11話 ~和解~
「………あんたストーカー?」
不審者を見るように眉間に皺を寄せている。たしかに彼女くらいの美貌を持っていればストーカーの一人や二人いてもおかしくはない。
「何笑ってんのよ、怖いんだけど」
「ポスターが貼ってあるから」
僕は指さした。
彼女が扉を開けっぱなしにしてくれているおかげで、その奥が少しだけ見えている。
鹿撃ち帽を被りパイプを咥えたシルエット、そしてロンドン名物のビック・ベン。あれは間違いなくシャーロックホームズだ。
「へぇ………あのシルエットだけで分かるってことは、あんたもホームズ好きなのね」
「うん、何度も読んだからね」
「ふーん………」
彼女の態度が少し和らいだのを感じた。
「それじゃあ質問だけど、一番好きな話は何?」
「うーん、全部好きだけど………「悪魔の足」かな」
「にわか」
ちょっと驚いた。
「それじゃあ何だったら玄人なの?」
「そんなの「緋色の研究」に決まってるでしょ!」
胸を逸らして威張ってる姿が面白い。こういう所はやっぱり中学生だなと思う。
「ホームズの一番最初の作品だもんね?」
「そうよ、シャーロキアンなら当然でしょ」
シャーロキアンというのはシャーロックホームズの熱狂的なファンの事だ。
「実は僕が一番最初に見たホームズの作品も緋色の研究なんだ。図書館でボロボロになってる単行本を見つけて手に取ったのがきっかけ」
「へぇ………」
「いいよね緋色の研究。ホームズが出した広告を見て、老婆が部屋を訪ねて来たシーンはドキドキしたなぁ………」
「あんたなかなか分かってるじゃないの」
「ありがとう」
「ぐ………やっぱり女たらしじゃない!」
彼女が顔を赤くした。どうやらお礼を言われたのが予想外だったようだ。
「照れてる?」
「照れるわけないでしょ!」
「そう見えるけどなぁ」
「鯰ってホント変なやつよね」
僕は笑った。
「そんなわけないでしょ、かなり普通の人間だよ」
「マジで言ってる?」
「そりゃそうだよ」
彼女は僕の目をじっと見た。
「………まあいいわ。部屋に入れば?」
ため息をつきながら諦めたように言った。
「いいの?」
「シャーロックホームズが好きな人に悪い人はいないから。それに私も「悪魔の足」の話は好きなの」
「良かったー、もし断られたら髪の毛をくしゃくしゃにしてやろうと思ってたんだ」
「は?」
「いや、もしもの話だよ?」
「なんか不安になって来た、あんたみたいな変なやつを部屋に入れて大丈夫かしら」
金色の髪の毛を守るようにして手で覆う。
「大丈夫に決まってるじゃない、「シャーロックホームズが好きな人に悪い人はいない」でしょ?」
「うーん………」
これでもかというほど疑わしそうな目で見られている。
「本当に大丈夫だよ?」
「分かったわ」
良かった、たまに余計なことを言ってしまうのが僕の悪い癖だ。
「ただし!私に指一本でも触れたら本気でぶっ叩くから。剣道をやってたのは本当なんだから舐めないでよね」
鋭い目つきで木刀を構えた。強い圧力を感じる。剣道をやっていたというのは本当だろうと思った。
「うん、約束するよ」
ついに僕は彼女の部屋の中に一歩足を踏み入れた。
難攻不落と思われた暴言サーバルキャット女子をついに攻略した。なんだかものすごい偉大なことを成し遂げたような気分だ。
かつて人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロングは言った。「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」と。
僕の気持ちの中ではそれに匹敵するくらいの一歩だ。
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