0、異世界転生の話
「先輩は、異世界転生とかって興味ありますか?」
普段と何ら変わり映えしない平日の昼下がり。会社の屋上で仲のいい後輩がノベル本片手にそう聞いてきた。
僅か2時間程度の貴重な休憩時間。俺が睡眠時間獲得の為にと必死に弁当をかきこんでるその横で、毎日のようにこいつは呑気にラノベなんて読んでやがる。昼食は取らない派だと言ってはいるが、毎日仕事してよく腹が減らないものだと思う。
まあかく言う俺も、食べておいた方が楽だから食っているだけだあって、昼飯の一つくらいなら抜いても何も問題は無いのだが。
「興味はあるよ。…だが信じてはいない。」
「あら、それはまた意外ですね。てっきり異世界なんか興味ねぇとか言いそうだなとか思って聞いたんですが。」
こいつの中で俺は一体どう言う性格に思われているのだろうか。そもそもそんな幻想に興味のない現実主義者なら、きっとこいつと仲良くなんてできていないだろうと思う。
先ほども言った通り、異世界への転生自体は信じていない。だが興味は無いかと言われれば、それは嘘になる。いやむしろ、転生して人生をやり直せると言うのなら是非ともそうして貰いたいほどである。
これまで何の取り柄もない平凡な一般人として生きてきた。特段勉強や運動ができたわけでも無く、特段バカで運動音痴と言うわけでもない。ただ普通に義務教育を終え、彼女を作ることも青春を謳歌することもなく高校を卒業し、大学に行くこともなくそれなりに条件の良いこの会社に新卒で入社して早8年。特に人に自慢できる事もなく、ただひたすらゲームと漫画と小説にハマりながら生きてきたのだ。もしも転生した異世界が魔法と冒険に満ち溢れたファンタジーな世界だと言うのなら、俺は迷わず転生を望むだろう。
「ほら、前に先輩言ってたじゃないですか。転生ものの創作はつまらないって」
「話を間違って解釈するなよ。俺は、転生ものの主人公はチートで無双するからワンパターンだって言ったんだよ」
個人的に主人公が最初から最強系の転生ものはそれなりに多いと思う。チートスキルを持って転生したとか、体内に宿してる魔力が多すぎて敵なしとか、最初からレベルカンストで転生とか…。
勿論、別に嫌いなわけではないが、何だか物語の展開がワンパターンになってしまっている気がしないでも無いのだ。
「それじゃあ先輩は、もし異世界転生する事になったら何もないクソ雑魚種族に生まれ変わりたいんですか?」
「それは嫌だな。貰えるものは全て貰っておきたい。あー、ただ…誰も持っていないものを持って生まれ変わりたいかな。」
取り柄と呼べるような大層なものもない、普通すぎる人生だ。仮に生まれ変わりが可能だと言われたら、今度は何か一つでも誇れるものを持って生まれてきたい。世界を支配できる魔王のような強大な力とか、世界を救う選ばれし勇者の称号とか、そんな大層なものじゃなくていい。タダ一つ、自分ただ1人だけが持っている何かを持って生まれてきたい。自分が異世界転生に望むことと言ったらその程度だろう。
「…先輩の考えって、少し特殊ですよね。多くの人なら、そこで最強に生まれ変わりたいとか考えそうなもんですけど。」
「なんの取り柄もないままで平穏に生きてみろ。こう言う思考に行き着くのも納得するさ。」
休憩終了まで残り1時間半。昼食をとった後で少し眠たくなってきた。俺は欠伸と共に大きく伸びをし、そのまま屋上の柵へともたれかかったのだった。
『異世界転生したやつがチートスキルを持って成り上がる』
それが俺の考える、転生ものの認識だ。周囲のありとあらゆる物を軽々と吹き飛ばせる程の力。主人公を信頼する強力な仲間たち。それらをうまく駆使し、立ち塞がる障害を吹き飛ばし、名だたる強敵たちを薙ぎ倒して上へ上へと成り上がる。そんな認識だった。
色んな意味で、俺は転生を甘く見ていたのだろう。転生なんてフィクションの世界の話で、そう言ったフィクションの世界で転生した主人公たちは大体勝ち残る。そう考えていた。
だからこそ俺は、本当の「異世界転生」と言うものを、これから嫌と言うほど思い知らされることになるのだ。