眩い男
「あ、あの。実はお願いがあるのです」
王族用貴賓室で、ルビー・グッドの出で立ちをしているジルに向かって、ヒルデは申し訳なさそうに言って溜息をついた。
「貴方の様な凄いデザイナーさんに、こんなことを言うのは失礼だって解ってはいるのだけれど。私、ドレスは要らないわ」
ヒルデの言葉に、ジルは怯む様子もなくポージングをしながら聞き返した。
「ンンン!? それは一体何故何故どうして!?」
「貴方がデザインしたドレスを、どうしても着るわけにはいかないの。ごめんなさい」
妙なノリの動きをピタリと止め、ジルがヒルデに椅子に座る様にと手で促した。ヒルデは遠慮がちに座ると、ふんわりと柔らかな座り心地に思わず感動した。
——王族用貴賓室の椅子は、人をダメにする椅子だわっ!!
「理由を聞いてもいいか?」
ヒルデの前に置かれている椅子に腰かけながら、ジルは静かに言った。勿論、正体がバレないように声色は変えている。
ヒルデはどう言ったら良いのか困ったが、身を乗り出して熱心に話し出した。
「私、ダンスパーティーには出ないつもりなの。だから、折角ドレスを作って貰っても無駄になってしまうわ」
「何故出ないんだ?」
ジルはヒルデの言葉を聞く事に集中している為、口調がいつもの様子に戻っている。だが、ヒルデはそれに気づかず俯き、押し黙った。
しんと静まり返った豪奢な王族用貴賓室は、客人が訪れているというのに、テーブルの上に茶の一つも用意されておらず、無言でいるには居心地が悪すぎる。気まずそうにしているヒルデに、ジルはため息交じりに問いかけた。
「あんたは、この国の第一王子レオンハーレン殿下の婚約者だろう? 誰もが羨む立場だってのに、何故そんな事を言うんだ?」
——そりゃあ、普通そう聞くわよね……。
ジルの問いかけに、ヒルデは意を決して更に言葉を発した。
「とても大切な思い出があるの。その思い出を上書きするわけにはいかないわ。殿下にはちゃんと伝えるつもりよ。罰せられても構わないから、どうしてもパーティーに出るわけにはいかないの!」
——今世でも、初めて踊る相手はジルじゃなきゃ嫌。我儘で勝手だって解っているし、いろんな人に迷惑をかけてしまうって事も解っているけれど、あの思い出だけはどうしても譲れないわ!
「思い出の上書き、か」
ジルが小さく呟く様に声を放った。
「あんたがそこまで大切にしている思い出なら、上書きなんかされねぇさ。思い出は増えていくものだ」
「思い出が、増えていく……?」
ヒルデの脳裏にジルと大イチョウの木の下で踊ったあの夜の光景が浮かび上がった。
サファイアブルーの髪留めに、白地に銀糸で刺繍の施されたコートを羽織ったジルは、いつもの様子とはまた違って魅力的だった。ピアスやスカーフリングも良く似合っていたし、いつもは無造作にしている髪も、その日だけはピシリと整えられていた。
——違う。そうじゃないわ。私、レオンハーレンにジルと同じ服を着て欲しくないんだわ。デザイナーが同じなら、同じデザインの服を作るはずだもの。
「増えなくていいのよ。増やしたくないのだから。大切な思い出は、一つだけあれば十分なの。貴方がデザインする服はとても素敵だから、だからこそ増やしたくないの」
ヒルデが言った言葉に、ジルは唖然とした。
莉は、ジル一人のみではなく多くの人に好かれる事を望んだ。それなのに、ヒルデは自分だけを望んでくれるのかと、戸惑い、それなのに突き放さざるを得ないヒルデに、申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
思わず俯き、ボソリと小さく呟いた。
「良い思い出は、沢山あればあるだけ良いと思っていたんだが……」
ジルもまた、ヒルデと共に泉の畔で踊った日の事を思い出していた。
遠くで奏でられている音楽に耳を澄ましながら、踊ったこともないつたない足取りの自分を、彼女はとびきりの笑顔で包み込んで、リードしてくれた。
