大金に釣られて愛人契約をした極貧聖女に、王太子の愛は重すぎる
「……ベル、今日は人が多い。早めに切り上げてもう帰ろう」
勿論そのつもりだが、今日はまだ『夜の分』を使っていない。
あと少しだけ待ってねと微笑みを返すと、護衛騎士テオの渋面がフードの隙間からチラリと見えた。
本日は週に一度、『筆頭聖女』メイベルの副業タイム。
やりたくもない聖女の仕事を日夜強制される上、ありえないくらいの低給金。
ついに耐え兼ねたメイベルは化粧をして別人を装い、幼い頃から勝手知ったる従兄弟のテオを護衛に、カジノで老後の資金を稼ぐことにしたのだ。
「夜くらい自由にさせてもらわなきゃ、やってられないじゃない!」
半年前まで山間のあばら家で極貧生活を送っていたのに、突然聖女として祀り上げられ、しかも最高位の『筆頭聖女』を押し付けられるなど……王命だからといって横暴すぎやしないだろうか。
一般的な貴族令嬢にとっては垂涎ものの名誉職だが、信者からの寄付金はすべて神殿の収入になってしまうため、こよなく自由を愛するメイベルにとっては搾取され放題の罰ゲームとなんら変わりなかった。
「……あの人、随分羽振りがいいと思わない?」
ざわつくフロアの中央ではルーレットテーブルを囲むように人だかりができており、その視線の先で見たこともないほどの美青年が、ベッティングエリアに山積みのチップを乗せている。
出自は謎だが金持ちなのは間違いなく、チップが積まれるたびに場内で歓声が上がった。
「テオ、二十時まであとどれくらい?」
「あと数分だな」
「……なら、そろそろね」
ルーレットテーブルへと足を進めるたび豊かなプラチナブロンドのウェーブが風に揺れ、男達の視線がメイベルに釘付けになる。
しっとりと濡れる瞳に長いまつげがかかり、咲き誇る薔薇のように赤々とした唇が艶めかしく弧を描く。
はちきれそうな胸元を惜しげもなく露わにした煽情的なドレスからスラリと伸びた手足が少女のようで、そのアンバランスさがどこか神秘的な美しさを漂わせていた。
聖女として神殿に行くことが決まった時、極貧だが侯爵令嬢という身分があるため『それなりの見た目』にしなければと、手先の器用なテオが侍女と一緒に人生初の化粧をしてくれたのだが……。
自分で言うのもなんだが、まるで別人。
いつもは特に印象に残らない『地味顔代表』のはずなのに、骨格ごと入れ替えたのかと思うほど化粧の効果は凄まじく、もしこれで街中を闊歩しようものなら別の信者が出来てしまうのではないかと心配になる。
その上、ゆったりとした平民服を着ている時は目立たなかったが、ひとたびドレスに着替えると激しく胸元が自己主張するため、普段冷静なテオが目のやり場に困るほどだった。
いくらなんでも、これはマズい。
地味さを強調する方針に急きょ変更した結果、お忍びでカジノへ行くときとは別仕様……神殿では地味顔のまま、ダボッとした聖女服で慎ましい生活を送っている。
「ポーカーをやるから、十五分、計っておいて」
「……程々にしておけよ」
本日のカモは、うなるほど金を持っていそうな謎の美青年。
あの手のタイプはプライドが高いから、女性から勝負を挑まれたら断れない上に負けがこむと熱くなる。
「身ぐるみ、……剥ぐか!!」
次々とプレイヤーがその場を去り、一人勝ちして席を立った青年のもとにメイベルはすかさず歩み寄った。
「はじめまして、素敵な方。私とポーカーで勝負をしない?」
魅惑的な微笑みを浮かべながら勝負を挑む絶世の美女に、観衆のみならず目の前の青年もまた息を呑む。
さぁ一気にいきましょうと青年を誘い、ゲームが開始するや否やトランプ片手に勢いよくレイズ……青年のチップ額に上乗せしていくメイベルに、場内の興奮は最高潮に達した。
傷を治せるわけでなく、病気を癒せるわけでもない。
一日二回、十五分。
場所を選ばぬ、時限式。
彼女の加護はたったひとつ、――『幸運』で、あること。
