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悪役令嬢エルメンヒルデの不幸  作者: ふぁる
第一章 煢煢の春
4/50

恐怖の生徒会室

 学園内で何かトラブルが起きた際は、学園の生徒会長であるレオンハーレン・キルシュライトに報告することとなっている。


 彼はこの国の王子であり、当然ながら攻略対象の一人でもある。


 ヒルデは生徒会室でベルーノに見張られながら、レオンハーレンが訪れるのを待つ羽目となっていた。


「全く、貴様という奴はどこまで皆に迷惑をかければ気が済むのか。殿下も不運なお方だ。この様な者を婚約者としてあてがわれたのだからな」


ベルーノが悪態をつきながらヒルデを睨みつけた。艶やかな黒髪を掻き上げて、面倒そうにため息を吐く。


「目ざわりなら関わらなきゃいいじゃない」


ヒルデが負けじと言い返すと、ベルーノは眉間に皺を寄せて憎しみを込めた視線でヒルデを見つめた。

冷たく、暗い憎悪の込められた瞳。それは明らかに殺意が込められており、ヒルデはゾッとして口を噤んだ。


「貴様の存在そのものが悪なのだ。殿下が貴様を擁護するからこうして生き延びる事が出来ているのだということを忘れるな」


——悪役だから仕方ないんだろうけれど、そんな風に言わなくたって。


 ヒルデは唇を噛みしめて俯いた。それでもベルーノからの憎しみを込められた視線が痛い程に感じる。


「貴様のせいで妹は……!!」


ベルーノが机に拳を打ち付け、その凄まじい音にヒルデは怯えて瞳を閉じた。


「あの日、貴様が泉に突き落としたせいで、妹は危うく死にかけたのだぞ!!」


 ヒルデの脳裏に、小さい背中を押す自分の両手の感覚が蘇った。震える手を見つめながら硬直したヒルデを見下ろし、ベルーノは舌打ちした。


「貴様が殿下の婚約者という立場でなければ、今頃断頭台に送られていたものを! 一体何故だ!? 何故妹をあのような目に遭わせた!?」


口を噤み、押し黙るヒルデに苛立ち、ベルーノは再び机を力任せに叩きつけた。ビクリと肩を震わせ、ヒルデは怯えて唇を噛みしめた。


——最悪だわ。男の人は、暴力的で恐ろしいもの……!!


 エルメンヒルデ・ハインフェルトとして生まれ変わる前、彼女は悲惨な人生を歩んでいた。物心がついた頃に母は父の暴力に耐えかねて、彼女を置いて出て行ってしまったのだ。満足に食事を与えて貰えず、父の暴力に晒される生活を送っていれば、どんな健常者でも身体に異常を来すのは当然の事だろう。

 しかし、彼女にはそんな知識すらも無かったのだ。自分は元々病弱な身体なのだと思い込み、周囲にも恵まれないままに短い一生を終えてしまった。


 唯一、父親が与えてくれたスマートフォンは彼女にとって最高のプレゼントとなった。恐らく通信キャリアで提供している割引制度目当てに購入してくれたのであろう。スペックの低い簡素な機器であったものの、そのスマートフォンでプレイする乙女ゲームが、彼女の心の支えとなったのだ。

 ヒロインに接する攻略対象達は皆優しく、彼女が一度も経験したことの無い『愛情』を向け、護り、慈しんでくれるのだから。


——それなのに、私は悪役に転生してしまった……。誰も悪役の言う事なんかまともに訊いてなんかくれないわ。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 ヒルデがガクガクと身体を震わせながらベルーノに必死になって何度も謝罪し始めた。それを見てベルーノは更に怒りを沸かせ、怒鳴りつけた。


