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13話

 


「鯰、また来たの?」


 やってきた家庭教師のアルバイトの二回目。


 二階にある部屋の扉を開けて出てきた女の子が、僕と顔を合わせて一秒もしないうちに嫌な顔をした。しかも呼び捨て。


 前回あれだけシャーロックホームズの話題で盛り上がったというのに、すっかりリセットされてしまったらしい。


 しかしこれは想定の範囲内。


「お土産買ってきたんだ」


「お土産?」


「豆大福」


「ふーん」


 僕はビニール袋から豆大福がぎちぎちに詰まった透明の容器を出して見せた。


 お土産作戦だ。


 彼女は露骨に嬉しそうな顔こそしていないけど、それでも目が豆大福に行っているのが分かる。悪くない手応えだ、さあここでもう一押ししよう。


「これはね、ただの豆大福じゃないよ。港区にある島松屋っていう有名なお店のやつなんだけど、日本三大大福って言われているんだ」


「日本三大大福ってそんなのあるの?」


「ネットで調べればすぐに出て来るくらいの有名店」


「へぇ………」


「もうとにかく大人気で、1000個が午前中に売り切れちゃうこともあるんだよ。すんごくおいしいからね」


「そうなんだ………」


 何気ない顔をしてるけど、目は輝いている。まるでチュールを目の前にしたネコみたいで可愛い。


「餡子が上品な甘さで豆の食感もお餅も全部美味しい。しかも………皇室御用達なんだ。これはもう食べないと絶対に損だよ」


 皇室御用達の部分を特に強調して言った。


「………入って良い」


 ちょっと悔しそうな顔をしながら言った。


「ありがとう」


 よしよし作戦大成功。


 部屋の中に通してもらい、さっそく豆大福の容器を食べることにする。


「大福は粉が飛ぶから下に何か引いた方が良いよ」


「そうね………」


 少し考えた後で彼女が机の引き出しから取り出したのは、テストの回答用紙だった。どうしてこれを?と思って見たら全部が満点だった。


 これは「私には家庭教師なんかいらない」という威圧だ。僕はそのことには何も触れずに、豆大福を頬張った。


「美味っ!」


 美佳が目を見開いた。


「そうでしょ?」


「餡子の甘さと餅の食感、そして塩加減が抜群なんだけど」


 食レポみたいなコメントをしているのを聞いて、思わず笑ってしまった。作戦成功。美味しいものを一緒に食べると人は仲良くなれるのだ。


 あっ………。


「ごめん、ティッシュある?」


「?」


「豆大福の粉をこぼしちゃった」


「そうならないために紙を引いたっていうのに、まったく………ティッシュは棚の真ん中の段よ」


 ぶつくさ言いながら答えてくれた。


「わかった」


 僕は立ち上がって棚へ向かう。


「あれ、これって………」


「ん?」


 彼女の視線がこっちに向いた。


「ああ………小学生の剣道大会で貰ったトロフィー」


「すごいね、全国大会優勝って書いてあるよ」


 隠れるようにして棚の奥の方で鈍く光っていた。


「小学生の大会なんてレベル高くないから」


「それでも日本一でしょ?」


「ただ単に他の子よりも剣道歴が長かっただけ。お母さんの実家が剣道の道場やってて、引っ越す前はその近くに住んでたから」


「そうなんだ………」


 僕はすごいことだと思ったけど、美佳の言葉からは後ろ向きな思いが伝わって来る。


「もうやめちゃったし」


「そうなの?」


「優勝して喜んでたのに、あれこれ言われたから………」


 拗ねたような顔でカーペットを見る。


「私が特別な指導を受けてるとか、審判が贔屓してるとか………小学生の私にそういうことを平気で言ってくる大人がいた。だから私はもう剣道なんかやりたくないと思った」


「………」


 僕は豆大福を食べる。今は適当な慰めの言葉なんかいらないような気がした。


「鯰は悩みとかなさそうだよね」


「そんな簡単に決め付けないでよ、僕にだって悩みくらいあるよ」


「へー、あるんだ、ちなみに何?」


「学校の勉強についていけない事」


「………冗談で言ってる?」


「もちろん本気」


 彼女は首を傾げている。


「勉強なんかちゃんと先生の話を聞いていれば分かるでしょ?」


「頭のいい人はそう言うんだよね………」


 僕は立ち上がって窓の外を眺めた。


 テストで満点ばかり取っているエリートには僕の気持ちは一生分からないだろう。


「ねぇ、いま粉が落ちたんだけど!」


「え!?ごめん」


「っていうかさっきからこぼし過ぎじゃない?」


「ごめんごめん、わざとじゃないんだけど」


 その時、家のチャイムが鳴った。


「またあいつだ………」


「知ってる人?」


 答えるよりも早く廊下の下から日向さんの声が響いた。


「美佳ー!松田先生がいらしてくれたわよー!」


「いないって言って!」


 彼女が声を張り上げるのなら何度も見た。けれどそれは今までと違って悲痛な声だった。


「………クラスの担任。私が学校に行かなくなってから毎日来るの、本当に迷惑」


 萎れた花のようにうつむく姿に、心が苦しくなった。


 しばらくしたら担任は帰って行ったけど、それからは僕たちの会話も弾むことなくこの日の家庭教師は終了した。


 次はもっと楽しい時間を過ごしたい。その為にはどうしたらいいのか考えよう。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


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