結構なカロリーがあります。それを一度にたくさん食べては太ってしまいます!」
「そんなもん私の勝手だ!」
美佳が今までで一番大きな声で吼えた。
「ええと、いいかしら………実は私、ご近所にお裾分けしたの」
日向さんが小さく手をあげて言う。
「あまりにも美味しい豆大福だったし、賞味期限の問題もあるから………」
「いいんですいいんです、それが普通なんです」
「くっ………」
美佳が悔しそうな顔をする。
「お裾分けする時にどういう話をしました?」
「家庭教師の先生がお土産でくれたと言いました」
「それは何件のお宅ですか?」
「2個ずつ3件のお宅にお裾分けしました」
「3軒のお宅、そこには貰った人の家族がいます。もしそれぞれが4人家族だったら12人が知っているということです。つまり!豆大福が犯人しか知らない情報という推理は、完全なる間違いだということです!」
僕はビシッと指を突き指した。
「異議あり!犯人は近所の人ではありません。なぜならば今までこんな手紙が来たことは一度も無かったんです。つまり犯人は最近知り合った人物だということです!」
美佳はビシッと指を突き指した。
「異議あり!今まで無かったからといって、近所さんが犯人でないとは言い切れない。そんなのは根拠にはなりえません」
「異議あり!弁護人は自分が犯人にされないために不必要に範囲を広げているだけです」
「異議あり!豆大福のことを知っている以上、ご近所さんは立派な容疑者です」
「ぬぬぬぬぬ………」
僕達は机を挟んで睨みあった。
「裁判長の意見はどうですか?」
僕は聞いた。少し不安ではあったけど、本物の警察官である日向さんならわかってくれるはずだと思った。
「確かに美佳の言い分は弱いかもしれないわね………」
「ほら見なさい」
「ぐっ………」
僕はビシッと指をつき差した。
「だけど鯰君、貴方が容疑者から外れたわけじゃないってことは分かるわよね?」
「もちろんです。なので今度は僕が思う犯人について語っても良いでしょうか?」
「許可します」
さあ反撃の始まりだ。
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