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1、さいなら現世

一瞬だけ誰かに呼ばれた気がして、俺は目を覚ました。

 いや、気がついたと言うべきだろうか?

 辺りは暗く、どこまでも広がる闇が広がっていた。と言うより、体が動かない。体の感覚が一切ない。金縛りのような感覚とも違う。まるで体が宙に浮いてフワフワしているような、夢を見ているかのような不思議な感覚だ。

 俺は何故こんなところにいるんだ?と言うより、こんなところで何をしていたんだ?

 今日は普段と何ら変わりの無い平日だ。今の時間帯は…多分昼くらいか?となると、普段なら俺は会社の屋上で睡眠をとっている時間帯のはずだ。

 となると、やはりここは夢の中か?実は俺は夢を見ているだけで、体の方は会社の屋上で眠っているだけか?

 それなら色々納得ができる。このよく分からない謎の暗闇空間も、体に一切力が入らないこの状況も全てが夢だとするのなら、事の全ての状況に合点がいく。

 いやぁ、やっぱりいつの世でも夢オチって便利な物なんだな。

 …ってちょっと待て!仮に全てが夢オチだとしても、この状況はなに1つ解決していないじゃないか!

 そもそもなに?本当に仮に夢だとして、どうやってこの夢から覚めれば良いの?

 あんまり長いこと眠っていると昼の仕事に間に合わなくなるから、できる事ならさっさと目覚めたいんだけど?

 全く、一体いつから俺はこんな夢を見て……ん?ちょっと待てよ?

 その瞬間、俺はある種の違和感を覚えた。

 俺はさっきからこの状況を勝手に夢だと思い込んでいたが、そもそもこの状況が夢だという確証はどこにもない。

 明らかに現実離れしている事ではあるが、実は現実でしたってパターンも存在するはずだ。

 ちょっとこれまでのことを落ち着いてもう一度思い出してみよう。

 確か、今日は普段と何ら変わりの無い平日のはず。俺は会社に行き、普段通り仕事をして、普段通り休憩に入り、屋上で昼食をとった。

 そして後輩の異世界転生の話に付き合い、何気なしに屋上の鉄柵に寄りかかった。

 …そうだ、鉄柵に寄りかかったんだ。

 そこまで考えて、俺は思い出した。思い出してしまったんだ。俺が何でこんなところにいるのか。あの後、俺はどうなったのかを。

 俺は、既に死んでいるのだ。

 突然何を言い出すんだこいつはと思う人もいるかもしれない。だが残念。これは紛れもない事実だ。

 普段と何ら変わりのない平日の昼休み。俺は何気なしに屋上の鉄柵に寄りかかった。

 今思えば、ほんの少しは警戒するべきだったと思う。いや、そもそもこんな唐突すぎる事を警戒しろなんて方が無理だと思う。

 まさか寄りかかった瞬間に老朽化した鉄柵が折れて、そのまま落下するなんて、普段から警戒しろとか無理な話だろ。

 ましてや、それが普段から何も考えずに利用している場所となれば尚更だろう。

 いやぁしかし、落下中の体感時間って意外に長いんだな。しっかり屋上からこっちを覗き込んできた後輩の青ざめた顔も見ることができたし、なんなら落下中に走馬灯を確認できるだけの余裕もあった。

 まあそんなこんなで、俺は死んだ。8階建ての屋上から真っ逆様に落下して、そのまま地面に叩きつけられて死んだ。ただそれだけの話であり、それ以上の何もない、ただそれだけの話である。

 …いやちょっと待て!何がそれだけの話だ!全然それだけで済ませて良いような問題じゃねぇだろうが!

 むしろ悪化してるよ!昼の仕事に遅れるとか、そう言う次元の問題じゃなくなっているよ!

 え、何?俺、終わり?俺の人生これで終わり?

 いやその前に、この状況はどうすればいいの?

 辺りは一面に闇が広がっている。一切の光も無い。体も動かない。それ以外に何もないし、どうすることもできない。

 もしかして、これって既に詰みってやつ?もう今更焦ってもどうにもならないし、どう願ってももうどうしようもない感じ?

 全てを諦めて、何もないこの場所で何か起きるのを待つだけな状況?え、100%耐え切れる自身がないんですけど?絶対途中で発狂する自信しかないんですけど?


〈報告。死亡を確認しました。転生を開始します。〉

〈世界とのリンクを開始。及び肉体の再構築を並列処理として行います。〉


 …ん?

 その瞬間、俺の頭に何かが響いてきた。

 何だかすごく機械的な、システムボイスみたいな音声が頭に響いてきたような気がした。

 そして何だかよく分からないが、そいつが転生とか意味わからない事をほざいた気もする。

 そもそも何?なんか勝手に色々進んでいきそうだけど、俺に選択権と呼ばれるものは無いの?


