80 エンケ領の視察
「おっ、流石はゲルハルディ領から来た坊ちゃん。筋が良いですなぁ」
「そう?」
「ええええ、先代のヨアヒム様もしょっちゅう手伝ってくださるのですが、血筋を感じますなぁ」
「ああ……やっぱり爺様は船仕事を手伝ってるんだ」
カレンベルク領の視察も無事に済んで夏、俺たちは漁港のあるエンケ領へと移ってきている。
カレンベルク領では茶摘み、エンケ領では漁港の手伝いをしているわけだが……こんなことばかりしていると仕事をしろと言われそうだな。
白状すると、今回の旅は顔見せがメインだから、仕事はないし、そもそも領政は各領主に一任されているから口を出すと越権と言われかねないんだよ。
だから、俺たちがやるのは各領主や各町、村に顔を見せて、適当に領民たちと交流することになるわけだ。
「しっかし、領主になるよりも漁師になった方がいいんじゃないのか?」
「おいおい、流石に不敬だろ……でも、本当に手際良いなぁ」
「手際に関しては爺様ゆずりってことかな。それと、このくらいのことで不敬とは言わないけど、領主になった方が結果的にみんなは楽になるんだからな」
「ちげえねえ」
「坊ちゃんが領主にならんかったら誰が俺らの面倒を見てくれるんだっちゅう話だ」
貴族相手だっていうのにあまりにも近い距離感に同行しているクルトたちは押されっぱなしだが、俺は正直このくらいの距離感も嫌いじゃない。
というか、前世では子供の頃は田舎に住んでいたこともあって、遠慮のない爺さん婆さんに囲まれていたからな。
仕事の手伝いをさせられるのは序の口で、勝手に道場の門下生にされていたり、狩りの獲物を運ぶ人手として数えられたりしていたからな。
「マックス様……楽しそうですね」
「お……レナは暇だったかな?」
「いいえ、楽しそうにしているマックス様を見ているのは面白かったですよ」
流石に令嬢であるレナを作業に従事させるわけにもいかないので、レナはクルトたちと共に浜辺で見学だったのだが、割と暇だったようだ。
だからといって、作業をしている俺のことをずっと見ていることもないと思うんだがな。
「いやいや、マックス様も領民の作業を手伝ってもろて、すんません」
「エンケ男爵、こちらが言い出したことだ。あまり気に病まなくてもよい。こちらこそ、つき合わせてしまってすまないな」
エンケ領の領主はドミニク・フォン・エンケ。ちなみに、エンケ領一帯には前世で言う関西弁のような方言のある地域があって、フィッシャー嬢の母親もそこの生まれだとか。
エンケ男爵は生まれ自体は違うが、母親が同じくそこの生まれな上に視察でよく訪れるからか、訛がうつってしまったらしい。
ま、エセ関西弁とでも思ってくれれば大丈夫だ。
「いえいえ、こっちも最近は書類仕事ばっかりなもんやから気分転換になりますわ」
「書類仕事ばかり? 何か問題でも起きているのか?」
「問題って程でもないんやけど、海藻の繁殖が旺盛らしくて、処理してくれ~っちゅう陳情がですね」
「海藻か」
そういえば、漁の手伝いをしていた時にも網に海藻がかなり引っかかっていたな。
漁港のあるエンケ領では海藻もスープに入れたり、デザートに使われたりと、色々と使っているみたいだが、消費に対してあまりにも供給が多すぎるようだな。
「若い連中は海藻入りのスープは飽きた、肉をくれとか言い出して」
「ま、だろうな。……うーん、そうだな。日干しにでもしてゲルハルディ領に送ってくれないか?」
「ええんでっか?」
「ああ、ゲルハルディ家のお抱え商会の方に海藻を使ったレシピを送っておくから、消費してもらおう」
「ほう……そのレシピっちゅうんはこっちには?」
「いや、この辺で食べてるレシピだよ」
「な~んや、マックス様の秘蔵レシピちゃうんかい」
なんの期待をしているのかはわからないが、海藻を使った料理なんて海藻サラダくらいしか知らんぞ。
まあ佃煮や昆布締めなんかの和食ならいくらかわかるが、米がない上に醤油も味噌もない状態じゃほとんど作れないし、作っても美味しく食べられん。
こういうのは地元で作っているレシピをそのまま流すのが一番だっての。
「この辺じゃありふれた料理かもしれないけど、ゲルハルディ領じゃ食べられないからな」
「そうなん?」
「だって、海藻なんてこの辺じゃエンケでしか採れないぞ」
「バルディ領は?」
「あそこはバカでかい交易港があるから、意外にも海藻の類は採れないんだよ」
「へ~、そうなんか」
「だから、狙い目だと思うぞ?」
「……考えてみますわ」
ま、地元で消費されているような物ってのは意外にも他方では珍品ってことも珍しくないからな。
エンケ領では邪魔な海藻が一掃されるし、ゲルハルディ領含む他領では珍しい海藻が食べられる……うん、ウィンウィンだな。




