63 ローズマリー嬢の初恋の行方
「マックス、私この方が気に入りましたわ。是非とも私にくださいな」
「ローズマリー嬢、クルトは物ではありません。下さいと言われて、そうホイホイとやってしまえば我が家は誰からも信頼されなくなってしまうでしょう」
「? 私は公爵令嬢よ? それでもダメなの?」
「はぁ……根本的に勘違いをしていますが、その辺を正すのは後でまとめてにしましょう。……クルトのことですが、彼には将来を誓い合った恋人がいるので引き抜きはダメです」
「「えっ!?」」
驚きの声を上げたのはクルトとレナだ。レナはクルトの恋人のことを知らなかったから、驚くのは無理ないが、なんでクルトが驚いているんだ?
「マ、マックス様! どうしてそれを!?」
「ん? 小隊の連中から聞いたぞ? 小隊長に恋人ができた~って」
「あ……あいつら!」
ん? なんかクルトが切れているが娯楽の少ない田舎の騎士団で、出世株の人間の色恋沙汰なんて噂になっていて当然だろ。
もちろん、父上にも母上にも報告済みで、相手の身辺調査も済んでいる。うんうん、クルトの選んだお嬢さんはゲルハルディ領への忠誠も篤い家の出身のようで非常に助かる。
「別れればいいじゃない? ねえ、貴方。貴方も公爵令嬢の婚約者になれたほうが幸せでしょう?」
「ローズマリー嬢、人の幸せはその人が決めるものです。権力をかさに着て、うんと言わせても後々につらくなるのは貴女ですよ」
「マックス、私はこの方に聞いているの」
「マックス様、よろしいでしょうか?」
「ああ、エルメライヒ公爵令嬢だ。失礼のないように自分の気持ちをお伝えしろ」
クルトが助けを求めるようにこちらを見つめてきたが、ここで俺がゲルハルディの名を出して強制的にこの話を終わらせてしまえば、こちらも権力をかさに着ていることになる。
面倒なことだとは思うが、クルト自身が自分の気持ちを伝えるしかない。
ま、俺にできることはクルトの選択を後押しすることと、後始末を請け負うことだな。
「エルメライヒ公爵令嬢。私のような非才な騎士にお声がけいただきありがとうございます。……ですが、私はゲルハルディ領の騎士です。エルメライヒ公爵令嬢の元に行くことは叶いません」
「私の婚約者になるのは嫌なの?」
「エルメライヒ公爵令嬢がお美しく、その婚約者になられる方はきっと幸せになることでしょう。ですが、私はゲルハルディ領に誓いを立てた騎士。守りたいものも、領地も、大事なものも、すべてゲルハルディ領にあるのです」
「マックス!」
「諦めてください、ローズマリー嬢。……これ以上なさるのなら、こちらもローズマリー嬢ではなく、エルメライヒ公爵令嬢とお呼びすることになります」
公爵令嬢と私の矜持が高すぎることと、世間を知らなすぎるところはあるものの、ローズマリー・フォン・エルメライヒはゲームのラスボス悪役令嬢ほどには傲慢ではない。
だからこそ、俺は友人になろうと思いローズマリー嬢と呼ぶことにしたが、これ以上権力を行使して誰かを困らせるのなら、友人になるという話もなしだ。
ただの伯爵令息、ただの公爵令嬢、そういう関係性として扱わざるを得なくなる。
「~~、レナ!」
「ローズマリー様、我儘を通されてクルトの将来を奪ってしまえば、後悔することになります。ここは引くのが良いかと」
「~~!!」
ローズマリー嬢はレナにも味方してもらえなかったことで、持ち歩いていた扇を強く握りしめてうつむいてしまった。
公爵令嬢として堂々とした振る舞いをしていたが、やはり7歳、感情のコントロールはまだまだのようだな。
「クルト、ローズマリー嬢に騎士団の見学をしてもらうつもりだったが、今日は体調が悪そうだ。皆にはいつも通り訓練に励むように伝えてくれ」
「はっ!」
とりあえず、クルトがここにいても話は進まないし、クルトも気まずいだろう。
今日の見学はキャンセルにして、ローズマリー嬢に現実を伝えるのを先にしよう。
「ローズマリー嬢、騎士団はいつでも見学できますので、本日のところは客室に戻り、私達とお茶をしましょう」
「……マックス。…………わかったわ、面倒をかけるわね」
「私たちは友人なのでしょう? 辛い思いをした時に寄り添うのも友人ですので」
「……ふふっ、お友達が出来るのは初めてですので、慰めてもらうのも初めてですわね」
「わ、私も友人としてローズマリー様に寄り添いますので」
「レナも、ありがとう」
多分、俺もレナに拒まれていたらこのくらい落ち込んでいたのだろう……そう思わせるほどにローズマリー嬢は落ち込んでいる。
ま、クルトに断らせた本人が慰めるのもどうかとは思うが、ローズマリー嬢の侍女たちだけにさせるのもどうかと思うし、お茶を飲みつつ話を聞くかな。