「貴様はいつもそうだ! 謝ってばかりで何も言おうとしないっ!! 私は何故あんなことをしたのかと聞きたいだけだというのにっ!!」


ベルーノが怒鳴りつけるその言葉は、ヒルデの耳には届いていない。ただただ大きな声に怯えるだけなのだから。


「どうしたベルーノ。お前の声が廊下にまで響いていたが」


 生徒会室の扉が開き、凛とした声が放たれた。サラサラとしたアッシュブルーの髪を揺らし、紺碧の瞳をした男が入って来ると、ベルーノはさっと跪いた。アッシュブルーの髪の男はその様子を怪訝な瞳で見つめた後、ジロリと鋭い視線をヒルデへと向けた。

 男の名はレオンハーレン・キルシュライト。この国の第一王子であり、乙女ゲーム世界で言う、高難易度攻略対象である。


 そして、悪役令嬢エルメンヒルデ・ハインフェルトとは婚約者同士という設定だった。


「登園途中、エルメンヒルデ・ハインフェルトが、アルフレート・バーダーを谷へと突き落とした疑いがあり、こちらへ連れて参りました」


ベルーノの言葉にレオンハーレンは眉を寄せ、あからさまに不愉快そうに口元を歪めた。


「ベルーノ、それではそのアルフレートとやらは死んだのか?」

「いえ、それがどういうわけか無傷でして」


レオンハーレンは大きなため息を吐くと、アッシュブルーの髪の頭をわしわしと掻いた。


「ベルーノ、普通に考えてみよ。お前が脳筋である事は理解しているが、それにしても酷い有様だ。谷に突き落とされた者が無傷であるはずが無いだろう」


 レオンハーレンの言う事は尤もだ。ベルーノは唇をへの字に曲げると、苦々し気にヒルデを睨みつけた。レオンハーレンもまたヒルデへと視線を向け、うんざりしたようにため息を吐いた。


「さあ、ヒルデ。登園初日の説明会が始まってしまうぞ。生徒会長としてボイコットすることを了承するわけにはいかぬ。教室へ戻れ」


「はい、殿下! 有難うございますっ!」


ヒルデはハツラツと声を発すると、素早く立ち、一目散に生徒会室を後にした。


——あんな息の詰まるところ、一秒だって長居したくなんか無いわっ!


 あっという間に立ち去って小さくなったヒルデの背を見送りながら、レオンハーレンはコホンと咳払いをしてベルーノを見つめた。

 因みにベルーノとレオンハーレンはヒルデの一学年上という設定であり、今日は新入生の入学式の為、生徒会員として登園していたのだ。


「それで? ヒルデには聞けたのか?」


レオンハーレンの問いかけに、ベルーノは気まずそうに顔を背け、「いいえ」と、先ほどとは裏腹にか細い声で答えた。レオンハーレンはベルーノの回答に苛立った様に眉を寄せた。


「何の為にわざわざ私まで巻き込んでこの部屋に彼女を連れて来たのだ!? お前はやはり馬鹿なのか!?」

「私もよく分からないんです! 何故かその……彼女を前にすると上手く伝える事ができぬのです……」


レオンハーレンは呆れかえって椅子に掛けると、アッシュブルーの髪を掻きむしった。


「お前の妹は、ヒルデに命を救われたのだろう?」


 ベルーノは俯き、観念したかのように瞳を閉じた。


「……はい。エルメンヒルデ嬢が妹を泉に突き飛ばしていなければ、襲い掛かって来た魔物の餌食となっていた事でしょう。しかし、代わりに彼女は妹を庇って傷を負ったと聞き及びます。なんとかお詫びをしたいとは思っているのですが……」


ベルーノは悔し気にぎゅっと拳を握り締めた。その様子を見つめながら、レオンハーレンは苦々し気に呟くように声を発した。


「……いや、お前の言いたい事は分かる。私も何故かヒルデを前にすると普段通りの自分では居られなくなるのだ。何か魔術にでもかかった様な、妙な気分になる」


 ゲーム上のキャラクター設定というものは悍ましい程に忠実なものだ。ヒルデがどれほどに危険を回避するために奔走しようとも、周囲のキャラクター達に補正が入り、ストーリーから逸脱する事ができないのだから。


 レオンハーレンとベルーノは溜息を吐き、この先の学園生活が平和であるよう心から祈った。

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