12話 ~任務完了~
満足感を踏みしめながら、彼女に続いて部屋の中に入っていく。
室内は白を基調としていてシンプルながらも女子の部屋という感じがする。不登校というイメージとは程遠く、綺麗に片づけられている。
後ろ姿から見る金髪が揺れていてい大変に美しい。だけど口には出さない。もしそんなことをしてしまったら即座に追放されるだろう。
追放といえば「なろう小説」だ。これを題材にして「追放された家庭教師は、パチンコ屋で自由気ままに無双する」とか書いたら大ヒットしてアニメ化とかしないかな。無理だよな。
「部屋の中はあんまりジロジロ見ないでよ?」
「わかった」
無茶な注文だなと思いながらも頷いた。
彼女は疑っているような顔をしながら、彼女はベッドに腰を下ろした。この部屋の中には椅子が一脚しかないので、そうなるのは当然だろう。
「鯰はホームズの作品は全部読んだの?」
当たり前のように呼び捨てだ。
背は僕の方が低いけれど年齢は僕の方がふたつ上なんだけどな、とは思うけど注意するほど気になるわけでもない。むしろちょっと嬉しい、みたいな感じもする。
「もちろん読んだよ、授業中に机の中に本を入れておいて先生が黒板の方を見た隙に読んだりもしてたし」
「結構不真面目なのね」
「そうかな?」
「そんなので本当に家庭教師なんかできるの?」
「ま、まあまあまあ、それの話は一旦置いておこうよ」
僕は勉強が苦手で人に教える能力なんかは有していない。家庭教師と言うのはただの名目で、本当はただ楽しく話相手をするだけでお金がもらえるという楽過ぎるお仕事なのだ。
「なんで置いておくのよ、鯰は家庭教師でしょ?」
「勉強の話がしたいの?」
「そうじゃないけど………」
「だったら今はホームズの話をしようよ」
「ふーん………まあいいけど」
彼女は疑わしそうな顔で僕を見た。
「それじゃあ聞きたいんだけど、ホームズってアイリーンのことが好きだったと思う?」
ベッドに腰かけた彼女が喋り始めた。
アイリーンとは極めて高い知性でホームズを翻弄した女性、アイリーンアドラーのこと。そしてこの話題はシャーロキアンであればよく議題に上がる内容だ。
「僕はそう思う」
「どうして?」
「だってホームズはアイリーンのことを「あの女」って呼んでたんでしょ?」
「「ボヘミアの醜聞」ね、でもその後ワトソンは………」
「それは………」
「………」
「………」
たくさん喋った。最初あれだけ拒否していたのは何だったのかと思うくらいに、彼女はお喋りが止まらなかった。
もちろんホームズのことを誰かと語り合いたいという事もあるんだろうけど、それよりもやはり不登校によるストレスがあったんだと思う。
だからいっぱい喋ることで無意識にそれを解消しようとした。あとになってこの時の事を振り返った時にふと、そんな風に思った。
あと気付いたのは、彼女がとても頭が良いという事。
僕が結構ふんわりとしか覚えていないところも、彼女は全文を暗記しているんじゃないかというくらいにスラスラと話す。
そんな感じで、気が付けば2時間が経っていた。
「それじゃあそろそろ帰るね」
話す勢いも落ち着いて来たので、そろそろだなと思ったタイミングで言った。僕の目的は彼女のストレスを解消すること。無理に長居する必要はないのだ。
「あっそう、帰れば」
口は悪いけど最初の時と違ってそこまでの刺々しさはない。いっぱい喋ったから満足したのだと思う。
「じゃあね」
「うん」
立ち上がったタイミングであっさりとした別れの挨拶をして、僕は部屋を出た。
任務完了。
僕は誇らしい気持ちで階段を下りていって、リビングで待つ日向さんに報告した。
「ありがとう」
にっこりと微笑む顔には母性が満ちていた。多分僕たちのやり取りをずっと聞いていたのだと思う。かなり激しい言い争いをしていたのに、見守ってくれたことに感謝したい。
「来週もまたお願いね?」
そういって日向さんはバイト代4万円をくれた。1時間2万円の約束だったから、2時間で4万円だ。
お金を貰えたことも嬉しかったけど、依頼人の満足そうな表情を見れたことも嬉しかった。凄く満足感を感じた。僕はこの難しい仕事をやり切ったのだ。
笑顔で玄関まで見送られ振り返ってみると、少し落ち着いてきた春の日差しのなかで、教会のような建物が笑っているように見えた。
来週はどうなるだろう、また木刀を付き付けられたりするのだろうか。
少し楽しみだ。
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