4、初戦闘
現在、俺が俺が泥の怪物…ショゴスとか言う化け物に転生してから約三ヶ月とちょっとが経過した。
実際には98日目らしいが、そんな細かい事は別にどうでも良いだろう。別に時間に追われているわけでもないし、何日経過しようが今の俺にはどうでも良い話である。
なんで前よりも正確に時間を断言できるようになっているのかだって?
それもこれも全て俺のスキル、『解説』に聞いたからだよ!
いやー、すげーよこのスキル!それなりに便利!超便利とまでは言えないが、前世でスマホに搭載されていたAIよりも活用しているかもしれないレベルには便利!
俺が得た知識に関する事しか答えてくれないのが難点だが、それでも現段階でそれなりの情報を得る事ができた。
まず、この世界にはやはり俺以外にも化け物…もとい『魔物』が存在しているようだ。
魔物にも様々な種類が存在しているが、魔物は体が魔素と呼ばれる物質で構成されていることは共通しているらしい。
ちなみに魔素とは空気中の酸素や二酸化炭素に含まれており、主に魔力の素となる物質だ。この世界のほぼ全ての生物は魔素を魔力に変換して体内に蓄積する力を有しているらしい。
スライムやハイヨルネンエキと言った流動体のモンスターはこの魔素を活動エネルギーに変換することができるため、特に食事や排泄を必要とせずに活動できるようだ。
俺の種族…ショゴスもこの特性を持ち合わせているようだが、他の流動体系の魔物と比べてその変換効率が桁違いに良いらしい。
そして魔素の変換効率が良いとどんな良いことがあるのかというと…
<解答。魔素の変換効率が良いことによって得られる恩恵は、あなたの場合は特にない。>
…だそうだ。
いや、何も無いんかい!
そう、何もない。誠に遺憾なことではあるが、変換効率が良いからといって特に魔力の回復が速いとかの恩恵はないらしい。
そしてその『恩恵が無い』と言う点が、俺が他の魔物と決定的に違う点だと解説は言う。
なんでも俺が思った通り、魔物は基本的に魔素変換効率が良い方が魔力や傷の回復が早いという恩恵があると言う。
しかし、俺にはそれがない。魔素変換効率は桁違いに良いが、それによる恩恵は特に無い。
ではせっかく効率よく変換した魔力はどこに消えているのか。
曰く、変換された魔力の半分は体内に保有されているが、もう半分は常時自動発動している『一にして全』の維持に回されているらしい。
一にして全。『自分を見失わない』という効果を持った俺の保有するオリジナルスキルだが、これが本当に理解できない。
意味合い的に自分を見失うとは『自分自身の本来の考え方や価値観、自己イメージ、目標や希望など、自分自身の基盤となるものがわからなくなったり疑わしくなったりする状態』の事を指すが、本当にそれが起こらないようにするだけのスキルなのか?
仮にそうだとしたら、その程度の効果のスキルを維持するためだけに俺の魔力の半分持っていかれていることになる。
なんか…そう考えると俺の保有スキルって凄く微妙な気がしてきた。
普通のスキルはまあ可もなく不可もなくな性能をしているが、オリジナルスキルが微妙だ。
『解説』はまあ使える部類だとして…問題は一にして全だ。先ほども言った通り、意味がわからないくせに保有魔力を半分も持っていってる。
せめて常時発動のON ・OFF切り替えができれば、こんな悩む事でもなかったのだが…。
…さて、そんな事はさておき、俺は相も変わらず洞窟の外を目指してせっせと地べたを這いずり回っている。
解説からの情報開示で分かったことだが、どうやらこの洞窟は地上の入り口から地下に向かって伸びている構造らしく、地下に向かうにつれて自生している植物や魔物が少なくなっているらしい。
なんでも俺が目覚めた洞窟の最奥は魔素の濃度がとんでもないレベルで高く、通常の魔物や植物は魔素濃度の高すぎる場所では生きていけないとか。
過剰摂取は体に毒、と言う奴だろうか?
何はともあれ、出口は上!そうとわかれば話は早い!
と言うわけで俺は今度は上を目指してみることにした。
…しかし、普通の魔物は高すぎる魔素濃度の中では生きていけない。
そして、この洞窟の最奥…つまり俺が目覚めた場所がまさしく『魔素濃度の高すぎる場所』に当たる場所だった。
普通の魔物が生きていけない場所でも平然と生きていけた俺って、本当に何なんだろうな…。
スライムとかには目も牙も無いらしいが、俺にはそのどちらも存在している。と言うか、目玉や牙に関してはもういくつあるのってレベルで生えている。
もちろんスライムみたく熱感知とかもできるので一概に非類似点しかないと言うわけでは無いのだが…。
…と、そんな事を考えているうちに、だいぶ上の方まで登ってくる事ができた。
流石上の方だな。確かに最奥の方と比べて、若干空気が軽くなったような気がする。
天井も鍾乳石が無くなって少し広く感じるし、何より少しずつだが草が生えているところが増えてきている。
これはもう、一つ上の階層にきたと見て間違い無いんじゃ無いか!?