〈…エラー。不明なエラーが発生しました。〉

〈肉体の再構築に失敗しました。肉体の再構築を再実行。〉 

〈…エラー。不明なエラーが発生しました。〉 

〈肉体の構築率、現在42%。これ以上の実行は好ましくないと判断。〉

〈肉体の再構築を棄却。現状において、肉体情報を登録します。〉


 …いやちょっと待て!

 何を言っているのか何一つわからないが、1つだけ突っ込ませて欲しい。

 100歩譲って勝手に色々すすめていくのはまあ良いとしよう。そもそも止めようにも、こっちは体が動かないからどうしようもないしな。

 うん…でもな。勝手にやるなら、せめてしっかりやってくれないかなぁ!

 なんかさっきからよく分からないエラーが発生しているらしいし、肉体の再構築に失敗とか言ってたみたいだよね?

 しかもお前、その状態で強引に項目進めやがったよね!?

 肉体の再構築42%とかの状態でなんか分からんけど登録しやがったよね!?

 てか今更だけど何だよ転生って!俺をこれからどうしようとしてんだ!

 まずは何でもいい!簡単にでも良いから状況の解説をしてくれ!


〈了解しました。オリジナルスキル『解説』を習得しました。〉


 待て待て待て待って!

 一体何を了解したんだお前は!一体何を了解して何をしたんだ!

 オリジナルスキルって何?解説って何?なんかよく分からん言葉がさっきから出てきて俺の頭は混乱してるよさっきから!


〈続けてスキルの習得を行います。〉

〈オリジナルスキル『一にして全』を習得しました。〉

〈スキル『流動液状体(リキッド・ボディ)』を習得しました。〉

〈スキル『灼熱適応』を習得しました。〉

〈スキル『極寒適応』を習得しました。〉


 頭の中の声は、相も変わらず俺の心の叫びをガン無視して何かの作業を進めていく。

 どうやら本格的に俺に選択権というものは存在しないらしい。ただ一つ、何かよく分からない物を習得したと言う事だけは理解できた。


〈スキルの習得が正常に成功しました。〉

〈世界とのリンクが完了しました。転送座標の固定を開始します。〉

〈…エラー。不明なエラーが発生しました。〉

〈システムに深刻な障害が発生しています。原因の分析、及び問題の解決を行います。〉

〈システムに深刻な障害が発生しています。自動復旧プログラムを同時処理開始。〉

〈世界とのリンクが不安定です。処理を決行しますか?〉

→YES


 だからぁ!勝手に進めるのはもう構わないけど、せめてその意味不明なエラーが出ている状態で物事を進めるのはやめろ!

 何かわからないけど、とにかく色々不安で仕方がない。

 人は自分が理解できない物をとことん怖がる性質がある。

 本当に、何かやるなら最初に何をやるかの説明が欲しいものだ。


〈世界とのリンクが完了しました。これより転生プログラムを起動、実行します。〉

〈…エラー。不明なエラーが発生しました。〉

〈システムに深刻な障害が発生しています。直ちにプログラムの使用を停止してください。〉

→NO


〈否定。プログラムの強行発動を提案。〉

〈認証しました。プログラムを強制発動します。〉


 待ってくれ貴様!

 システムに深刻な障害が発生しているって言われていたじゃねぇか!

 しかもわざわざ直ちにプログラムを停止しろとか言ってくれてたよね!?

 それをなぜ否定する!なぜ無理矢理にでも強行させようとする!

 お前は良いかもしれないけど、俺はそうはいかないんだよ!不安しかねぇよ!怖ぇよ!恐ろしいよ!


〈転生プログラムの起動に成功。これより、世界への転送を開始します。〉

〈…エラー。不明なエラーが発生しました。システムの判断に従い、世界への転送を強行します。〉

〈…エラー。システムに深刻な障害が発生しています。〉


 直後、俺の視界を眩いばかりの閃光が包み込む。

 自分の中に何か別のものが入って来るような嫌な感覚が全身を駆け巡り、それに伴って意識が徐々に遠のいていく。


〈エラー〉

〈転生に失敗しました。〉


(ああ、今度こそ本当に死んだ)


 既にツッコミを入れる力も残っておらず、まるで何かに流されるように俺は意識を手放した。

 こうして俺は死んだ。

 何の誇りも何の取り柄も持たず、代わりに特段劣った点も持ち合わせていない。

 あまりにも平凡であまりにも突出点の無い男の人生は、会社の屋上からの落下死と言う形で幕を閉じた。

 こうして、俺という極々普通の男は世界から永久にその姿を消したのだった。


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