黄金色のイチョウの葉をモチーフにデザインしたドレスは、彼女に良く似合っていた。
自分の瞳の色をイメージしたエメラルドの装飾品達も、ヒルデの美しさを一層引き立てる様に輝いて、レオンハーレンに討伐される運命を決めた事を後悔する程に、胸が痛むくらい愛しく感じた。
「そうか。確かにお前さんの言う通りかもしれねぇ。大切な思い出は一つあれば十分だ」
「思い出を彩る為のドレスもまた、大切な思い出の一つですもの」
ヒルデの言葉にジルは同意して頷いた。ヒルデが思い出の服に拘っているのだということが分かったからだ。
ため息をつき、もの悲し気に思い出に浸る。
だが、残念ながらふざけた恰好のせいで全てぶち壊しである。
ヒルデは目の前に座る金ぴか男から目を逸らし、早くこの時間が過ぎる事を強く願った。
ジルはヒルデが言った言葉に納得した様に頷いたものの、困った様にため息をついた。
「とはいえ、王族からの注文を無碍にできるほど、偉い立場でも無いんでね。一旦引き受けちまった手前もあるし、今更断る事なんかできねぇな」
——う……。確かにそりゃそうよね。
「単純に、私が断ったからではダメかしら?」
「それだとお前さんが咎められちまうだろう」
「別に構わないわ。ドレスを断ったくらいで殺されやしないでしょう?」
——私がレオンハーレンに嫌われたら、アマリアさんの方に目がいくかもしれないし!
不敬である。
「うーん、そいつぁ得策とは言えねぇな」
「どうして?」
きょとんとして小首を傾げたヒルデに、ジルは金髪縦ロールの頭を掻きむしった。
「お前さんが罰せられるのなんか望んでいないからさ。自分が幸せにしてやりたいと思っている相手が不幸になる姿なんざ、見たくねぇに決まってるだろう!」
何度も言うが、ジルは金ぴかの浮かれポンチ姿である。
ヒルデはクスクスと笑うと、「お客さんをとっても大事にしているのね。デザイナーの鑑だわ!」と言ってサファイアブルーの瞳を細めた。
——この人、なんだか話し方や声がジルに似ているわ。最初は変な人だと思ったけれど、凄く良い人みたい。
「考えてみたら、貴方にも迷惑がかかってしまうものね。良く無い案だったわ」
「まあ、そいつは構わないんだが……。よし、決めた!」
ジルはポンと手を打つと、ニッカリと笑った。
「良い案を思いついた。お前さんが忌憚なくドレスを着れて、ダンスパーティーにも出れる方法をな」
「どうする気なの?」
「まあ、任せてくれよ。悪い様にはしねぇから」
「でも……」
「大丈夫さ!」
強引に押し切られ、ヒルデは渋々「分かったわ。貴方に任せるわ。天才デザイナーさん」と了承した。
「でも、私の思い出を壊す様な事になりそうなら、絶対にドレスを着ないし、パーティーにだって出ないわ」
いじけた様にそう言ったヒルデがあまりにも可愛らしく、ジルは彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと抑えた。
もしもこんな格好で抱きしめようものなら大惨事である。
「わかってるさ。どんと大船にでも乗った気で待っていてくれりゃあいい。お前さんに似合うとびきりのドレスを用意しておくから、楽しみにしていてくれ」
自信満々に笑みを向ける金ぴか男に、ヒルデは困った様に笑みを向け、立ち上がった。
「それじゃあ、信じて待っているわ、天才デザイナーのルビー・グッドさん」
そう言ってヒルデが部屋から出て行った途端、ジルは金髪縦ロールのカツラと金ぴかサングラスを放り投げ、項垂れた。
部屋の中にはほんのりとラベンダーの香りが残っている。先ほどまでヒルデが居たという証拠だ。
「いつまでも俺様との思い出の中に居たんじゃあ、お前さんは幸せになんかなれねぇんだよ。愛莉……」
ジルはポツリと呟き、溜息を吐いた。




