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悪役令嬢エルメンヒルデの不幸  作者: ふぁる
第一章 煢煢の春
2/50

登園初日から不幸の始まりですわ

「お嬢様。エルメンヒルデお嬢様。お目覚めでしょうか」


 コツコツと扉を叩く音で目を覚まし、ヒルデは微睡みながらも瞳を擦り、まだ眠っていたい身体を無理やりに起こした。


「はい。今起きたわ!」


 ここはヒルデの住むハインフェルト公爵家の邸宅である。今朝方帰宅したばかりでろくに睡眠を取っていないにも関わらず、ヒルデはハツラツとして声を放った。ヒルデに仕える侍女が扉を開け、数名のメイドを連れて室内へと入って来ると、テキパキと着替えやら洗面やらと熟し、ヒルデはあっという間に寝間着姿から貴族学園の制服姿へと整えられた。


 鏡に映る自分の姿を見つめ、ヒルデは深いため息を吐いた。


「貴族学園に通うヒロインと攻略対象の学園モノ乙女ゲーなんてベタ過ぎ設定に、どうして私ったらあんなにハマっていたのかしら。実際体験すると恋心どころか吐き気しか芽生えないわよ」


 ブツブツと呟く様に言うヒルデの言葉にも、使用人達は全く動じる事無く部屋から去って行った。つまりは妙な事を口走るのは日常茶飯事であり、ヒルデは変わり者であるという認識が邸宅内では既に周知の事実であるというわけだ。

 乙女ゲームは『ハイリガークリスタル学園』に入学するところから始まるわけだが、その五年前にヒルデはこの世界に降り立った。

 自分が転生者であると自覚した時のヒルデは、現実世界での虚弱体質な自分とは違う身体に感激して突然走り出し、「走っても息がすぐきれない!」だの、食事をしては「口から食べ物が食べられる!」だの、夜中には「自由に寝返りがうてる!!」だのと叫び出す奇行ばかりを繰り返していた為、少しくらいブツブツと意味不明な独り言を言ったところで、最早誰も気に留めなくなっているのだ。


「お嬢様。アルフレート・バーダー様がお迎えにいらっしゃいました」


 朝食にがっついていたヒルデに使用人が畏まって言った言葉を聞き、ヒルデは思いきり顔を顰めた。


 アルフレート・バーダー。ヒルデの幼馴染であり、攻略対象の一人という設定の人物だ。


「めんどくさいなぁ。学園くらい一人で行けばいいのに」

「公爵様がくれぐれもお嬢様を宜しくと仰るからでしょう。本日は初登園ですから尚更です……」


つまりは、ヒルデの奇行を心配した父である公爵が、幼馴染であるバーダー家の嫡男アルフレートに頼み込んでいるという状況にもかかわらず、ヒルデは「めんどくさい」と宣ったわけである。


「私、なるべく攻略対象に関わりたくないんだけど。無駄にキラキラエフェクト飛ばしてくるのを見てると、酔って吐きそうになるから……」

「さあ、ほら、ゆっくり召し上がっている時間はございません。登園初日から遅刻するわけにも参りませんから、お急ぎくださいませ」


 侍女に促されて渋々食事を切り上げ、嫌々馬車へと向かうと、赤毛で癖毛の男が眩い程の笑顔を向けてヒルデを出迎えた。


「やあ、ヒルデ。寝坊でもしたの? 待ちわびちゃったよ」


——朝日よりも眩しいエフェクト飛ばしてんじゃないわよ、赤毛猿。

 という言葉を飲み込んで、ヒルデは引き攣った笑みを浮かべながら「ごめんあそばせ」と棒読みの言葉を吐いた。


 揺れる馬車の中、ヒルデは眩い光を放つアルフレートから目を逸らし、外を眺めていた。そんなそっけない態度のヒルデにも全く動じずに、アルフレートは爽やか元気キャラ全開の笑顔を向けている。あまりにも眩い笑顔である為、ヒルデの視界の隅にチラついて鬱陶しくて仕方がない。


「ねぇ、アルフレートさん……」

「『アルフレートさん』だなんて、僕等は幼馴染じゃないか。『アル』でいいよ。勿論、学園に着いた後は、お互い事情もあるわけだから、そう呼ばれると厄介だけれど。今は二人きりなわけなんだし他人行儀にする必要性なんか無いさ」


それはつまり、『今は公爵の言いつけがあるから二人で居てやるが、学園では気安く呼ぶな』という意味である。


「……アルフレートさん、わざわざ迎えに来なくても全然大丈夫よ。私、学園くらい一人で行けるわ。そもそも御者がこうして馬車で送ってくれるから道に迷う事なんか無いし、危険だって無いもの」


——あんた(攻略対象)と仲良くするとヒロインに目をつけられるでしょうが! 厄介事は真っ平よっ!