***
(SIDE:王太子ロイド)
山奥に不思議な力を持った『幸運の乙女』がいるらしい。
一年前眉唾ものの情報になぜか王命がくだり、旅人を装ったロイドが極秘にメイベルのもとを訪れたまでは良かったのだが、目の前に広がるのは侯爵家とはとても思えない粗末なあばら家と、収穫間近の野菜で賑わう農園だった。
その農園の一角で泥まみれになりながら、のっぺりした地味顔の少女がイキイキと野菜を収穫している。
「まさかアレが『幸運の乙女』だと?」
「現在侯爵家に年頃の使用人はおりません。娘一人ですので、おそらくは……」
ゴクリと喉を鳴らして身を乗り出したロイドに気付き、『幸運の乙女』メイベルが歩み寄った。
隠れていた護衛騎士が前に出ようとしたので、問題ないと後ろ手で制止する。
「おはようございます。もしかして旅の途中で道に迷われました?」
「いや、そういうわけでは……」
「あ、腕が赤い。虫刺されかな? 少々お待ちくださいね」
そう言うと足元に生えていた草の葉を千切ってこね、ロイドの腕を掴んでその汁を塗りこんだ。
「何だこれは?」
「ドクダミの葉です。虫刺されに効くんです」
話しているうちにスッとかゆみが引き、驚いて眺めていると、今度は患部を覆うように腰布を巻き始める。
「これ以上腫れると良くないので、触らないよう布を巻いておきますね」
「……」
「軽装で山に登ったら駄目ですよ」
彼女を取り巻く優しい空気と、穏やかな時間が心地良い。
「……君は随分と、粗末な服を着ている」
「そうですか? 私には充分です」
仮にも侯爵令嬢だというのに、なんと無欲な娘だろう。
この美しい心が運を呼び込み、『幸運の乙女』と勘違いされたのかもしれない。
「ありがとう。先を急ぐから、これで失礼する」
葉の汁を塗られた時に腕を掴まれたが、全然嫌じゃなかった。
不思議なこともあるものだ……。
首を傾げながら馬車へ乗ると、見送りに来たメイベルが「あっ」と一声発し、何かを思い出したように遠くの山々へと目を向けた。
「……この先に、朱色の実がなったカラスウリの木があります」
「急に何の話だ?」
「道が左右に分岐します。左は険しい獣道、右は砂利の多い登山道。……ですが右へ進んではいけません」
「だが馬車で帰るには右に進まないと」
「いいえ。馬車を降り、左側の獣道を進んでください。……神の、ご加護を」
まるで神託のように厳かな声で告げられるが意味が分からず、だが彼女がひらひらと手を振ったのを合図に馬車が動き出す。
――そして。
メイベルの言葉を信じたわけではなかったが、念のため馬車を乗り捨て『左の獣道』へと進んだ半刻後……本来であれば通る予定だった右の登山道から、唸り声のような地響きが聞こえ、足元に振動が走りだす。
同時にミシミシと木が傾き、何かが裂けるような亀裂音が鳴った次の瞬間、ドドドド……と凄まじい轟音が山全体を揺るがした。
もし、あのまま進んでいたら。
ロイドは青褪める護衛騎士達とともに、呆然と立ち尽くす。
『……神の、ご加護を』
ゾクリと背筋を伝う汗とともに、去り際のメイベルを思い出した。
「ジェノス、急ぎ父上に報告しなければならない。『幸運の乙女』は本物だ」
山間に住まい、神の言葉を預かる清らかな聖女。
「筆頭聖女の座が長いこと空席だったはずだ。あの方のお力を世に示し、本来いるべき高みへとお戻りいただくのが我らの使命だ」
ロイドは決意に満ちた眼差しで、ジェノスにそう告げたのだ。
***
「メイベルもう八時過ぎてるから、朝ごはんにするわよ! ……あら、お客様?」
「そうなんです、すぐに帰ってしまって」
「昨夜は雨がたくさん降ったから、少し心配ね」
「念のため忠告はしたのですが……」
世間的には極貧侯爵家。
だが貴族社会に疲れ果てた両親は没落を装い、望んでこのスローライフを楽しんでいる。
久しぶりのお客様に遭遇したこの半月後、メイベルは『筆頭聖女』として神殿に呼ばれた。
