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5、レベリングは死にゲーの嗜み

ケイブドッグと呼ばれる大きめの犬との戦闘に勝利た俺は、その後も地上を目指して洞窟を上へ上へと登って行った。

 前回の戦闘によって手に入れた、ケイブドッグへの擬態。そして新スキル『パイルバンカー』。この二つのお陰で俺の洞窟探索は以前よりも格段にやりやすくなり、今までとは比べ物にならない速度で洞窟を攻略…できたらすごく嬉しかったが、そうは問屋が下さなかった。

 先に言っておくと、この2つのスキルも使えないわけではない。

 パイルバンカーに至っては、手持ちのスキルの中ではかなり使い勝手がいい部類にすら入るだろう。

 問題は『擬態』だ。

 効果は、俺が捕食した生物に擬態することが可能になるというもの。

 それで前に捕食したケイブドッグへの擬態が可能になったわけだが…。

 擬態したところで、特にこれと言ったメリットが無い。

 強いて言うなら、移動速度は格段に上がった。これまでの這いずり移動なんかとは比較できないレベルで移動の速度は上昇した。

 ただ本当にそれだけだ。

 微妙な速度上昇以外に、特筆して使えそうなものがない。

 まず、擬態中は常に魔力を消費し続ける。魔力を使って擬態しているのだ。当然と言えば当然だが、今の俺の少ない魔力量では少しの消費でも痛い。

 何よりこいつに擬態すると、他の魔物によく襲われるのだ。

 この洞窟は餌が少ない。洞窟の奥は魔素濃度が濃くて、魔物などほとんどいない。

 だからだろうか。この洞窟に生息する魔物は、どいつもこいつも飢えている。

 基本的に俺と遭遇した魔物は俺を襲わない。

 見た目で喰えないと判断しているのだろう。襲ってくるのは、前回のケイブドッグのように腹が減りすぎて餓死寸前まで行ってる奴らばかりだ。

 だが逆にケイブドッグに擬態して魔物に遭遇すると、ほぼ確実と言っていいレベルで襲われる。

 そりゃそうだろう。食えるかどうかも分からない泥が向こうからやって来るのと、ある程度肉のついた生のいい狼犬が向こうからやって来るの。どちらが美味そうですかと言われれば、当然後者を選ぶ者が大半だろう。

 だから折角手に入れた擬態効果ではあるが、おちおち擬態して洞窟を移動できない状態に陥ってしまっていた。

 だが、だからと言って何もしない訳にもいかない。特に急ぐ予定もないが、今の俺の目的は地上に出る事だ。

 ケイブドッグへの擬態がうまくいかないなら、自分の足で上を目指すしかないだろう。

 そんな訳で…結局俺は今まで通り必死に地面を這いずりながら洞窟の上を目指すのであった。

 

 …大分上の方まで上がってきただろうか。

 今が洞窟のどこら辺なのかまでは分からないが、洞窟の最奥からはかなり上の方まで上がってきたと思う。

 その証拠に植物や魔物の数も増えてきているし、それに比例して襲われる確率も若干減ってきたような気がする。

 何もない最奥と違い、ここら辺には餌もそれなりに多い。飢えてるやつが少ない分、俺を襲って食おうなんて考える奴もいないと言う訳だ。

 だがそれでも、襲われることが全くなくなった訳ではない。

 当たり前の話といえばそれまでだが、魔物の中には元からとんでもなく凶暴なやつも少なからずいて、そういった凶暴なやつは例え相手がよくわからん泥の塊だろうがお構いなしに襲いかかってくる。

 そりゃもう、世紀末ですか?ってレベルで。

「ヒャッハーっ!知らねぇ顔は全員殺せぇ!」とでも言いたげな勢いで襲いかかってくる。

 勿論、この俺流這いずり式移動方で戦闘回避なんてできるはずがない。見つかったら最後、あっという間に追いつかれてボロボロにされる。

 だがしかぁし!そこでただボロ雑巾にされて終わる俺じゃない。

 理屈はよくわからないが、この世界はなんらかの形で肉体が成長すると〈スキル〉と呼ばれる特殊能力を獲得することができる。

 そして泥の魔物となったこの俺は、他の魔物を捕食する度にその魔物への擬態が可能となる。

 つまり…『襲ってきた魔物を倒して捕食する』→『擬態を獲得する』→『捕食により魔力量が増えて新たなスキルを獲得する』→『新たなスキルを得て襲いかかってきた魔物を倒して捕食する』と言う肉体強化無限ループが完成するのだ!

 なんと言うタイミングの良さ!ゲームで言うところのレベリングポイント!自分で向かって行くのではなく向こうから襲いかかってきているので、罪悪感も少ない! 

