65 ローズマリー嬢の初恋の決着
お茶会以降のローズマリー嬢は心を入れ替えたように、貴族の矜持を持った人間へと成長しつつある。
領内の見回りで父上は同席しなかったが、夕食の席では母上へと先触れなしに訪問したことを謝罪し、レナと一緒に淑女教育も受けることにしたようだ。
本来なら自領に帰って教育を受けろというところだが、こちらとしてもこれから交流が深くなるであろうエルメライヒ公爵家の次期様の教育は重大事なので了承する形となった。
代わりといってはなんだが、ローズマリー嬢の侍女には手の空いた時間にこちらの使用人に教育をしてもらうことになり、お茶の淹れ方や所作などを見てもらっている。
ゲルハルディ領に引きこもっていれば、そこまでの水準は求められないが、王都に向かうことも増えそうなので渡りに船ってところだな。
ま、今回のように爵位が上の人間が来ることもあるから使用人のレベルアップは頭を悩ませていたところだし、ちょうどいいだろう。
「ローズマリー嬢、今日は騎士団の見学に行くか?」
「……大丈夫かしら?」
「クルトのことか? クルトにはこっちから説得したから問題ないとは伝えているが、心配なら訓練場に着いたら一言声をかければいいんじゃないか?」
「ローズマリー様、私も傍にいますので」
「……うん、レナが傍にいてくれるのなら行ってみようかしら」
あの時から3日は経っているが、未だに騎士団の見学は出来ていないからな。
一応、ローズマリー嬢の目的は騎士団を見て、本当に辺境に嫁ぐことが出来るか否かの判断を行うこととなっている。
このままだと、淑女教育以外は本当に遊んでいたことになるし、エルメライヒ公爵に顔向けできないことになるからな。そろそろ見学もしてもらわないと困る。
「じゃ、今日こそは騎士団を見学してもらうかね」
「わかりましたわ」
ローズマリー嬢、俺、レナ、それにローズマリー嬢の侍女と護衛を連れて、騎士団の訓練場へと向かう。
ま、前にも言ったかもしれんが、屋敷と騎士団の訓練場はすぐそこなので、さほど時間はかからずに着くし、ローズマリー嬢が嫌になれば侍女と護衛を連れて直ぐに戻れる場所だ。
「マックス様、訓練の参加へいらっしゃったのですか?」
「お、クルト。ま、俺は参加するがレナとローズマリー嬢は見学だな」
「マックス、話しても構わない?」
「クルト、ローズマリー嬢がクルトに話したいことがあるそうだ」
「はっ!」
ローズマリー嬢に対して、俺がいちいちクルトに取り次いでいるのも意味がある。
クルトは俺の配下だ。たとえ爵位が上の令嬢でもそうやすやすと話しかけるな。そういう意味がある。
ま、そもそも騎士とはいえ使用人が他家の人間に直答することはまず許されないんだが、今回の一件は明らかにローズマリー嬢がクルトに話しかけているからな。
俺が返答したり、クルトが俺に対して返事を告げたりすると、逆に面倒なことになる。
「クルト、昨日は急に私の元に来いなどと不躾なことを申しました。エルメライヒ公爵家に来てほしいことに変わりはありませんが、クルトにその気がないのならもう告げることはありません」
「はっ! エルメライヒ公爵令嬢に求められたことは一生の誇りとして忘れずにおきます。私はゲルハルディ領にて、エルメライヒ公爵領、ひいては王国の一助となれるように努めてまいります」
「私もゲルハルディ領にて私たちの安寧を守るために戦っている人がいると心に刻みましょう」
「クルト、手間を取らせたな。先に行って、騎士団の連中にお客さんが来るから気合を入れるように伝えてくれ」
「はっ!」
謝罪のしゃの字も出なかったが、騎士であるクルトに対して公爵令嬢であるローズマリー嬢が頭を下げるわけにはいかない。
クルトもそれがわかっているからこそ、それに対しては突っ込みもせずにローズマリー嬢の要請を今一度断ることで手打ちとした。
ま、現代に生きていた時にはわからなかったことだが、簡単に頭を下げることは叶わない立場の人間もいるってことだ。
「マックス、レナ、私は公爵令嬢としてきちんと矜持のある行動をしたでしょうか?」
「はい、ローズマリー様。素晴らしい立ち居振る舞いでした」
「立派でしたよ」
直ぐにレナが、そして次いで俺がローズマリー嬢を褒める。
ま、そもそものローズマリー嬢の振舞い方が問題だっただけというのはあるが、さっきのクルトとのやり取りは高位貴族の令嬢としては問題ないだろう。
傲慢でもなく、きちんと矜持をもって相対できたと評価できる。
「ローズマリー嬢もまだまだ幼いのです。いろいろと間違えればいい。それを正すのも友人の役目ですよ」
「本当に……私は良い友達を持ちましたわ!」
ま、ローズマリー嬢がラスボス悪役令嬢になられても寝覚めが悪いからな。俺は俺でローズマリー嬢がまともな貴族になれるように、これからも協力していきますかね。




