19話
「僕は指輪なんか今まで買ったことが無いんですけど、こういうのってどの指に嵌めたらいいんですか?」
「あれ?そういえば前に雑誌で読んだ気がする、指輪は嵌める指によってアップする運気が変わるって。内容までは全然覚えてないけど」
どうやら美佳もあまりよく知らないようだ。
「そうさねぇ………まずは美佳、あんたは左手の中指なんかどうだい?協調性を高める効果があるよ」
「協調性………いいかも」
頷いた美佳が細い方の指輪を摘まんで、ゆっくりと滑らせていく。
「あ、ピッタリ」
嬉しそうな顔をしながら指を太陽に向けて翳して、うっとりと眺めている。
「この緑の宝石はエメラルドですか?」
「アレキサンドライトだよ。太陽光を取り込むと青緑、人工照明だと赤色になるっていう不思議な宝石さ」
「えー凄いですね」
さっきまでの遠慮は何だったのかというくらいに、美佳はもうその指輪の虜になっているようだ。
「僕も左手の中指に嵌めた方が良いんですかね?」
「鯰はまあどの指でもいいような気がするけど、右手の中指なんてどうだい?直感を高める効果があるよ」
「直感!いいですね………僕もピッタリ嵌まりました」
「鯰の方の指輪には内側に同じくアレキサンドライトが付いているからね」
「見えないお洒落ってやつですか?」
「というよりも、外側に宝石が付いていると仕事の時に傷ついたりするからっていうので、男物はそういう作りになってるらしいね」
「なるほど、そういう実用的な意味合いなんですね」
指輪を嵌めたことなんか無いので締め付けられているようで違和感はあるけど、見た目的には格好いい。
「あと、ふたりに言い忘れていたんだけど………」
「なんですか?」
太陽にかざして眺めている僕達に向かって、どうでも良いことを言うような口調の声が聞こえた。
「それは「奇運の輪」という指輪なんだ」
「名前があるんですね」
「名前だけじゃないよ」
「というと?」
「逸話もあるんだ」
「逸話?」
「持ち主に大小さまざまなトラブルを引き寄せるが、その代わりそれを乗り越えた時には、持ち主を成長させるという逸話だ」
「トラブル………?」
「ちょっと待ってくださいよ、どうして最初に言ってくれなかったんですか」
僕は聞いた。
「だから忘れていたって言ったろ?年を取ると物忘れがひどくなっていけないよ。参った参った………」
マーリンはあまり参っていないような表情で笑った。
「ねえ鯰、なんかこれ外れそうにないんだけど」
美佳が少し焦った表情で指輪をぐにぐにしている。
「そうなの?」
「なんかちょっとでも引き抜こうとしただけで骨ごと持って行かれそうな感じがする。ねえ、どうしよう!」
嵌めた時にはぴったりはまったと事を喜んでいたのに、今ではそれが仇になっている。
「私が初めて嵌めた時もそうだった。あんまり無理に取ろうとすると指が腫れてずきずき痛くなるよ」
「それならどうすればいいんですか?!」
「諦めるしかないね」
「大丈夫、石鹸とかそういうのでいけるって聞いたことある」
「果たしてそんなものが「奇運の輪」通用するかねぇ………?」
その確信めいた言葉によって僕は指輪を引き抜くことを諦めた。
「あの………わざとですよね?」
ニヤニヤしているマーリンに聞く。
「本当に忘れてたんだよ、参ったねぇ………」
絶対にわざとだ、僕の「勘」がそう言っていた。
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