95 旅路の帰り道(ソウタ視点)
「颯太様、今回の交易は大成功ですな」
「ああ、襲撃があったりもしたけど、西国に我が国の言葉を話せる人間がいたのが良かったね」
「米の栽培に関しても前向きな返事をいただけましたし……なにより、この小麦粉を使った料理、普通に食べられますからな」
故郷で米だけがかかる疫病が発生したことを発端に、海外に助けを求めて交易を重ねてきたが、最初は失敗続きだった。
直接の交易のあった北国からは同じく米の疫病が流行っていると断られ、西にあるジャンバ島はいつものように備蓄分しか交易してもらえなかった。
もちろん少量でも交易してもらえたのは助かるが、これでは民に深刻な被害が出るということで、一念発起、過去にジャンバ島に来ていたという西国まで足を伸ばしてみたのだ。
「マックス殿か……なかなかに気風の良い御仁だったな」
「そうですね。米も醤油も味噌も初めて見たでしょうに、快く交易に賛成していただいて」
「反物や根付なんかも初めて見ただろうに、こちらの提示よりも高い金額で買い取っていただけた」
交易に持ってきているのだから、安価な品というわけではないし、ここまで運んできた分の代金も上乗せになっているから提示額からしてかなり高額だったのだがな。
「あれは、あれじゃないですか? うちでは珍しくもない品ですが、あの国では手に入らない品ですからな」
「それもあるだろうが、こちらの事情を鑑みてもらったんだろうな」
疫病が収まるか、麦の収穫が安定したら何かしらの礼をしなければならないな。
確か、米から作られる酒や酢に関しても関心を持っていたから、次回の交易の際には持って行っても良いかもしれない。
「ですが、颯太様が交易に参加するのは今回が最後ですからな」
「はっ!? ちょっと待ってくれよ。この交易が成功したのは俺がいたからだろ!?」
「確かに。まさか領主の息子が出てくるとは思わなかったので、颯太様がいて助かりましたな」
「だろ!」
「ですが、王位継承権を持つ方をこれ以上危険な目にあわせるわけにはまいりますまい」
「また、それか! 継承権たって、次期国主は大兄が確定だし、万が一があっても小兄が後を継ぐ。三男である俺にお鉢が回ってくることなんかないよ」
「今回の功績があれば、話は変わりましょう」
「変わらないよ。お前たちは俺に国主になってもらいたいんだろうけど、俺はそんな器じゃないし、兄たちが国主になった方が国は栄える」
海外ではゴールディ国と呼ばれる我が国……黄金国では三男以下は無駄飯ぐらいという言葉があるくらい、三男以下の男に人権がない。
跡継ぎである長男、長男を支えいざという時には代わりとなる次男は優遇されるが、三男以下は家のために他家に婿に行くか、とっとと家から出て行けという風潮だ。
だったら子供を多く作るなとか言われそうだが、7歳までは神のものと言われるくらい子供の死亡率が高い我が国では子供を多く作らないと家が断絶してしまう。
俺も国主の血筋に生まれたといはいえ、三男であることには変わりがないから他家に婿に行くことを求められた。
だが、顔も知らないような女と結婚する気にもなれず、だったらと外交に精を出すことにした。
古くから交流があり1日も船を漕げば着く北国、交易自体は数代前からだが黄金国とは文化の違うジャンバ島などを中心に成果を出してきた。
だが、今回の交易……西国への旅はかなりの冒険だった。まず、距離が違う。北国は1日、ジャンバ島までも3日しかかからないが、西国はジャンバ島から2週間はかかる。
海が時化る可能性もあるし、最悪、俺が乗っているこの船ですら沈む可能性があったからな。
しかも、たとえ西国に着いたとしても相手がまともに交易をしてくれる保証なんてありはしない。
それでも、俺は交易を成功させ、故郷の食糧危機を救うのだ。
この功績があれば国主になるのに不足はないと部下が思うのも無理はない……無理はないのだが、そもそも俺は国主になんかなりたくない。
西国で出会ったマックス殿のように民や部下を思いやることは大事だが、それよりも自由に船に乗っていろんな国をまわっていたいだけなのだが、なかなか理解されんな。
「それよりも、国に帰ったら大変だぞ? 大兄や小兄に対しての報告は俺がするが、お前たちは小麦粉の料理を料理人に教えなければならないしな」
「……あっ!?」
「今のうちに料理人と一緒に復習しておいた方が良いんじゃないか?」
「わ、わかりましたっ!」
この船に乗っているのは、ほとんどが平民の船乗りで国主がいる城に上がれる身分にはない。
城に上がれるのは俺の直接の部下くらいだってのに、こんなところで油を売っているんだから始末に負えないよな。
ま、俺の方も大兄や小兄に献上する酒や料理の最終確認でもしておくかな。
それにしても、本当に収穫の多い旅だった。




