20話
マーリンと別れ、大通りへと戻って来た僕達。相変わらず空は狭くて人工物だけの景色だけど、少し前の僕達とは違う。
それぞれの指にはさっきまでは無かった「奇運の輪」という名前の不思議な指がはめられていること。
占い師から指輪を譲られるなんて、不思議な気分だ。もしかしたら全部夢だったんじゃないかと思うくらいだけど、指輪は確かにピッタリ指に嵌まっている。
この指輪は、持ち主に大小さまざまなトラブルを引き寄せるが、それを乗り越えた時に、持ち主を成長させるという逸話があると言っていた。
美佳は辺りをキョロキョロと見渡している。近くにクラスメイトがいないかどうかを探っているのだ。
彼女にとって今一番のトラブルは、不登校の彼女が男と一緒に銀座を散策しているのを見られることだ。
「あれ?」
美佳が声をあげた。やっぱりクラスメイトが?一瞬そう思ったけど、それなら声を出す前に僕をまた路地裏に引っ張っていくはずだ。
「どうしたの?」
「あそこにいる子達、大丈夫かな?」
指さす方を見てみれば、車道を挟んで反対側の歩道にいる二人の小さな子供たちがいた。
「なんか困ってるみたい」
「そうだね」
立ち止まってお互いに寄り添って、あっちを見たりこっちを見たりしている。距離があるし泣いているわけでもないんだけど、それでもなぜかわかる。
「親らしき人の姿は見えないわよね。お使いにしてはまだ幼すぎる感じがする」
「もしかして迷子かな?」
「ちょっと行ってみましょうよ」
「うん」
僕達はすこし早歩きで横断歩道へと向かって行った。
「おうちわがんない!」
声を掛けてすぐにマッシュルームカットの男の子が叫ぶようにして言った。
「わがんないよお!」
同じくマッシュルームカットの女の子が叫ぶようにして言った。多分こっち妹で、ふたりは兄妹だろう。
そして妹が泣きだして、そのすぐ後で兄が泣きだした。僕達が声を掛けたことで押さえていた気持ちが溢れてしまったらしい。
「それにしても東京って誰も助けてくれないんだね」
「そうね………」
美佳が辺りを見渡すと、道行く人たちは心配そうな顔で見つつも通り過ぎていくだけで、立ち止まって何か手伝おうと言ってくれる人はいない。
「もしかしたら泣き声を聞いてお母さんが気が付いて迎えに来てくれるといいけどね」
「そうね」
なおも泣き続ける子供たち。美佳は何をどうしたらいいのか分からずに不安そうな表情をしている。
「美佳まで泣いたりしないでよ?」
「泣くわけないじゃない!」
「っくひっく、ひっく………」
「僕、すごく良いものを持ってるんだよ」
だいぶ泣き止んで来たくらいのタイミングで、ポケットから取り出したチロルチョコをふたりの前に出す。
「チョコ食べる?」
「ちょこ?」
「たべたい!」
「いいの?」
「いいよ」
まだ濡れているほっぺたの兄妹が楽しそうに包み紙を開いている。
「あ、いちごがある!」
「るりは本当にイチゴが好きなんだな。いいよ、ぼくはこっちの黒いやつをたべるから」
「おにいちゃんありがとう」
さっきまで泣いていたのに、今ではもうすっかり笑顔になっている。なんだかすごく良いものを見た気がしてこっちまで笑顔になっていた。
「鯰っていつも食べ物持ってるわよね?」
「今日はたまたまだよ」
「その割には全然太ってないわよね。運動とか何かしてるの?」
「前までは部活で卓球をやってたけど、今は何もしてないね」
「私なんか剣道を止めたから最近、お腹に肉がついてきた気がする。鯰と一緒になって爆食いしてたら危ないわ」
「そんな風には見えないけど」
「見えなくてもそうなのよ」
眉間に皺を寄せながら自分のおなかをさする。
「ちょっとめくって見せて?」
「あんた馬鹿!?」
力強い目が吊り上がった。
「冗談冗談、それよりもこの子達どうしようか」
「そんなの交番に決まってるでしょ。困った時には交番、それしかないでしょ」
「さすがは警察官の娘だね」
「これくらい誰でも考えることでしょ」
時間が経ったからか、子供たちの泣き声が収まったからか、美佳はもう解決策を考え出すくらいに落ち着いていた。
「っていっても近くの交番ってどこだろ」
「それだったら私が分かる。ここから一番近いのは数寄屋橋のところね。かなり人通りが多いけど」
「それってどこ?」
言われても全くピンと来なかった。
「ほら、屋根の上に待ち針がついてるレンガのやつよ」
「そんなのあったっけ?」
「有名じゃない、向こうの方の広い交差点の所にある赤と黒のレンガで出来た小さな交番」
「あ!ロッテリアの前のやつか」
美佳が指さす方向の記憶を辿っていたら、突如として映像が浮かんできた。
「あそこにロッテリアなんかあったっけ?」
「あるよ」
「食べ物屋さんで覚えてるところが鯰らしいわよね」
鼻で笑われて、ちょっとイラっとした。
「それにしても良くすぐ答えられたね」
「だって私は警察署とか交番の場所はなんとなく覚えてるから」
「まさか!」
「本当よ」
「だって交番なんてとんでもない数あるよ?」
「そうだけど別に普通でしょ?」
どう考えても普通ではない気がする。
「幼稚園生の頃とかにお母さんとやらなかった?東京の地図を使ってどこに何があるのか当てる遊び」
「初めて聞く遊びだ」
僕の答えに意外そうな顔をした。
「そうなんだ、みんなやってると思ってた。結構楽しいのよ、覚えてから実際その場所に行ってみると、その通りの建物と道があるから」
「うーん………」
「なに?」
「日向さんって東大だよね?」
「うん」
「なんというか育った環境が違いすぎるというか、賢い人がやる遊びって感じだなぁ………」
「別にそんなこと無いでしょ」
めちゃくちゃあると思う。僕が小学生の時は犬のうんちを棒でつついて遊んでいたんだから。恥ずかしいからわざわざ言わないけど。
「それじゃあ助けてくれるおまわりさんの所に行きましょうね?」
チロルチョコを食べ終わって僕たちの会話を聞いていた子供たちに、美佳が優しく声を掛ける。どうやらもう子供の扱いに慣れてきているようだ。
「う、うん………」
「………」
「どうしたの?」
さっきまで楽しそうだった子供たちが地面を見て辛そうな顔をしている。言いたいことがあるんだけど言いずらい、そんな感じの様子だ。
「もしかして、足が疲れたり痛かったりするんじゃない?」
「え、そうなの?」
美佳が二人の顔を覗き込む。
「あし、いたい………」
「つかれた」
やっぱりそうか。僕も迷子になったことはあるけど、そういう時ってとりあえず歩き回っていたから。
「おんぶかなぁ………」
「そうね」
僕と美佳はそれぞれ子供をおんぶしてロッテリアの交番へと向かって行った。
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