この調子で進んでいけば、そう遠くないうちに外にも出られるはずだ!確証は無いけどなんかそんな気がする!!
よーし、俄然やる気が出できた!そうと決まればやることは1つ!このままガンガン進んで外を目指す!
ただそれだけだ!いくぞぉぉぉぉ!!
<警告。周囲に生体反応多数。この階層から他種族の魔物が多数出現すると予測。>
<推奨。周辺の常時警戒。>
…………と、意気込んで突っ込んでいった数分前の自分を思い切りぶん殴ってやりたい。
今俺の目の前には、めちゃくちゃでかい狼?みたいな魔物が突っ立っている。
…殺意しか感じない視線をこちらに向けて、鋭すぎる牙が並ぶ口からだらしなく涎を垂らしながら…。
俺の馬鹿!!阿保!間抜け!本当に殴るべきはクソ野郎じゃなくて数分前の俺自身だよ!
だから解説も言っていたじゃないか!周囲を常に警戒しろって!!
あー、どうすんだよこれ…。こいつ、絶対逃してくれる気無いよ。
めっちゃ涎垂らしてるよ…なに、腹減ってるの?
だからって食うものはもっとしっかり選んだ方がいいよ?
ほら、俺泥だよ?食うところないよ?
…駄目だ、全く聞いていない。いや、言葉にして無いから通じる訳がないんだが…。そもそもこいつがまともに話を聞いてくれるような質にも見えない。
そんな事を考えてると…。
アオォォォォォォン!!
雄叫びと共にそいつが襲いかかってきた。
待て、こいつ、意外と早い!!
そもそもの話、這いずることしかできない鈍足すぎる泥にまともな回避行動など取れるはずがなく…。
俺はいとも容易く狼の接近を許し、無防備な状態のまま懐に潜り込まれた。
涎に塗れた鋭い牙を携えたギロチンの様に強力な顎が、これでもかとばかりに上下に開かれる。
すれ違いざまにその顎は勢いよく閉じられ、巻き込まれた俺の肉(泥)をまるで引きちぎるように持って行ったのだった。
ぎゃぁぁぁっ!痛い!
大型の犬に噛まれて振り回されたみたいな激痛が俺の体に走る。
いや、そんな例えじゃ生ぬるいくらいに痛い!とにかく痛い!
そんな大袈裟なとか、みんなは思っているかもしれない。だが!これは決して盛っているとかじゃなくて普通にこの反応なのだ!
人間で例えるなら、普通の一般人がいきなり狂人に襲われて体の肉を皮膚ごと持っていかれたようなものだ。こんな反応になるのも納得するだろう。
そして俺の体を食いちぎった狼はと言うと…そんなふうにのたうち回る俺をよそ目に、今引きちぎった俺の体(泥)を咀嚼している最中だった。
…あ、吐き出した。
あっそう。不味かったのね。
いや、それはそうだろ。黒い泥なんだから不味いに決まっていだろう。なんか目玉とか牙とかも一緒に何本か持っていかれたし。
ちなみに目玉を一つ持っていかれたが、視力に異常は全くない。
そもそも俺の体には目と牙はいくつも生えている。いくつか持っていかれても何ら支障はないと言う事だろう。
そして犬っころは再び俺の方に向き直ると…再び鋭く光る牙を見せた。
こちらから見ると、どうも口角を釣り上げて笑っているようにしか見えない。
なに?もしかして、俺は玩具に昇格した?食う分には不味いけど、動くおもちゃにしては優秀だってことか?
野郎、人の体を食いやがった挙句に弄んでやるからかかって来いって言いたいのか?
上等じゃないか犬っころが…こう見えても俺は学生時代に『よくキレるナイフ』と呼ばれてみたいと本当に一瞬だけ思った男だ。この程度の犬っころ相手に尻尾巻いて逃げるないてことはしない。犬っころのくせに俺を舐めた事を後悔させてやろう。
狼はこちらを見つめたまま低く唸り声を上げている。
どうやら、これから俺をどう調理するかを考えているようだ。
ありがたい。襲いかかって来ないというなら、こちらも対策を練る時間がある。
まず、逃げるのは不可能だ。俺の足の遅さだと、逃げてもすぐに追い付かれるのがオチだろう。
同じような理由で、かかって来る前に先制攻撃して速攻で沈めると言うのも現実的ではない。
となると必然的に取れる策は限られてくる。何はともあれ、まずは自分の攻撃手段を確立しなければならない。
解説。俺の今持っているスキルで、なにか攻撃につかえそうなスキルはないか?