そして王太子ロイドと対面し、あの時の青年だと気付いたメイベルは「お前一体何てことしてくれたんだ」と小さく呟いたのである――。
***
(SIDE:聖女メイベル)
「昨夜はいくらなんでもやりすぎだ」
「そう?」
「……どうなっても知らないぞ」
青年はあの後ムキになってレイズした結果、持ち金どころか身に着けていたモノまでベットし、文字通りメイベルに身ぐるみを剥がされた。
立ち去りざま引き止められ、「君を見込んで話がある」と有り得ないほど高額の仕事を依頼されたのだが――。
案の定、心配性のテオがブツクサと文句を言っている。
「テオ、午前八時まであとどれくらい?」
「十分程度だな」
多くの村人に見守られながら、乾燥し、ヒビ割れた大地を踏みしめた。
二ヶ月ものあいだ一滴も雨が降っておらず、このままだと作物が枯れて餓死する者が出てしまうと聞いている。
……そう、本日の聖女業務は『雨乞い』。
そもそも聖女らしいことなど何ひとつできないのに……あまりの無茶ぶりに呆れ果てるが、困っているなら仕方ない。
なるようになれと、けだるげに空を見上げたメイベルの瞳に、勢いよく集まってくる重たげな黒雲が映りこんだ。
「皆様、ご安心ください。長く続いた日照りはもうじき終わりを迎えるでしょう」
祈る前から雨が降りそうな気配だが、急ごしらえの祭壇の前で跪き、胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
ポッ、ポッと弾けるような雨音が耳へとまばらに届いたのも束の間、二ヶ月ぶりの雨は瞬く間に地を染めた。
「……みなさまに、神のご加護があらんことを」
「聖女様!」
「聖女様、万歳!!」
微笑みを浮かべ手のひらをかざすと、鼓膜を突き破りそうなほどの歓声がメイベルを包み込む。
――本当は、聖女なんかじゃないのに。
望んでなったわけではないが、善良な人達を騙しているようでチクリと胸が痛くなる。
――ただほんの少し、人よりも運がいいだけ。
一日二回、八時と二十時から始まる十五分間だけ、とんでもなく運が良くなるという謎の加護。
今日だってたまたま雨が降る日に居合わせたにすぎないのだ。
「相変わらず、凄いな。お疲れ様」
「なんとか乗り切ったよ、テオ。もうやだ……私いつも思うの。あの時、殿下に助言なんかしなければよかったって」
「まぁ過ぎたことを言ってもなぁ」
他の護衛騎士を遠ざけてテオに愚痴をこぼすと、「十八歳になれば聖女を卒業できるから、あと一年半の辛抱だ」と慰められる。
こんなことを一年半も続けるのかと悲しくなって俯くと、早足で歩み寄ってきた男物のブーツが目に入った。
「殿下、本日はお忙しい中ありがとうございました」
「……ん」
いつも変わらぬ塩対応。
頭を下げたメイベルを労うでもなく、前髪の隙間から不機嫌にテオを睨みつけている。
「いつまで話しているつもりだ? 護衛騎士ごときが聖女様のお手を煩わせるな」
隙あらば小言を言う神経質な王太子ロイド・アルザークは、メイベルを聖女にすべく国王に進言した張本人。
王太子のくせに暇なのだろうか。
嫌なら来なければいいのにと思うのだが、推挙した責任があるからとやたら遠征についてくる。
目の下まである野暮ったい前髪に加え、微笑みひとつ浮かべたことのない口元。
信仰心が厚いらしく神殿で頻繁に顔を合わせるが、話し掛けても素っ気ない返事しか返ってこず、できることなら関わりたくないのだが……。
はぁ、とひとつ溜息を吐き、メイベルは馬車へと乗り込んだ。
***
(SIDE:王太子ロイド)
『謝礼はすべてが終わった後、神殿を去られるときにまとめてお渡しするのがいいだろう』
無欲な方だから遠慮して辞退されるのではと懸念し、メイベルの父である侯爵にも相談の上、現段階ではわずかばかりの一時金を渡すのみにした。
『分家に腕の立つ従兄弟がいるようだから、急ぎ手配をして使えそうなら護衛騎士として雇ってやれ』
