14話
「TOKYOコイン」と書かれたお店のショーウィンドウには数多のコインが陳列され人々の目を引き付けている。
自動ドアが開き二人の男女が店から出てきた。
満足げな表情で現れたのは金色の髪をした長身の少女。その後ろにはウェーブのかかった黒髪の少し背の低い少年。
ただそこに現れただけで通り過ぎていく人の何人かは顔をあげている。他人に無関心な東京の人々を引き付けるだけの何かをこの二人は持っていた。
「良かったね美佳」
「うん、すごく嬉しい」
きっかけは鯰が持って来た銀貨。
二人がともに大好きな、シャーロックホームズが生きていた時代のイギリスのものだ。
見ているうちに欲しくなった美佳が鯰を引き連れて、銀座のコインショップまで来てシリング銀貨、ハーフクラウン銀貨を手に入れたところだ。
「鯰も買ってたわね」
「こんなんなんぼあってもいいですからね」
漫才師のミルクボーイのセリフを使って返事をしたら、美佳がちょっとだけ笑ってくれた。
「ホームズの本を読むとき、僕はいつも近くに置いてる。そのほうがワクワクするから」
「わかる!持ってるだけで物語の世界が身近に感じられる気がする。もしかしたらこの銀貨をホームズも触ったのかもしれない、そう思ったら、ちょっと感動する」
太陽にかざした銀貨が鋭く輝く。
「それに鯰が言ってた通りけっこう安いのね」
「そうなんだよね。かなり昔のやつなのに結構安価なんだよ。多分沢山流通してたからだと思うけど」
「その時代の人は普通に使ってたんだもんね」
「ただ金貨は桁違いに高いけどね」
「そうね………だけど金貨もいつかは一枚くらい手に入れたいかも」
「いいね!僕も金貨は持ってないんだよ。欲しいとは思ってるんだけどなかなかね。もし買ったら見せてね?」
「えーどうしようかな」
「なんで!見るだけだよ?」
「盗まれそうだから」
「まさか!」
「いーえ、鯰ならやりかねないわ」
「僕をどんな奴だと思ってるのさ!」
「変なやつだと思ってるに決まってるじゃん!」
柔らかな日差しが降りそそぐ空の下で美佳が弾けるような笑顔を見せた。初めて会った時からは考えられないような笑顔だ。
嬉しい。
前回は笑顔のないまま終わってしまったから、今回はどうにか楽しんでもらいたいなと思っていた。変な奴扱いされたのは心外だけど。
「どうせ銀座に来たんだから、帰りがてら「サンドウィッチ銀座」に行こうよ。このお店はタマゴカツサンドが有名なんだよ」
まだまだ楽しんでほしい。だから次はグルメ攻撃だ。ワンパターンと思われるかもしれないけど、美味しいものには人を幸せにする力があると僕は信じている。
「タマゴカツサンド?」
「卵を揚げたものをマヨネーズで和えてサンドした、人気商品なんだよ」
「そんなサンドウィッチ初めて聞いたかも」
「おいしそうでしょ?」
「それにしても鯰って本当に食べるの好きねぇ、いっつも食べ物の話ばかりしてるし」
「そりゃあ僕は食べるために生きてるからねーーーえ!?」
突然、無言の美佳に手を引っ張られた。
進行方向から九十度左に方向転換して、ビルの隙間に引きずり込まれた。狭い。ビルとビルに肩が当たるくらいの暗い細道をずんずん進んでいく。
「いきなりどうしたの」
「いいから黙って付いてきて」
まるで悪いやつに追いかけられているヒロインみたいだ。揺れる金色の後頭部を見ながらそう思う。
それにしても狭いし汚い。銀座に来るという事で今日はいつもよりもきれい目な、明るい色の服を着て来た。買ったばかりだ。絶対に汚したくない。
そのためには何にもぶつかってはいけない。建物はもちろん配管もあるし水溜まりもある。罠だらけ。これはもうちょっとしたゲームみたいなものだ。
何か事情があるのだろう。美佳の表情ははっきり見えないけど、かなり焦っているのは分かる。
古びたビルの換気口から出た生暖かい空気が顔に当たって、肉を焼く匂いした。もしかして急に焼き肉を食べたくなったとか?そんなわけないか。
ビルの隙間を抜けると、視界が開けて明るくなった。ここが美佳の目的地?それにしてもここは………。
HOTEL、HOTEL、HOTEL………細い道と平行に並んでいる看板にはそんな文字ばかりがあって、必要以上にくっつきながら歩く男女が見える。
ここはどう見てもラブホテル街だった。
「どういうこと………?」
僕は金髪の少女の顔を見た。その手は信じられない程に熱く、そして汗ばんでいた。
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