15話
大人の男女の淫靡な香りで溢れる細道、つまりはラブホテル街で美しい金髪を持つ中学生、鹿島美佳の顔は真っ赤だった。
「違う!」
僕の手を放り投げるようにして離して、吼えるようにして叫んだその顔は、威嚇する子猫に似ていた。
「いきなりこんな所に連れて来てなんで怒ってるのさ」
「だから違うって言ってるでしょ!」
そう言われても、何が違うのかを説明してもらわないとこっちは何も分からない。それなのに美佳は、生まれたての子馬のようにプルプル震えているだけだ。
「思い出すねぇ………私もそうだったよ」
離れた場所から声が聞こえた。それほど大きな声でもないのになぜか耳に入ってくる声だった。
「若い頃はモテてモテて仕方がなかったよ。そんでもって男のいない生活なんて考えられなかったからね、飲み屋でこいつだって男がいたらウインクしてやってね、手と手を取り合って夜の街に繰り出したもんだよ………」
声の主は黒いローブを着た老婆。
ビルとビルの間の狭い隙間に小さな机を置いて後ろに座ったまま、ニヤニヤしながら僕たちのことを見ている。
なんだか不思議なオーラを纏っているような気がする、けれど今の美佳にそれを感じ取る余裕はなさそうだ。
「違うんです!」
美佳が吼えた。彼女の顔はまだ真っ赤で、ここに来てしまった事がよほど恥ずかしいらしい。
「さっき向こうの通りに同級生がちらっと見えたから、それで今は会いたくないって思って逃げたら、たまたまここに来ちゃっただけで、それ以外に意味なんてないから!」
僕に喋っているのか老婆に喋っているのか分からない口調で、身振り手振りで必死に説明している美佳の話を聞いて、ようやく状況が理解できた。
美佳はいま絶賛不登校中だ。
学校に行かずに街にいる所を同級生に見られたくなかったんだ。しかもひとりじゃなくて男と一緒だ。これはもうどんな噂を流されるか分かったもんじゃない。
それでなんの説明も無しで僕の手を掴んで急いで逃げて来たわけだ、なんだそういうことか。
「言い訳なんかする必要はないよ。男っていうのは、なりは立派でも案外臆病だからね。こっちからから積極的に誘ってやるくらいの方が良いのさ」
「全然私の話聞いてないじゃない!」
そう言っている間にも、僕達の横を通り過ぎてまた一組のカップルがホテルの中に吸い込まれて行った。
「ひっひっひっひっ………若いってのはいいねぇ」
「お婆さんはここで何をしているんですか?」
顔をくしゃくしゃにしながら独特な笑い声をあげているローブの老婆に聞いた。
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