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6、狂う狼犬

 うおおおおおっ!!走れ!全速力で走れ!今こそ見せるんだ俺の全力の逃走能力を!!

 俺はケイブドックへの擬態によって獲得した俊足で全力逃走を図っていた。

 目指すはとにかく上の階層。果たして今走っている道は本当に正しい道なのかすら分からないが、今はとにかく走ることに集中しよう。


 <報告。50m後方。真っ直ぐこちらを追って来ている。>


 頭に解説の声が響いた。

 走りながら耳を澄ませてみれば、確かに。後ろの方が何やら騒がしい。

 おそらくあの様子のおかしいケイブドックがこちらを追ってきている。

 50m後方という事でまだ距離的には問題ない。だが決して足を緩めるわけにいかない距離だ。

 ちょっとでも油断すれば、一気に距離を詰められる。だから今はこのまま走り続けることが好ましい。

 のだが……。


<警告。全体魔力の45%を消費。このまま擬態を続ければ、残り時間12分04秒で擬態が強制解除される。>


 頭の中で解説がそう告げて来る。このまま走り続けているわけにもいかなくなってしまった。

 早急になんとかしてケリをつける必要性がある。それも、なるべく擬態を維持できるだけの魔力が残っているうちに。

 魔力が切れて擬態が解けてしまうのが何よりやばい。何度も言うように、通常状態(擬態していない俺)はやる気があるのか疑いたくなるレベルで足が遅い。

 

 しかもあのケイブドック……なんかやたら早い。ちょっと前に戦ったケイブドックより…いや、なんなら目覚めてからこれまで戦ってきたどの魔物よりも遥かに早い。ついでに言うと、力もすごい…。

 何か身体能力を強化するスキルでも持っているのか?


<解答。解析の結果、対象からスキル発動に伴う魔力放出は確認されていない。よって対象がなんらかのスキルを発動し、身体能力を強化している可能性は限りなく低い。>


 …えっと?それはつまり?


<解答。あの移動速度と攻撃力は、あの個体が持つ自力であると考えられる。>


 …まーじかよ。えっ、じゃあなに?あの犬っころ、もっとやべぇスキルとか持ってる可能性もあり得るってこと?

 なんだあいつ…。考えれば考えるほど、そう思えて仕方がない。

 ケイブドックとはこの道中で何度かやり合って来たが、あそこまでやばい個体を見たのはあいつが初めてだ。確かにどの個体も凶暴だった。それは間違いない。襲いかかって来た奴らの殆どが、食事中に餌の俺をおもちゃにして遊び出すくらいには凶暴な種族だと思う。


 だが…あの個体は明らかに凶暴の域を超えている気がする。凶暴とか気性が荒いとか、もうそう言う次元にはいない。


 『狂っている』


 その表現が一番あっていると思う。

 最初に俺を見つけた時の目が、明らかに餌を見つけた獣のそれじゃなかった。何かはわからないが、関わると碌なことにならない。見ただけでそれが分かるくらいに、本格的にヤバいやつの目だった。

 獲物を痛ぶりたくてたまらない。肉を裂き、骨を砕き、その鮮血を浴びたくて堪らない。なんとなく、そんな事を考えていそうな感じがした。

 できることなら、真っ向正面からの衝突は避けたい。可能ならば後ろとかの死角から奇襲してなるべく速攻で決着をつけたいところだ。


<警告。この先、袋小路により行き止まり。>


 しかし現実は非情であり残酷だった。いや、これに関しては完全に何も考えず走り続けた俺が悪い。

 ハッとして立ち止まる。目の前に道はない。地面から天井まで、全てを塞ぐ岩の壁が鎮座していた。

 あ…この感じ、この絶望感、どこかで感じたことある…。そうだ、ゲームだ。ゲームで強すぎる敵に追いかけ回されて、袋小路に追い込まれた時の絶望感と同じだ。

 違うところと言えば…これはゲームなんかじゃなくて現実であると言う一点に尽きるだろう。

 

