90 爺様からの伝令
「以上です」
爺様からの伝令をまとめると、カレンベルク領と接している伯爵領が海外の勢力に侵攻されていた。
領主一族が逃げ出したことで、領境を巡回していた爺様たちは救援を求められ、侵攻してきた船を沈めたのだが、その中に特使を名乗る見慣れない船があったとのことだ。
「どうして、お義爺様はマックス様に伝令をよこしたのでしょう?」
「伝令の話だけだと意味不明だけど、手渡された手紙には書いてあったよ。どうやら爺様たちでは、その特使の言葉がよくわからないそうだ」
「? お義爺様も南大陸語や交易共通語は話せますよね?」
「どうも、南大陸の国の人間ではないらしい。交易共通語でジャンバ島、特使という言葉は分かったが、それ以外が不明らしい」
交易共通語は字のごとく、交易に利用される世界共通の言葉で、この世界ならどこでも通じる反面、交易に利用されない言葉には対応できない。
ま、単語や数字、国名なんかは共通化されているけど、文章にはならないって感じだな。
「ジャンバ島……マックス様の亡くなったおばあ様が交易をおこなっていた東方の島ですよね?」
「ああ、上等な絹糸が買える国なんだが、いかんせん遠い上に航路も複雑で、おばあ様が亡くなってからは没交渉なんだよな」
爺様の妻…俺にとっては父方の祖母なんだが、交易で身をたてた貴族の一族の出で、一年の半分は屋敷にいたが、もう半分は自身で船を操り交易に出かけていた女傑だ。
南大陸との交易を始めたのもおばあ様の一族の功績で、ジャンバ島を発見したのもおばあ様だ。
「交易にやってきたということでしょうか?」
「おばあ様に聞いた話では、ジャンバ島は資源が豊富で交易には無関心って感じだったらしいけどね」
The南国って感じで、食料も燃料も豊富に取れる結果、国民は働くという意識が薄いと感じたらしい。
交易に関しても、おばあ様は商機を感じたが、島民は備蓄されている分は売るけど、交易用に商品を増やそうとはしなかったとか。
そんな国が、交易のために危険な海を渡って、遠い国に来る? なんか違和感があるな。
「お義爺様のところに行くのですね?」
「ああ、なんにしても現地に行ってみないと訳が分からない。爺様も困っているみたいだし、行ってみるかな」
ヒッペ男爵には悪いが、俺の視察よりも爺様の件の方が重要性が高いからな。
男爵にこのことを伝えると、男爵も爺様の件を優先してほしいとのことで、快く送り出してくれることになった。
「ヒッペ男爵、本当にすまない。来たばかりだというのに、またすぐに出発だなんて」
「なんのなんの。マックス様には皆を労ってもらって、フルーツビールに合う食事も教えていただけましたからな」
「そう言ってもらえると助かる」
結局、フルーツビールに合う食事をいくつか作って、バルディ領産の魚介が流通することも考えて、そちらのレシピも渡しておいた。
その代わりと言ってはなんだが、ヒッペ男爵にはフルーツビールを一定量ゲルハルディ家に納めてもらうということになった。
父上は苦みばしったビールが好みだからイマイチだろうけど、母上は喜ぶだろうな。
「ヒッペ領はマックス様を歓迎いたしますので、また何やらありましたら、どうぞ気軽にお立ち寄りください」
「ああ、爺様の件が大したことなかったら、ゲルハルディ家に帰る前に寄らせてもらおうかな」
「ええええ、ヨアヒム様にもよろしくお伝えください」
そんな感じで俺たちはヒッペ領に着いたばかりだというのに、今度はカレンベルク領の先……敵対貴族が治めるメーリング領へと向かうことになった。
メーリング領は王家派の中でも過激派のフォーゲル公爵家の寄子で、隣地であるカレンベルク領に対して盗賊をけしかけたり、モンスターを誘導したりと中々厄介だ。
だからこそ、爺様たちはカレンベルク領とメーリング領の領境をしょっちゅう巡回することで領民を守ってきていたのだ。
「あ~、もうちょっとビールを飲んでいたかったですね~」
「だよな~」
「お前らっ! たるんでいるぞ!」
「クルト隊長だってそう思ってるんでしょ?」
「そう思っていてもマックス様の前で口にするなと言っている!」
「ははは、クルト良いよ。みんなも酒を覚え始めた頃合いだし、旅よりも酒の方が良いよな」
職業倫理的はどうなんだ? と思わなくもないが、気軽に愚痴も言えないような職場なんてブラックまっしぐらだからな。
緊急時以外ではこのくらいのゆるさでも良いだろう。
「でもさあ、みんな。爺様のところに来ている特使は食料が豊富な国なんだぜ? それでなくても海外からやってきた人間だ。こっちの知らない食材や料理を知ってるかもよ?」
「……ということは?」
「新しい料理が増えるかもってこと……それこそ、酒に合うような料理もあるかもな」
ま、モチベーションの維持は大事だし、向こうに着いたら何かうまい料理でも作ってやるかね。