 と言うわけで。俺は自身のレベルアップも兼ねて、襲いかかってきた魔物を残らず倒して捕食しながら進んでいくことにした。

 そのおかげもあってか、さらに数日かけてもう一つ上の階層に辿り着く頃には

・〈毒液〉

・〈超音波〉

・〈筋力増強〉

・〈表面硬化〉

・〈爆破粉塵〉

・〈水中呼吸〉

・〈投擲〉

などのスキルを獲得。

 さらに解説曰く、このスキル同士を『統合』することでより強力なスキルに進化させることができるらしいので、即座に実行。

 追加で

・〈爆発反応装甲〉

・〈液体操作〉

・〈毒弾〉

・〈生体探知〉

・〈脆弱箇所探知〉

この5つのオリジナルスキルを獲得。

 結果的にスキル大量!擬態できる魔物の種類も増えた!流石、天然のレベリングポイント!頑張った甲斐があったってもんだよ!

 本当に道中大変だったよ!翼の生えたでかい蛇に丸呑みにされたり、ゴリマッチョなネズミにボコボコにされたり、無駄に素早い亀に吹っ飛ばされたり、長い尻尾の生えた熊にぶん殴られたり!

 本当に死ぬかと思ったよ!なんなら普段自分から口を開かない解説が身体の状態を報告してきたついでに、


<…苦言。貴方は、自らの体を好んで痛めつける趣味でもあるのか?>


とか言われたよ!

 いや、俺にそんな趣味はないよ!?…時たま激ムズの死にゲーを一切嗜む癖こそあるけど、気本的に痛いのは嫌だよ!嫌すぎて注射は愚か、採血もできればしたくなかったレベルだよ!?健康診断の採血とか毎年地獄だったレベルだよ!?


<報告。魔力の貯蔵量が一定値に到達。固有技能(ユニークスキル)悪食舌(エビル・トング)〉を獲得。>


 とかなんとか叫んでいたら、そう叫ぶ原因を作った解説がさらに口を開いた。

 俺が戦闘と捕食を何度も繰り返していたお陰で、いつのまにやら俺の魔力が一定範囲まで溜まっていたらしい。

 そのお陰で、何やらまた訳のわからないスキルを獲得した。

 そもそも…また聞いた事のない単語が飛び出して混乱している。


 固有技能(ユニークスキル)?一体他のスキルと何が違うんだ解説!


<解答。固有技能(ユニークスキル)とは、特定の種族のみが習得可能なスキルのこと。この分類に属するスキルは、そのスキルに対応する種族でなければ習得することができない。>


<ユニークスキル悪食舌(エビル・トング)は、ショゴスのみが習得可能なスキル。>


<伸縮性の触手を一本、超高速で放つことが可能。触手の範囲は半径5m。なお威力は使用者の力量に左右される為、現状では安定した火力を期待できない点に留意。>


らしい。

 …うん。微妙。

 まあ、できることが増えただけでも格段に楽になるよ?いやむしろ俺にとっては数少ない攻撃手段。あった方が断然ありがたい。

 でもな…なんか思ってたんと違う。

 特定種族しか習得できないスキルって聞いて、俺はてっきりもっと使い勝手のいいスキルを想像していたが…。

 半径5mの範囲は中々に魅力的だ。色んな魔物と連戦して実感したが、長射程からの攻撃は単純に強い。

 どんなに一撃の火力が高い敵と遭遇したとしても、その攻撃も届かないような距離から一方的に攻撃できる。

 パイルバンカーとの併用ができれば、火力と射程を両立しながら戦うこともできるだろう。

 ただ……チート級かと言われればそれは絶対に違う。

 なんだろう…こう言う習得の限られるスキルとかってもっと強力な効果ばっかなんじゃないの?あれ?俺がなろう系の異世界転生小説を読みすぎているだけ?


 ただまあ、何はともあれ…できることが増えたお陰で洞窟探索は格段に楽に(なお移動速度は依然として変わらず)なり、俺はズンズンと奥に進んでいくのだった。

 襲いかかってきた魔物相手に新しく手に入れたスキルを試し、屍を捕食することで魔力と傷の回復を図りながら、少しずつ、だが確実に上へと昇っていく。


___そして、その道中で。俺はそいつを見つけてしまった。


 そいつは洞窟の暗がりの中に居た。その暗がりから、ぐちゃぐちゃと何かが響いてくる。粘着質な何かを潰し、引きちぎるような。まるで…何かを咀嚼するような音が響いてくる。

 その後ろ姿を見たことがあった。それも、この姿に転生してから何度も見てきた背中だ。

 しかし、これまで見てきたどの個体とも違う。

 明らかに何かが違う。詳しく言うなら、雰囲気がだ。

 何故だか分からないが、体から嫌な汗が吹き出してくるような感覚がする。自身の本能が、あいつとは戦うなと警告している。


<解析完了。情報を開示。>

<種族名:洞窟狼犬(ケイブドック)