<警告。後方注意。>


 ざりっ、と後方で地面を踏み鳴らす音がする。同時に、どこかで聞き覚えのあるあの独特な息遣いも聞こえてきた。

 ゆっくりと振り返る。赤黒い体毛に身を包んだそいつが、予想通りそこに佇んでいる。

 落ち窪んだ瞳は相変わらずどこを見ているのかさっぱり分からない。絶えず涎を垂らし続けるその口は、徐々に口角が吊り上がっていった。


 やはり、笑っている。

 

 様に見えるとか、その次元じゃない。はっきりと、確実に、笑っている。

 映画とかで例えるなら、凶悪犯罪者が袋小路に逃げ込んだ村人に『ようやく追い詰めたぞ…』とか言ってそうな場面だ…。


 目の前のケイブドックは目に見えて今にも襲いかかってきそうな雰囲気だった。いやむしろ、未だに様子を窺っていることが不思議なくらいだ。

 冷静に目の前の相手を観察し、相手の出方を窺っている。 そしてそれと同時に、この哀れな獲物をどう調理してやろうかと考えている。

 その移動速度は、同族に擬態してる俺より間違いなく早い。加えて力も強靭であり、瞬発力もある。ただ攻撃しただけでは当たらないし、最悪手痛い反撃が待っている。

 迂闊に手を出す訳には行かない。なんとか攻撃を見極め、僅かな隙に反撃を捩じ込む他あるまい。


 ー◾️◾️◾️◾️っ!!!


 だがそう考えた直後、目の前の犬がとんでもない咆哮を上げた。本当にただの咆哮ではない。爆音波だ。この広い洞窟全体に響くのではないだろうかと思うほどに大音量で、暴力的な咆哮が肌を叩き全身の細胞を硬直させる。


 …いや、これはもはや咆哮とかの次元じゃない!見たことも食らったこともないけど、多分ブレスとかレーザー兵器とかそっち系の攻撃と同等だ!!

 とうより痛い!!比喩表現とか誇張とかじゃなく普通に痛い!!本当に何この咆哮!?

 とんでもない重圧に体が一切動かなくなるほどの音圧だ。ケイブドックはこんなすごい芸統もできる魔物だったのか!?


<回答。『威拘咆哮(バインド・ボイス)』の影響と推測。>


威拘咆哮(バインド・ボイス)は体内の魔素を音に乗せて放出することで、対象に本能的恐怖を与え、動きを制限する下位の魔法。効果は対象の魔力量や耐性によって左右されるが、基本的に音の発生源に近ければ近いほど効果が上昇する傾向にある。>


 どうやらこの咆哮、予想通りただ叫んでいる訳では無かったらしい。聞いた相手の動きをしっかり制限するれっきとした魔法らしい。やはり、この世界にも魔法と呼ばれるものは存在するのか…。


 …いやちょっと待て魔法!?今、魔法って言ったか!?

 思わずさらっと流したけど、この犬っころ魔法も使えるの!?いや、もしかしてこの世界の魔法ってこんな野良犬でも扱えるくらい一般的な物なの!?


 思わずツッコミが弾丸の様な勢いで俺の口から放出される。その瞬間、俺は目の前の敵の事を一瞬放棄した。その一瞬は事戦闘において大きなディスアドバンテージを生むのだと、これまでの戦闘で散々思い知ったと言うのに…。


 気がついた時に眼前に広がる、とんでもなく鋭い牙の集合体。ギロチンの様な顎が力任せに閉じられる。何度も食らったケイブドックの噛みつき……そんな生やさしい物ではなかった。

 噛まれた瞬間にこれまでと比べものにならないほどの激痛が走り、牙が食い込む部分から青白い粒子が立ち上っている。体が何か喪失感に似た何かを感じている。明らかにやばい。見ただけでそう分かる一撃だ。


<警告。スキル『魔素分解』の効果であると推測。>


<魔素分解は、魔素が元となっている物体を粒子レベルの魔素まで分解するスキル。特に身体が魔素で構成されている魔物にとっては、特攻とも呼べるレベルのスキルと言える。>


 頭の中で解説が淡々と説明を述べているが、はっきり言ってそうなんだー。と反応してやる余裕もない!

