2話 ~告白~
喫茶店の店内に足を踏み入れてみれば、ジャズが流れる大人な空間だった。
外観と同じく内部もレンガ調で、床には赤い絨毯が引かれている。シャンデリアなんかもあったりして、別世界観がすごい。
店内を颯爽と歩く彼女は常連だけあってこの場所にとても似合っている。一方、パチンコ屋帰りの僕はと言うと………。もう少しきれいな格好をしてくればよかった。
店員さんに案内されたのは「我はヴィンテージぞ」みたいな顔をした花柄の肘掛け椅子だった。
「私はここでいつもブレンドコーヒーとショートケーキを注文するの。鯰君も同じので良い?」
日向さんが聞いてきた。
催眠術にかかっている僕の体は勝手に頷こうとしたけど、いや待てと、僕の意志がそれを引き留めた。
「どうしたの?」
「注文はメニューを見てから決めても良いですか?」
彼女は少し驚いた表情をしたあと笑顔で頷いた。実は僕も少し驚いていた、それは催眠術が解けたから。
体が自由に動く、声も出せる。とりあえずは一安心だ。
「もちろんよ」
「ありがとうございます」
僕は食べることが大好きだ。
料理選びで後悔したくないので、選ぶのには結構時間をかける方だ。メニューも見ずに適当に注文するなんてあり得ない。
手渡されたメニューを開いて考える。コーヒーの種類は色々あるけれど僕の好みは決まっていて、酸味が少ないものだ。
じっくりと吟味した結果、深煎りコーヒーにすることにした。あとは彼女に合わせてショートケーキを選び、やって来た店員さんにそう告げた。
その間もずっと彼女からの深い視線を感じていた。どうやら僕に相当興味があるらしい。やっぱりもう少しきれいな格好をしてくればよかった。
「私の名前は、鹿島 日向。改めてお礼を言わせてね。ハンカチを拾ってくれてありがとう」
「芦屋 鯰です、こちらこそこんな素敵な店に連れてきてくれてありがとうございます」
お互いに頭を下げたあと目が合った。
「鯰君っていうの………変わったお名前ね」
「そうなんですよ」
僕の個人的見解では彼女の微笑みはモナリザよりも上質だ。
「僕がまだお腹の中にいる時のことなんですけど、両親が同じ日に同じ夢を見て、それが魚の鯰が気持ちよさそうに寝ている夢だったんです。ということで、晴れて僕はこの名前になりました」
「同じ日に同じ夢を?だったらそれはもうその名前にするしかないわね」
笑ってくれて嬉しい。
「おかげで大変ですよ、子供の頃から散々弄られてきましたからね。名前自体は嫌いじゃないですけどね」
計算通りだ。
この話をすれば初対面の相手とでも打ち解けるきっかけになるから嫌いじゃないんだ。そうしたら注文していたコーヒーとケーキが到着した。
少し緊張する。こういう時にはカップの音を鳴らさないのがマナーだったはず。普段は全く気にしていないけど知識としては知っている。
飲む前にまずは香りを楽しむのが好きだ。うん、良い香り。それからゆっくりとコーヒーを口に含んだ。期待通りに酸味の少ない深い味わいだ。
「おいしいです」
「それは良かった」
探り探りで会話を続けていく中で、日向さんの声のトーンが変わった。
「くずパチなら私も見てるわよ!」
「そうなんですか?」
「あれ面白いわよね」
少し驚いた。「くずパチ」というのはYouTubeのパチンコ番組で基本的には歯のないオジサン専用の番組だと思っていた。
好きなものが同じだと話が弾む。これをきっかけに打ち解けた感じがして、僕が言う事に日向さんがよく笑ってくれるようになった。
なんだか結構いい感じになってきたぞ。BGMがムーディーなジャズを流すエレガントな空間で僕は思う。
恐らく、恐らくはこの後ホテルに誘われるだろう。
可能性はかなり高い。
そうじゃなかったらハンカチを拾っただけで、いきつけの喫茶店になんか誘うだろうか?きっと彼女は一目見た瞬間に僕のことを気に入ったに違いない。
根拠は瞳。
僕を見る彼女の瞳が「とろん」としている。これは恋する女性特有のものだと確信していた。もしかしたら今日が人生最高の日になるかもしれない。
「私、実は警察官なの」
紙ナプキンで口を拭いた後、あっさりと言った。
「結婚していて子供がいるの」
「………」
「聞いてる?」
聞いてます、そう答えようとした時、コーヒーが鼻の奥に直撃して強めの咳が出た。
「大丈夫?」
「すいません」
正直に言えばあまり大丈夫では無い。逆ナンパはどこへ行った。また咳が出た。
「驚いた?」
「かなり驚きました」
日向さんは満足そうな笑みを浮かべている。ドッキリ大成功とでも思っているのだろうか。
理解が出来ない。
彼女はどうして誘ってくれたんだろう。知らない男と喫茶店にいたことが知られたら、旦那さんは怒るんじゃないのか?
「それでね、実は最近少し困っていることあって、その事で鯰君にぜひお願いしたいことがあるの」
「僕にですか?」
「うん、いろいろとお話しさせてもらって、鯰君しかいないって思ったの」
「はぁ………」
どうやら日向さんはこの短時間で何かを確信したらしい。
「私の娘の家庭教師をしてくれない?」
真剣で真っ直ぐな瞳。
その瞬間、僕の体は「むわんっ」とする何かに包まれた。
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