ランク:1>


<警告。対象体内より、通常の5倍相当に匹敵する量の魔力を検知。非常に危険度の高い個体と判断。>

<推奨。逃走、及び要警戒。>


 張り詰めた空気の中、頭の中で解説がそう告げてくる。どうやら自分が感じていた謎の違和感は、あながち間違いではなかったようである。

 この犬っころ…もといケイブドックは、今まで何度も退けてきたそこらのケイブドックとは違うようだ。

 しかし、通常の5倍の魔力とは…思わずふざけているのかと問いたくなるレベルである。

 さらに不運は続く。今まで一心不乱に魔物の肉を貪っていたケイブドックがその手を止め、不意にこちらに振り返ったのだ。どうやら気づかれたようだ。

 振り返ったその顔は、普通と明らかに違って見えた。

 だらしなく開いた口からは唾液が止めどなく垂れ続け、眼球は落ち窪んで穴が空いているように見える。

 その顔は見るからに不気味で、そして酷く…幸福そうに見えた。

 これまで襲いかかってきた魔物達…生きるために、餌を捉えるために必死に襲いかかってきたこれまでの魔物達とは明らかに違う感覚。

 次の獲物を見つけた喜び、興奮…まるで新しい玩具を与えられた子供を前にしたような感覚。猫じゃらしを必死に目で追う猫を見ているような気分だ。唯一違うのは、その猫じゃらしの役が自分であると言う点だけである。

 目の前にいるその魔物が、これまで幾度となく退け、捕食してきたそれらと全く別の魔物に思えてくる程に、目の前の魔物の放つ殺気はとてつもない物であった。


<報告。対象の一部解析に成功。全身の筋繊維、及び肉体の異常な肥大化を確認。通常種と比べて約3倍。>

<推奨。t_>


 解説がそこまで言いかけた、まさにその瞬間だった。

 俺の目の前に広がったのは、巨大な爪…。

 いうまでもないだろう。奴の…ケイブドックの鋭い鉤爪が、もう既に目の前まで迫っていたのだ。

 そしてもう一つ。もうここまで来れば、何が言いたいのか察しが付くだろう。

 この体では!回避が!できないんだよぉぉぉぉぉ!

 勢いよく振り下ろされた鉤爪が俺の体に突き刺さり、そして勢いに任せて容赦なく泥の体を抉り取っていった。


 ぎゃぁぁぁ痛ぁぁいっ!!!


<警告。今の一撃により、肉体の30%を消失。生命維持に支障はないが、これ以上のダメージは危険。>

<推奨。攻撃の回避、及び早急な離脱。>


 頭の中で解説が淡々と案を述べてくる。敵の攻撃を回避をしながら戦闘から離脱しろと。

 本当にその通りだ。

 一体このケイブドックに何があったのかは分からないが、現状でそれを調べている余裕はない。

 今こいつと真っ向正面から渡り合って勝てる見込みは低い。力の差が歴然すぎる。レベル10くらいに上がったばかりの勇者が、推奨レベル17の敵と初見で戦うようなものだ。

 勝てなくもないが、現実的ではないレベル。今の状況がまさにそれだ。

 本当に逃げるのが一番得策のようだ。魔力の消費が激しいからあまりやりたくないが、この際だ。贅沢なことなど言ってられない。

 そうこう考えているうちに、目の前に再び鉤爪が…

 2撃目だ!

 そう思考が追いついた直後に、体の泥が再び大きく抉らられていく!


<警告。肉体の15%を消費。これ以上のダメージは危険。>


 再び頭に解説の声が響いて来る。

 先ほどより深く抉れなかった為に肉体ダメージも15%で済んだが、これ以上は本気でヤバいかもしれない。

 ケイブドックはと言うと、鉤爪を大きく振り抜いてから追撃を入れてくることはなかった。

 ではなにをしているのか?ただそこに佇んでいた。

 吠える訳でもうなる訳でも、はたまた威嚇する訳でもない。

 ただその場で何もない壁を見つめて、直立不動で佇んでいた。

 …何しているんだ?あいつ…。


<不明。身体構造上、攻撃後に大きな隙を晒す魔物は存在するが、対象の行動はそれによって発生する隙とは一致しない。>


 つまり、体の構造の関係で隙ができている訳じゃない?

 じゃあ尚更、あいつは壁に向かって何をしているんだ?


<不明。理解不能な行動。>


 追撃しようと思えばできるが、それをしない。

 単純に獲物を弄ぶ趣味があるのかとも思ったが、それならなんでわざわざ壁の方を向いているのか?

 謎は深まるばかりであるが、今この状態は紛れもないチャンスだった。

 思考を切り替え、俺は【擬態】を発動させる。

 擬態するのは、もちろん一番移動の速い魔物。

 そう!ケイブドックだ!

 魔力を常に消費し続けるためあまり使いたくないが、この際だ!この足の早さを存分に生かしてやる!

 擬態完了と共に俺は地面を蹴り、一目散にその場から逃げ出したのだった。

 そしてその後を、正気に戻ったケイブドックが雄叫びと共に追いかけてきたのだった。


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