64 ローズマリー嬢への説明
「……少し、落ち着いてきましたわ」
客室へと戻り、お茶と茶菓子をつまんでいくうちに、ローズマリー嬢の心も落ち着いてきたようだ。
「マックス、本当にあの方はくださいませんの?」
「さっきも言ったが、クルトは物じゃない。爵位が上とはいえ、他家にそうホイホイと人材を預けられるわけがないだろ」
「でもっ!」
「そもそも! エルメライヒ公爵家とゲルハルディ伯爵家は派閥が違う。国王派の辺境伯の気持ちは忖度しても、エルメライヒ公爵に恩を売るメリットはない」
「……公爵家ですのに?」
「公爵領は広大だから直接の取引がある貴族なら、派閥が違ってもある程度尊重はしてくれるだろう。だけど、ゲルハルディ領は公爵領との取引が必要というほどではない」
南大陸との大量の貿易が可能なのはゲルハルディ領を含む南東だけで、交易品を求める顧客には困らない。
何だったら王都はゲルハルディ領との取引を独占して、各領地への権力を強めたいくらいで、そういう要請も来ているからな。
ま、同派閥である辺境伯への締め付けも強くなられちゃ困るから、断っているけど別にエルメライヒ公爵領との取引がなくなっても困りはしない。
「公爵領ではこんなことありませんでしたのに……」
「それと、先触れもなくゲルハルディ領に来るのも止めてくれ」
「? 先触れならだしましたわよ?」
「それはローズマリー嬢が勝手に向かったのに気づいたエルメライヒ公爵が出してくれた先触れだ。本来ならこちらに向かう前に伺いを立てる手紙を送り、こちらの返答を待ってから出発するんだよ」
「……公爵領ではどの貴族も歓迎してくれていたわ」
「そら、主家のお嬢様がやってきたのに無下にはできんだろ。ローズマリー嬢の横暴が許されていたのは、公爵閣下に阿らなければ貴族として生きていけないからだ」
広大な公爵領の代官を任されている伯爵たちは、実力を買われてというよりも王族の御用聞きとして仕えてきたから伯爵に任命されている。
他の人間に爵位を取られないためにも、主家である公爵家に弓を引くことはないし、その一人娘となればなおさらだろう。
「……そう……なのね」
「ローズマリー嬢の貴族としての矜持の高さは好ましいものがある。所作にしても侍女の扱いに関しても見習いたいところばかりだ。だが、矜持と傲慢をはき違えてはダメだ」
「傲慢?」
「家族のため、領民のために貴族として権力があるように見せるのは矜持のある行動だ。だが、自分の欲のために権力を振りかざせば傲慢になる」
ま、この辺は俺の価値観とゲルハルディ家の教育だから、違う!と言い出す人もいるだろうけどな。
王都周辺ならいざ知らず、辺境では貴族であることは領民を守れるか否かが重要で、領民を守れない貴族に価値はない。
矜持のある行動をとっていれば領民から慕われるが、傲慢になれば領民からはあっという間に見放される。
「……矜持……傲慢」
「ま、相手のことを考えて行動しましょうってことだ。クルトが欲しいというのはローズマリー嬢の欲、クルトがエルメライヒ公爵領に行っても領民にも領地にもプラスにはならない」
実際のところはクルトの実力はゲルハルディ領でもそこそこだから、エルメライヒ公爵領にとってプラスにならないということはないんだが、そう言っておかないとまた暴走しそうだしな。
エルメライヒ公爵領に必要なのは伯爵領に降爵したときに領地を治めてくれる領主候補、あるいはローズマリー嬢を受け入れてくれる新しい領地だからな。
騎士団に所属しているから騎士と名乗ってはいるが、実際には騎士爵も持っていないクルトでは実力不足だ。
「は~、本当にあの方はダメなのですね」
「ローズマリー嬢の初恋なら友人としては応援したいところだが、貴族としては止めざるを得ないな」
「む~」
「それに年齢も問題だろ。クルトは17歳……ローズマリー嬢、ローズマリー嬢が生まれたばかりの赤子と結婚しろと言われてうんと頷くか?」
「それは……」
「難しいだろ? 公爵令嬢として公爵閣下に言われれば頷くかもしれんが、自分に選択権があればそう易々と答えは出せないだろ? まして、クルトには恋人がいる。恋人と別れて10も年下の相手と婚約など普通は無理だ」
貴族としてならそういうこともある。好きでもない10以上も年が離れた相手に嫁ぐことも、婚約することも。
もちろん、家の承諾なしの恋人などが居れば別れさせられるし、そもそも恋人を作ること自体が許されないことでもある。
「そう……そうね。お父様から命令されれば泣く泣く頷くでしょうけど、自分から喜んでお受けすることはないわね」
「だろう? 本当にクルトのことが好きなら、クルトの幸せを祈ってやってくれ。好きな人のために身を引くというのは辛いことだろうが、必要なことでもあるんだ」
自分の恋を押し通したいだけなのか、それとも相手の幸せを願うのか……。
俺は本当に相手のことが好きならば、相手の幸せを最大限に考えるべきだと思っている。
もちろん、自分が相手を幸せにしてあげられるのなら最上だが、そうでないのなら相手の幸せを願って身を引くのも愛のある行動だろう。