同郷の者が近くにいれば心強いだろうと言い付け、心を尽くし支えているつもりなのだが聖女メイベルの前に出ると緊張して言葉が出なくなり、さらには情けないことにあまりの尊さに目も合わせられない始末だった。
「今日もまた、聖女様と言葉を交わしてしまった」
筆頭聖女『雨乞い』イベントが大盛況のうちに幕を閉じ、降りしきる雨に全身ずぶぬれになりながらロイドは感極まったように空を見上げる。
王太子という身分に整い過ぎた顔立ち。
目をギラつかせた令嬢達に囲まれ続けた幼少期がトラウマになり、女性に触れられると蕁麻疹が出てしまう。
ひどい時は息が苦しくなることもあるため婚約もできず、少しでも女性を遠ざけようと目元を隠すように前髪を伸ばし、野暮ったく見せているのだが……。
『三ヶ月以内に恋人ができない場合は、どれかを選べ』
どうせ触れられないのならば誰でも一緒だと、ついに見兼ねた国王から三冊の釣り書きを渡された。
一体どうしたらと頭を悩ませるロイドへ、護衛騎士のジェノスから「誰かを雇い、恋人のふりをしてもらうのはいかがですか?」と提案をされる。
魅惑的なプラチナブロンドの美女がカジノにいるそうですと言われ、聖女と一緒の髪色に興味を惹かれて話を聞くと、ふとした所作から貴族っぽい雰囲気を感じるものの、彼女のことを知っている者は誰一人としていないという。
ただ一つ分かっているのは、週に一度カジノに現れては二十時に勝負を挑み、毎回短時間で怒涛の如く稼ぐということだけだった。
あまり気乗りはしなかったが、金で解決する関係ならば後腐れもないだろう。
物は試しと変装し、彼女が訪れる日時を狙ってカジノへ向かう。
ジェノスも外套に身を包んで顔を隠し、護衛だとバレないよう随行することになった。
派手に金を賭けていると案の定、ひとりの美女が歩み寄る。
アッと驚く小さな声がジェノスから聞こえ、不思議に思って視線を向けると、何故か驚いた様子で食い入るようにその姿を見つめている。
一体どうしたのかと聞く暇もなく、目の前の美女が微笑んだ。
豊かなプラチナブロンドの髪に蠱惑的な微笑み、加えてすべての男を魅了するようなその肢体……髪色は似ているが聖女とは全然違うことに、何故だか少しホッとする。
『はじめまして、素敵な方。私とポーカーで勝負をしない?』
だが形の良い唇からこぼれ落ちた声を聞いたその瞬間、ロイドは息を呑んだ。
――声が、似ている。
聞いていた以上に彼女は勝負強く、大敗を喫したロイドはそのまま身ぐるみを剥がされて終了……となるはずだったのだが、席を立った彼女ともう少し話をしたくなり反射的に腕を掴んでしまった。
……蕁麻疹が、出ない。
なぜだか息も苦しくならない。
ハッとなってジェノスを振り返ると、にこやかに頷いている。
そしてロイドは提案したのだ。
『今日の稼ぎとは比べ物にならないほどの額を提示してやる』
『その代わり、期間限定で俺の『契約恋人』にならないか?』
――と。
***
(SIDE:聖女メイベル)
「つまり二ヶ月後のパーティーまでに、恋人がいると認めさせたいと」
「そうだ」
あれから一週間が過ぎ、カジノにある賓客専用の個室ブースに案内されたメイベルは、割のいい仕事に口元を綻ばせた。
「その後は晴れて自由の身。加えて余計な詮索はお互い禁止、と」
「……そうだ」
「承知しました。週に一度ではありますが、このベルにお任せください」
ベルは外遊中の貴族の娘という設定なので、この仕事を引き受ける際、特別に護衛をひとり伴うことを認めてもらった。
ロイ自身にも護衛がついているようだが、何故か二人の護衛はフードを目深く被り、怪しげな雰囲気を醸し出している。
逆に目立つんじゃないかと首を傾げていると、ロイの護衛が『恋人設定なのにお二人の距離が遠いのでは』とワケの分からぬことを言い出した。
「……ん」
見かけによらず素直な性格なのだろうか、少し渋りながらもロイが手のひらを向けてくる。
なにこれ?