「そういうわけにもいかないさ。ヒルデのお父上から『くれぐれも娘を頼む』と言付かっているからね」

「それが一体どうして一緒に登園するという発想になるのか全く理解できないし、ウザイ以外何者でもないって言ってるのが伝わらないのかこの猿男」


ヒルデの言葉にアルフレートはキョトンとして、「ん? 何か言ったかい?」と小首を傾げたので、ヒルデは慌てて口を両手で押さえた。


「あ! あら、心の声が口に出てしまっていたわ。気にしないでね、ホホホ」


誤魔化す様に高笑いを飛ばした後、ヒルデはこれ以上ボロを出さない様に読書に集中しようと本を取り出した。揺れる馬車の中、文字がぶれて読みづらいことこの上無いが、ヒルデは夢中になって読書に集中した。


「馬車の中で本なんか読んだら、馬車酔いしちゃうよ?」


アルフレートが心配そうに声を掛けたが、「お気になさらず」と言ってヒルデは必死に文字を見つめた。


——酔ったわ……。


 顔面蒼白になったヒルデを見つめ、アルフレートは慌てたように「だから言ったのに!」と言って、御者に馬車を止める様にと指示を出した。馬車が停まるのと同時にヒルデは勢いよく飛び出して側を流れる小川の畔へと駆けると、朝食と再会を果たした。


「大丈夫? 水、飲むかい?」


心配そうにヒルデを見つめるアルフレートに、ヒルデは顔を真っ赤にした。


——なんてこと! この私としたことが……。


顔を真っ赤にして涙ぐむヒルデに、アルフレートは優しくフォローした。


「恥ずかしがる事なんて無いよ。誰だって具合が悪くなることはあるし。そりゃあ、俺みたいなイケメンの前で吐いたりなんかしたら、恥ずかしくなるのもわかるけれど」

「で、でも……自己嫌悪だわ……」

「気にする事なんかないさ、こんな事で君を避けたりなんかしないから。俺は心の広い幼馴染だからね」


——あんなに美味しい食事を栄養に変える前に出してしまうだなんてっ! 勿体ないわっ!!


 ヒルデが地面に生えている草を両手で握りしめ、ギリギリと歯を鳴らしながら悔しがっていると、アルフレートは「あっ」と、小さく声を上げて遠くを指さした。


「見てごらんよヒルデ。あんな所に『スッキリ草』が生えているよ」


アルフレートが指差した方向を見つめると、断崖絶壁で揺れる白い花がさも『回復アイテムです』と言わんばかりに存在感を強く放ち輝いていた。


「取って来てあげるから、ここで待ってて」


アルフレートがキラキラとした笑顔をヒルデに向け自信満々に言い放ち、ヒルデは増々顔面蒼白になった。


——っていうか、それって私の為じゃなく『公爵に恩を売っておけば後から美味しい』という魂胆よね!?


 颯爽と向かおうとするアルフレートのズボンの裾を鷲掴みにし、ヒルデは「要らないからいいわ!!」と、必死になって止めた。

 それもそのはず、アルフレートというキャラクターは、『どんくさい』のだ。イケメンで陽キャであるものの、天然でどんくさい所が可愛いという謎なチャームポイントをうりとしているキャラで、つまりは運動神経がかなり鈍いのである。


「遠慮しなくてもいいよ。ほら、ヒルデ。手を放してくれないかな? ズボンが脱げちゃうじゃないか」

「ズボンが脱げるくらい何よ!? あんたが行ったら谷底に真っ逆さまになっちゃうわ!!」

「そんなに心配しなくてもいいよ、おバカさんだなぁヒルデは」

「おバカさんはあんた!! 私は慎重派っ!!」

「全く、素直じゃないなぁ」


アルフレートは溜息を吐くと、ヒルデの額を人差し指でつんと突いて、輝く笑顔を振りまいた。


「照れ屋な君も可愛いけれどね」


その殺し文句にヒルデは全身の鳥肌を立て硬直した。

 アルフレートはその隙にヒルデの手から逃れ、「じゃあ行ってくるよ!」と言って颯爽と崖の方へと向かって行った。


——鳥肌どころか全身からぶっとい毛が生えたかと思ったくらいにゾッとしたわ……。


「わ——っ!!」


アルフレートが崖へと向かってものの数秒で脚を滑らせて谷底へと落ちて行き、ヒルデは「ひぃ——っ!!」と悲鳴を上げた。


「だから言ったじゃないっ! バカ猿っ!!」


 ヒルデは半泣きしながらそう叫んだ後、一人でアルフレートを助けるのは無理であると冷静に考えて、馬車へと助けを呼びに戻って行った。

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