 俺に噛みついたケイブドックは未だに俺を離すことなくその牙を体に突き立てているし、そのまま俺の体を激しく振り回し始めた。


 食いつかれている部分から激痛が走り、同時に傷口から青白い粒子が絶え間なく立ち上り続けている。

 まずいかもしれない。この魔素分解とか言うスキルがどの程度の速度で俺の体(魔素)を分解しているのかはわからないが、あまりもたもたしていられなくなった。

 

 おい解説!!俺の体が分解されるまで、あとどのくらだ!


<解答。魔素分解により行動不能になるまでのタイムリミットは、現状で残り7分23秒。なお魔素の消耗や蓄積ダメージによって分解完了までの時間が早まる可能性が大きいことに留意。>


<追加解答。現状、あなたの身体は魔素分解の効果が作用している状況であり、身体中の魔素が分解されている状況である為、パイルバンカーなど一部の魔力を用いたスキルが使用できない状況にあることに留意。>


 7分……この瞬間も分解が進んでいることを考えると、多く見積もって残り6分ちょっと。その間にこいつを倒し切らないといけない…。それも、虎の子であるパイルバンカーが使えない状況で…。


 だが、できることはまだある。

 『エビル・トング』だ。ちょっと前に俺が獲得したユニークスキル…現状で攻撃に使用できそうなのはこれとリキッド・ボディくらいだ。

 覚悟を決めろ。ここまできたらもう我慢比べだ!やってやろうじゃんかこの犬っころ…。お前が離さないまま俺を痛ぶって殺そうってなら、俺はお前が死ぬまで何度もその体を突き刺すまでだ!


 直後、俺の長く伸びる鋭い舌がケイブドックの口を通って後頭部を貫通した。

 思っていたよりも威力が出て驚いたが、感触的に手応えはあった。何か、柔らかいものを貫いた感触が確かにあった!

 ざまあみろこの狂犬!俺がタダでくたばってやるような泥だと思ったら大違いだ!


 …だが残念なことに、ケイブドックはまだ倒れていない。柔らかい感触…何か臓器の様なものを貫いた感触は確かにあった。

 だが実際問題、そのケイブドックは生きている。未だにしつこく俺の体に噛み付いているし、お返しとばかりに俺の体を地面に叩きつけ始めた。


 激しい激痛が俺の体に走る。だが、もうここで何かを考えている余裕はぶっちゃけない。

 気分が悪くなってきた。酸欠を永遠に味わっているような、明らかに何かが足りていない様な感覚がする。おそらく、魔素分解の効果が効いてきたのだろう。今この密着した状態で殺し切らなくては、やられるのは間違いなく俺だ。


<警告。体内魔素の70%を消失。このままでの戦闘続行は危険。>


<推奨。一時撤退。>


 お断りだ。残りの魔力で擬態して逃げ切れる自信はないし、離れても魔素分解の効果でやられる。

 だからこそ、今この場で仕留めきる!


 2発目のエビル・トングは左こめかみを捉え、右の頬から貫通した。3発目、下顎から入り脳天を貫通。4発目、5発目、6発目と俺の舌はケイブドッグの頭部を貫通する。

 その間も、ケイブドックは俺を振り回し続けた。振り回し、地面に叩きつけ、擦り付け続けた。


 早 く 死 ね !


 ケイブドックが、そう叫んでいるのではないかとも思えた。そう思ってしまう程に、お互い必死になって乱暴にお互いを攻撃し続けた。


 そして、実に16発目のエビルトングがケイブドッグの眉間を貫通した時…。

 ようやく、その狼犬は地面に倒れた。まるで糸が切れた人形の様に…床に投げ捨てられたぬいぐるみの様に…。

 ケイブドッグはグシャリと地面に崩れ落ち…そして、2度と動くことはなかった。

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