意味が分からずテオを振り返ると、フードの隙間から微妙な顔でこちらを見ていた。
「手のひらを合わせればいいのですか?」
青春を畑仕事に費やしてきた、地味顔代表『筆頭聖女』。
他に思いつくこともないので、とりあえず示された通りに触れてみるかと思い立ち、内心の動揺を悟られぬよう余裕の笑みを浮かべながら手のひらを合わせると、自分より一関節分ほど長い指に驚かされる。
「これでどうでしょうか」
「……」
十秒経ち、一分経ち……だがロイは何も言わず、身動ぎすらしない。
「…………ロイ様?」
ついに五分近くが経過し、困ったメイベルは顔を傾けてロイを覗きこんだ。
至近距離で目が合った途端に物凄い形相でギロリと睨まれ、メイベルは弾かれたように腕を引く。
「もういい、帰る」
「ええッ!?」
何がしたかったのかさっぱり分からないが、機嫌を損ねてしまったのだろうか。
乱暴に閉められた扉から、足早に遠ざかる靴音が聞こえた。
「何だったの?」
「さぁな……やっぱりこの仕事、断ったほうがいいんじゃないか?」
「駄目よ、もう前払いで大金もらっちゃったし」
だがこの程度なら二ヶ月間、問題なく仕事を全うできそうだ。
高額報酬に浮かれるメイベルの後ろで、なぜだろうかテオの深い溜め息が聞こえた。
***
(SIDE:王太子ロイド)
「駄目だ、全然別人なのに聖女様に見えてしまう時がある……!」
一度目の会合を終え、小走りにカジノを後にしたロイドは大きな手で口元を覆った。
「しかもあの声で『ロイ様』だと……!?」
「お顔は全然違いますが声がそっくりです。聖女様に愛称を呼ばれたみたいで良かったですね」
「何も良くはない! それに尊いあのお方と手を触れ合わせているような錯覚に陥って、しばし意識を失ってしまった。あの小さな可愛らしい手はなんなんだ……俺は自分が情けない」
邪念よ去れと顔を赤らめながら祈るロイドに、ジェノスは呆れ交じりの目を向けた。
「ベル様の護衛騎士に連絡先を聞きましたので、次の会合は街にでも繰り出されたらいかがですか?」
「ま、街に!? クソッ、どうしたら……」
「夜は冷えますので、ゆったりとしたローブなどお召していただいて」
「ローブを召して声を聞いたら、完全に聖女様じゃないか!」
絶対わざとだろうと苛立ち、眉根を寄せる姿をジェノスが嬉しそうに眺めている。
「……お前、先日父上に呼ばれていたようだが、何か余計なことを企んでいるんじゃあるまいな」
「まさか、殿下の憂いが晴れるよう助力したいと願うだけです」
「それならいいが……」
「で、次回はどうされますか?」
ニコニコとご機嫌なジェノスを訝しみながら、ロイドはぶっきらぼうに答えた。
「……街で会おう」
「お召し物は如何なされますか?」
グッ、と一瞬言葉につまり、だが天上の人である聖女とは許されない『街デート』にグラリと揺らぐ。
恐れ多くて聖女とデートなど想像もできないが、似ているだけの彼女なら。
女性が苦手なはずなのに、髪色と声が似ているだけでこうも気持ちが浮き立つものなのかと、ロイドは不思議で仕方なかった。
「……ゆったりとした白のローブだ」
ではそのようにと、小さく笑うジェノスが腹立たしい。
だが、楽しみだ。
こんな気持ちになる自分が信じられないが、ロイドは知らず頬を緩ませた。
***
(SIDE:聖女の護衛騎士テオ)
騎士という職業柄、相手の骨格や筋肉の付き方が記憶に残る。
カジノにいた美青年が王太子ロイドであることに、テオは早々に気付いていた。
さりげなく後方に立つ男が、護衛騎士ジェノスであることも。
途中ジェノスが意味ありげな視線を向けて来たので、おそらく向こうも気が付いているのだろう。
依頼の目的がよく分からず、身構えながら参加した一回目の会合は、手のひらを合わせて五分で立ち去るという意味不明なものだった。
(メイベル、それ、王太子殿下だぞ)
余計なことを言うと抹殺されそうなオーラを護衛騎士ジェノスが発しているため、心の中でそっと呟いてみる。
(殿下、それは貴方がいつも塩対応に徹している『筆頭聖女』です)
お互いにまったく気付く様子のない二人にテオは嘆息する。
二ヶ月と期限は区切られているが、聖女との婚約に異を唱えるものはそういない。
メイベルとの婚約話は王太子自ら拒否をしたと聞いていたのだが、出方次第では即婚約……当事者二人を余所に水面下で話を進めているのかもしれない。
「まったく……幸運だけじゃなく、いつも面倒ごとばかり引き寄せやがって」
頭をコツンと叩かれたメイベルが、「でも護衛してくれるよね?」と少し不安気に問う姿がなんだか可愛く見えて、テオは思わず目を逸らした。
一見塩対応のロイドが聖女様を崇拝しているのは周知の事実。
普通に考えれば逃げられないところだが、メイベルは『幸運の乙女』である。
本気で嫌だと思えば逃げおおせるだけの強運を持っているため、仮に向こうの思惑どおりにコトが進んだとしても、何かしら取れる手段はありそうだ。
彼女の加護はたったひとつ、――『幸運』、なのだから。
お読みいただきありがとうございました!
※SIDEが多かったため、改稿しました。
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