<解答。液状流動体にて、体の形を変化させることは可能。なお、攻撃用のスキルでない点に留意。>
なるほど!体の形を変えられるのか!よし、それなら少しは希望が見えた!
どこかのすごい人も言っていたはずだ。『戦いで最も重要なのは想像力だ』と。
想像しろ。体を変化させて、自分自身が武器になるイメージを作り出せ。
こちらから向かって行ったって当たるわけがない。狙うはカウンター。相手が襲いかかってきたタイミングで、力の限り渾身の一撃を叩き込む。
よく見ろ!敵のうg…
そう考えていた次の瞬間に、狼は目の前にいた。
瞬間移動した?いや違う。単純に俺が全く予想していないタイミングで狼が襲いかかってきたので、敵が一瞬で目の前に移動してきたように見えたのだ。
言ってしまえば、今度は単純に意表をつかれたのだ。
多分戦い慣れている奴なら、今の状況でも冷静に戦況を分析して的確に対処することができただろう。
だがそこは俺だ。生まれてこの方戦いは愚か、喧嘩だってしないで生きてきたのだ。そんな奴がいきなりこんな戦場に放り込まれたら、そりゃこうなるのも納得だろう。
再びギロチンのような牙が迫る。今度は体の先っちょとはいかないだろう。体のど真ん中を持っていかれるかもしれない。
…いや、まだだ。まだ噛まれると決まった訳じゃない。諦めたらそこで試合は終了する。
それに、元からこいつが飛びかかって来るのを待っていたんじゃないか。
いくら意表をつかれたとはいえ、最大の攻撃チャンスであることには変わりない。
鋭い牙を携えた口が、全体重と速度を乗せて迫ってくる。
だがまだだ。まだ遠い。体が触れるギリギリを狙って一撃を叩き込む。
一撃で敵の身体を穿つ。そのための武器がいる。敵の守りも関係なしに、全てを貫く強力な武器が。
全神経を眼前に集中させる。想像するのは常に最強の自分。
飛びかかる狼の牙は閉じられる。そしてその瞬間を俺は待っていた。
全体重と速度が、前方の一点に集中するその瞬間を。
直後に俺の体から巨大な槍のような形状の触手が飛び出し、飛びかかって来た狼の口内を勢いよく貫いたのだった。
狼の体が中に浮いたままビクビクと痙攣している。触手は狼の牙を砕き、口内を貫通して首の後ろから飛び出していたが、それでも瞬殺はされなかったらしい。
なんだろう…向こうから襲いかかって来たから対処したけど、このまま吊るしておくのもなんだかかわいそうになってきた。
今度は貫ぬいた触手に魔力が集まるようにイメージする。
触手の先端に魔力が集まって眩い光を放ち、そして…。
そのまま爆発した。
爆発の規模は小さかったが、まるでアニメでよく見るような光が集まって爆発する演出のまんまだった。
まともに受けた狼の亡骸が上から降ってくる。
その死骸に、首から上はない。あの爆発で跡形もなく吹き飛んだのだろう。
なにはともあれ、一応危機は脱したようだ。
さて、次にこの狼の死骸なんだが…。
確か解説曰く、生物を捕食すると魔力量が増えて、さらにその生物に擬態もできるようになるんだったっけ?
えっと…じゃあこの死骸は食べておいた方がいいの?
いや…抵抗が凄いな…。いや食べておいた方が絶対にいいとはわかっているんだけど、死骸を食べるのか…。
致し方ない…。俺は意を決して口を開き、狼の死骸をその中に押し込んだ。
おぐっ…あまりおいしくはないな。肉は全体的に泥臭くて生臭い。体内で感じる狼の体が溶けて広がっていく感覚も、あまり気分の良いものではない。
<捕食成功。情報を開示。>
<種族名:洞窟狼犬
個体識別名:無し
ランク:1>
<肉体の読み取りに成功。ケイブドックへの擬態が可能。>
<魔力量の上昇を確認。スキル『パイルバンカー』を習得。>
おお、なんかあの犬っころに擬態できるようになったみたいだ!
これで少しは足が速くなるから、洞窟の移動が楽になりそうだな!
あとはなんかスキルも習得できたみたいだが、これはどういった効果なんだ?
<解答。
スキル名:パイルバンカー
一点に体内の魔力を集中させ、爆発するスキル。魔力が集中している部分に衝撃を加えることで、その部分を爆発させることも可能。>
ほう。つまり、俺がさっきやったみたいなことができる…って事か。
よし、こいつは戦闘面で役に立ちそうだ。攻撃手段がないと自衛もできないしな。
こうして俺は新しいスキルと擬態能力を手に、洞窟をガンガン上へと登っていくのだった。